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一周年記念番外編「始まりの来訪者前編③・出会い」



 クロムエイナの出現、それに対し少女は初めて表情を驚愕に染めた。


(なに、このバケモノ……魔力の質、密度、制御……どれをとっても、他の奴等とは明らかに格が違う!?)


 持ち前の洞察力でクロムエイナの実力を把握し、そのあまりの桁外れな力を理解した。少女の背筋には冷たい汗が流れ、全身から余裕が消える。

 しかし、そんな少女に対して、クロムエイナはあくまで穏やかな声で話しかける。


「……さて、君の名前と、どういう事情でボクの家族に攻撃したかを聞か……」

「はあぁぁぁ!」

「……せて、くれそうにない、ね!!」

「がふっ!?」


 それは一瞬の出来事だった。少女が掴まれた己の手を糸のように細く変化させて拘束を外し、即座に手を元に戻してクロムエイナに斬りかかった。

 あるいは普段の少女であれば、もっと冷静に対処したかもしれない……だが、皮肉なことに現在の少女の精神状態は、平常とは言えない状態だった。


 その原因として一番大きいのは、少女が元居た世界において最強の存在であったことがあげられる。元の世界では少女の命を脅かせる者など存在せず、少女はここ数万年に渡り生命の危機を感じたことは無かった。

 しかし、この世界に来て即座に凄まじい力を持った……『己を殺しうる可能性のある存在』から殺気を向けられ、それに武をもって応じた。

 そして優勢に戦いを進めることができて微かに安堵したのも束の間、目の前には絶望的とすら感じられる強者が出現……彼女はいま、数万年ぶりに命の危機を強く感じていた。


 少女は死ぬわけにはいかない。死ねば親友の願いを叶えることが出来ない。だからこそ全力で早急に、目の前の脅威を駆逐するために動いた。

 ……しかし、その一撃はクロムエイナが火の粉を払うように振った左手に弾かれ、直後に暴虐的な威力の拳が少女に打ち込まれた。

 クロムエイナが拳を振り抜くと、遥か遠方にキノコ雲が上がる。


「……皆はここに居て、あとはボクがなんとかするよ」


 家族達にそう告げてから、クロムエイナは1秒に満たない時間で少女が吹き飛んだ場所まで移動し、巨大な土煙の前で悠然と立つ。

 並の魔族であれば先程の一撃であとかたも無く消し飛んだだろう。しかし、クロムエイナはいまの一撃で少女が死んだとはまったく考えていない。

 というよりは、クロムエイナはそもそも少女を殺す気など無かった。彼女は甘いとすら言えるほど優しい。家族を傷つけられて怒っているとはいえ、相手の命まで奪う気はなかった。


「……出来れば、ボクは話し合いたいって思ってるんだけど……はぁ、無理そうだね」


 クロムエイナが溜息を吐きながらそう呟くのとほぼ同時に、巨大な土煙を切り裂き、いくつもの光が現れる。


「――絆を紡げ! ヘカトンケイル!」

「ッ……これは……」


 流星のような光を纏って現れた少女を見て、クロムエイナは微かに目を見開いた。


(なんだろう? あれ? すごい力は感じるけど、魔力とは少し違う……ボクの知らない魔法? それとも別の能力? 分からないけど……ボクの一撃を受けた上で発動してきたってことは、油断はできそうにないね)


 閃光を纏って向かってくる少女を見詰めながら、クロムエイナも静かに拳を握って構えをとった。

 そしてコンマ数秒後、数多の閃光と漆黒の光が爆ぜた。







 遥か彼方から聞こえてくる轟音を聞きながら、アインたちは整列してクロムエイナの帰りを待っていた。


「……ここからでは見えませんが、いまだ音が響いているということは、クロム様相手に渡り合ってるということでしょう……大したものです」

「……クロムエイナ……大丈夫……かな?」

『クロムエイナが負けることはありえません。が、簡単に排除できるというわけでも無いでしょうね。彼女は本当に強かった。メギドなら、よく分かるのではありませんか?』


 アインの呟きにアイシスが心配するような表情を浮かべ、傷を癒しながらリリウッドがアイシスを安心させるために言葉を発する。ただし、そう簡単に決着はつかないと補足も入れて……。


「……あぁ、俺らがアイツに終始押されてた理由は単純だ。パワーでもねぇ、スピードでもねぇ……戦闘技術。その一点において、アイツが俺らの遥か上だった。悔しいが、体捌き、対応力、状況判断、どれをとってもアイツは惚れ惚れするぐらい完璧だった」

