リリアさんまた気絶した
アイシスさんは俺とクロノアさんへの挨拶を終え、一度キョロキョロと周囲を見た後、リリアさんの方を向く。
「……家主?」
「……は、はい。り、リリア・アルベルトと、申します」
「……よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
ああ、成程。家主に挨拶をしようとしてたけど、誰が家主か分からなかったからキョロキョロしてたのか。
アイシスさんが尋ねると、リリアさんは分かりやすい程ビクつきながら頷く。
あのリリアさんでさえここまで怯えるって……死の魔力って本来はどれだけ凄まじいんだろう?
「いや、今日は圧がかなり弱くなっておる。死の魔力は奴の精神に大きく影響を受ける故、今日は余程機嫌が良いのであろう」
俺の頭に浮かんだ疑問を察し、クロノアさんが小声で補足を入れてくれる。
どうやら死の魔力というのは感情に大きく影響を受けるみたいで、アイシスさんの機嫌が悪ければより凶悪に、逆に機嫌が良ければ威圧感は軽くなるらしい。
そのおかげもあってか、リリアさんも震えながらもちゃんと会話が出来ているので、クロノアさんも少し安心した様子で会話する両者を見つめる。
「……ところで……ひとつ……聞きたい事……ある」
「え? な、なんでしょうか?」
「……新年の夜会……カイトだけ参加しなかったのは……なんで?」
「ひぃっ!?」
明らかにアイシスさんの声が低くなり、リリアさんが反射的に飛び退く。
たぶん、今アイシスさんはかなり凶悪な死の魔力を放っているのだろう。リリアさんだけでなく、ルナマリアさんの足もガクガクと震えており、クロノアさんが即座にリリアさんとアイシスさんの間に割って入る。
「待て、死王。貴様、それを聞いてどうするつもりだ?」
「……どうする? ……カイトの事……虐める人間が居るなら……全員『殺す』」
「ちょっと……アイシスさん?」
「……そこの家主も……カイト……虐めてるなら……殺す」
「!?!?」
なぜアイシスさんが夜会の事を知っているのか分からないが、今の場が一色即発である事はわかる。
クロノアさんは明らかに臨戦態勢に入っており、鋭い目でアイシスさんを睨んでいて、アイシスさんも凍てつく様な視線を向けている。
そして両者の間で魔力だろうか? 空気が軋む様な音が聞こえてくる。これ、本当にやばくない?
「それを、我が許すと思うのか?」
「……邪魔するなら……お前も……殺す」
「ちぃっ……やはりこうなったか!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアイシスさん!」
「……カイト?」
本当に今にも戦いを始めそうだったアイシスさんとクロノアさんを見て、俺は慌ててアイシスさんに声をかける。
どこからの情報かは分からないが、アイシスさんはどうも俺が虐められてると誤解している様で、先ずはそれを当事者の俺が解かないといけない。
「アイシスさん、ともかく喧嘩しちゃ駄目です!」
「ミヤマ、止めよ! 今のこやつは、話が通じる状態では……」
「……うん……分かった……カイトがそう言うなら……喧嘩しない」
「――なに?」
ここで喧嘩を始めないでくれと告げると、アイシスさんはアッサリそれを聞き入れてくれ、緊迫していた空気が霧散する。
クロノアさんは意味が分からないと言いたげな表情を浮かべていたが、アイシスさんの誤解を解く方が先なので、俺はクロノアさんを無視してアイシスさんに説明する。
「その日俺は、クロ……冥王に誘われていまして、都合が合わなかっただけなんですよ」
「……冥王……クロムエイナと……知り合い?」
「ええ、ともかくそういう訳で、特に誰かに虐められたりなんてしてませんよ。リリアさんも、本当に俺に良くしてくれてますし、凄くお世話になっています」
「……そ、そうなんだ……リリア……ごめんなさい」
「え? あ、は、はい」
やはりアイシスさんは素直な性格をしているらしく、俺の言葉を聞いて先程の事が誤解だと理解し、すぐにリリアさんに頭を下げて謝罪する。
リリアさんの方は突然六王に頭を下げられ、あまりの混乱に震えが止まり、茫然とした様子で頷いていた。