『……というか、そもそもお主が殺気なんぞ放たなければ、戦う必要は無かったのではないか?』

「あ~やっぱそう思うか? 正直俺も、話が通じねぇ相手には見えなかった……すまん」

『まぁ、過ぎたことを言っても仕方あるまい。ワシらとて、アレ程の強者相手では冷静な判断は出来なんだからのぅ……』


 ある意味ことの発端でもあるメギドは、マグナウェルに指摘されると、素直に己の非を認めて頭を下げた。少女と微かながら会話をしたアインも、あのギリギリの攻防の中では冷静に対話という判断はとれなかったので、それ以上誰もメギドを責めることは無かった。

 それから、5体の魔族はただ静かに座して……クロムエイナの勝利を待った。








(……勿体ない)


 いくつもの攻防を経て、クロムエイナはボンヤリとそんなことを考えていた。


(この子、すごく強いけど……巨大な魔力を生かしきれてない。魔力を全力開放して戦った経験が少ないのかな? あの魔力を完璧に使いこなしたら、もっと強いだろうね)


 そんなことを考えていると、クロムエイナの片腕が斬り飛ばされる。しかし、クロムエイナは特に気にした様子も無く、飛んだ腕を黒い煙に変え、瞬時に斬られた腕を再生する。


(……すごい。全然思い通りに動かせてもらえない。こっちの攻撃は全部受け流されるし、一瞬の隙を突くのも上手い……う~ん。ボクもまだまだってことかな? 『もう一人のボク』と戦うまでに、戦闘技術を磨き直してみようかな……)


 必死の形相で攻めてくる少女を前にしながらも、クロムエイナの心にはまだ余裕があった。それもそのはず、少女は確かに戦い方が上手く、技量という点ではクロムエイナを圧倒していた。

 しかし、本当にそれだけだ。パワーもスピードも耐久力も魔力量すら、クロムエイナが遥かに上回っている。少女が完璧に魔力を使いこなしていれば分からなかったかもしれないが、現時点ではクロムエイナが負ける要素はゼロと言ってよかった。


(……ただ、相当長引いちゃうかな? う~ん、仕方ない……周りへの被害が大きくなるから、出来れば使いたくなかったけど……)


 このまま少女の体力ないし魔力が切れるまで待つという手もあるにはある。クロムエイナの攻撃が全て受け流され回避されたとしても、先に膝をつくのは間違いなく少女だろう。

 しかし、それは本当に時間がかかる。それこそ少女の魔力量から考えて10日以上はかかるだろう。そうすればおのずと被害も広がってしまう。

 故にクロムエイナはもう一つの手段、『本気を出しての短期決戦』を選択した。


 少女が鋭く振ったナイフがクロムエイナの体をすり抜け、周囲が黒い煙に包まれ……そして闇の中に金色の瞳が開いた。


「なっ!?」


 少女が思わず足を止めてしまったのもいた仕方ないことだろう。先程まででさえ絶望的だった相手が、さらに数倍……いや数十倍の魔力に変わった。

 一瞬足が泊まった少女の隙……それをクロムエイナが見逃すはずも無く、瞬時に黒い煙が巨大な拳へと変わり少女に叩き込まれた。


「――ッ!?」


 声すら発することが出来ないほどの衝撃を受けながら、それでも少女の頭は高速で思考する。


(速い!? 重い!? 駄目だ、衝撃を逃し切れない……マズイ、この感じ……0.1秒か0.2秒、意識が飛ぶ……)


 コンマ数秒の隙、それはこのレベルの戦闘においてはまさに致命的。そう判断した瞬間、膨大な戦闘経験を持つ少女の肉体は思考するよりも早く行動を開始する。腰にあるポーチから小さな玉を取り出し、吹き飛ばされながらそれをクロムエイナに向けて投げる。

 その小さな玉が闇に包まれた空間を埋め尽くすほどの光を放ち、地面に叩きつけられた少女は一瞬意識を飛ばし……肉体がダメージに悲鳴を上げるより早く、跳ね起きた。


『……本当に君はすごいね』

「――かない」

『うん?』

「ここで死ぬわけには、行かない!! いま――世界を紡げ! ヘカトンケイル!」


 クロムエイナの圧倒的な力を実感した少女は、ついに最大最強の切り札を切った。

 心具ヘカトンケイルの究極形態……周囲に存在していた流星のような光が少女の体に吸い込まれていく。

 そして全ての光を体に取り込むと、少女は――『口から血を吐いて膝をついた』。


『……?』

「……なん……で……」


 クロムエイナがなにかをしたわけではない。自ら膝をついた少女は、茫然と目を見開き硬直していた。


(なんで? ヘカトンケイルが応えてくれない……力が湧いてこない)