「それに、アイシスさんは凄く強い方なんですから、無闇に殺すとか言っちゃ駄目ですよ」
「……分かった……無闇に殺すって……言わない」
「ありがとうございます。分かってくれて、嬉しいです」
「……カイトが嬉しいなら……私も……嬉しい」
「……おい、本当に誰だコイツは? 死王の皮を被った別人ではなかろうな?」
俺の言葉を聞き入れてくれたアイシスさんにお礼を言うと、アイシスさんは可愛らしく頬を染めながら微笑みを浮かべて頷く。
うん、やっぱり素直な良い方だと思うし、世間一般でのアイシスさんの認識は死の魔力の影響によるところが大きいのだろう。
俺がホッと胸をなで下ろしていると、何故かクロノアさんが慌てながら小声で話しかけてくる。
「おいっ、貴様……一体どうやって、あの聞き分けの悪い死王をここまで手懐けた?」
「え? いや、別に手懐けたりとかは……」
「いや、本来こやつは頭が痛くなる程聞き分けの悪い、それこそ意見がぶつかれば実力行使で押し通す様な奴だぞ……それが、どうしたら忠犬の如く聞き分けが良くなる。貴様……化け物か?」
「……」
何故か、最高神にまで人外認定されてしまった。
俺にとってアイシスさんは出会った時からこんな感じの方だったんだけど、どうも世間一般の認識とはずれているらしい。
う~ん、でも俺としてはその世間の認識の方が間違ってるんじゃないかと思うんだけどなぁ……アイシスさんは素直で優しい方だと思うし、たぶん死の魔力のせいで要らない誤解を招いてしまってたんじゃないかな?
そんな事を考えていると、アイシスさんは再びリリアさんの方を向き、穏やかな声で言葉を発する。
「……カイトが……リリアにいっぱいお世話になってるって言ってた……なら私も……リリアにお礼する……手伝える事あったら……言って」
「え? あ、えと、その、こここ、光栄でしゅっ!?」
まさかそんな言葉が飛んでくるとは思っていなかったのか、リリアさんは恐怖と混乱がごちゃ混ぜになった様子で、思いっきり噛みながら頷いた。
「ほう、それは……例えばリリアが望めば、貴様の住む地で採れる『ブルーダイヤモンド』や『アイスクリスタル』を仕入れさせてやっても良いと言う事か?」
「ぶぶぶ、ブルーダイヤモンド!? アイスクリスタル!? あ、ああ、あの、クロノア様? それって、年に数えるほどしか出回らない世界最高級の宝石類じゃ……」
「……うん? ……欲しいなら……いくらでも……あげるよ?」
「えぇぇぇぇ!?」
俺にはこの世界の物価はまだいまいちよく分かっていないが、どうもアイシスさんの住む地域では非常に希少な宝石が採れるらしく、アイシスさんはそれをリリアさんに――アルベルト公爵家に仕入れさせても構わないと言ってくれているらしい。
「よ、良かったですね……お嬢様。宝石商として、一財産築けますよ……」
「い、いや、だって、え? ちょ、ちょっと待ってください!? 頭が付いていかな……きゅう~」
「お嬢様!?」
あ、リリアさんが許容量オーバーした。
慌てて駆け寄るルナマリアさんと目を回しているリリアさん。最近割と見慣れてきた光景ではあるが……ある意味また俺のせいとも言えるので、何とも申し訳ない気分になる。
「アイシスさん、とりあえず中に入りましょうか?」
「……うん……カイトと……いっぱいお話し……したい」
「ええ、この前はあまり話せませんでしたし、今日は時間もあるのでゆっくりお茶でも飲みながら話しましょう」
「……楽しみ」
とはいえ、俺にはどうする事も出来ないので……一先ずアイシスさんを案内する事にする。
死の魔力のせいでまともに話せるのが俺かクロノアさん位なので、元々屋敷の案内は俺がする事になっていたので問題は無い。
頬を微かに赤く染め、心から嬉しそうな笑顔を浮かべるアイシスさんに、俺も微笑みを浮かべて屋敷の中に向かう。
「リリア……お前、本当に苦労しておるのだな。今度良い胃薬を送ってやる」
後ろでクロノアさんの、心の底から哀れむ様な声が聞こえてきた。
拝啓、母さん、父さん――アイシスさんがやってきて、少しトラブルもあり、最近の恒例と言えるかもしれないけど――リリアさんまた気絶した。
胃薬……追加だ……