 そう、少女が膝をついた理由は単純。彼女が切った最強の切り札が『不発』だったから。信じられないという表情を浮かべていた少女だったが、少しするとなにかに気付いた様子で……悲しげな笑みを浮かべた。


(……あぁ、そうか……そうなんだ。どんな名前を名乗っても、どんな姿になっても……私自身はずっとアリシアのままだと思っていた。でも、本当はずっと気付かない振りをしていただけで……)


 少女の力の根底は心……紡いだ絆が彼女の力であり、数多の窮地を乗り越えてきた英雄の根幹。


(もう、私の……アリシアの心は……とっくの昔に……壊れちゃってたんだ)


 思えば前兆はずっと感じていた。戦いの中でも、かつてのように「どこまででも強くなれる」という感覚が無くなっていた。

 大切な人達を失い続け、穴だらけになっていた少女の心は……少女が気付かないうちに、砕け散ってしまい、いまは小さな欠片しか残ってはいなかった。


(じゃあ、ここに居る私は……壊れた心で、ただ生きているだけの私は……何者なんだろう? 分からない。分からないけど……ひとつだけ、ハッキリしている)


 弱々しい瞳で闇に浮かぶ金の瞳を見つめ、少女は一筋の涙を零した。


「……ごめん……イリス……約束……守れなかった」


 死を覚悟し項垂れる少女だったが……結果として、彼女に死は訪れなかった。

 戦意を無くした少女を見てクロムエイナは少女の姿に戻り、項垂れたままの少女に近付いて手をかざす。


「……え?」

「ほら、じっとしてて、治癒魔法かけるからね」


 微かに微笑みを浮かべながら傷を治療していくクロムエイナを、少女は信じられないといった表情で見詰める。

 そしてクロムエイナの魔法による治療が一段落すると、少女は静かに問いかけた。


「……なんで、殺さないの?」

「理由はいろいろあるよ。元々殺す気はなかったとか、事情をハッキリと分かって無いとか、いろいろだけど……一番の理由は……うん。『大切な誰かを想って涙が流れるなら、君はまだ死ぬべきじゃない』って思うからかな?」

「……」


 優しい笑顔を浮かべて告げるクロムエイナの言葉を聞き、少女はしばし沈黙したあとで、地面に腰を降ろして天を仰いだ。


「あ~まいった。まいりました。私の負けです……煮るなり焼くなり好きにして下さい」


 自然と口調が敬語に変わったのは、自分はもうかつての英雄……アリシアでは無いという意識の表れかもしれない。ともかく少女は抵抗を止め、判断をクロムエイナに委ねることにした。

 そんな少女を見て、クロムエイナは苦笑を浮かべたあとでゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……じゃあ、君の事情、聞かせてもらえるかな? あっ、その前に自己紹介だね。ボクはクロムエイナ、君の名前は?」

「……名前……ですか……」


 その問いかけに少女は考えるような表情を浮かべる。もう少女にアリシアというかつての名前を名乗る気は無い。

 アリシアという英雄の心は砕け、ここいいる自身はただの欠片だという認識があるから……。


「うん? もしかして名前がないの? じゃあ、ボクが付けてあげるよ!」

「……」

「ドライってのはどうかな?」

「……う~ん、そうですね。シャルティアとでも名乗りましょう」


 シャルティア……それは少女が居た世界の言葉で『幻想の欠片』という意味を持つ。そう、いまの自信はアリシアという英雄が抱いた夢……幻想の欠片であるという意味を込めて、少女はそう名乗った。


「……シャルティア? え? ボクの考えたドライは?」

「嫌ですよ、そんな『ダサい名前』は……」

「だ、ださっ!?」

「クロムエイナさん……クロさんって、ネーミングセンスはいまいちっすね」

「いまいちっ!?」


 ショックを受けたような表情を浮かべるクロムエイナを見て、少女……シャルティアはようやく、この世界に辿り着いてから初めて、笑みを浮かべた。





~クロムエイナの家族(数字の名前編)~

1、アイン

2、ツヴァイ

3、不在(アリスに与えられたが、本人が拒否したため)

4、フィーア

5、不在(ラズリアに与えようとしたが、元々名前を持っていたため)

6、ゼクス

7、未登場

8、アハト、エヴァル

9、ノイン



シリアス先輩「まだ、割とシリアス……だと……ちょ、ちょっと、作者? 無茶はその、止めた方が……こ、これ以上のシリアス継続は命にかかわる可能性も……ちょっと、冷静になって構成の見直しをね……ほ、ほら、私も手伝うから……」←(シリアスの化身)

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[一言] シリアス値マイナスだからシリアスに拒絶反応出てないかシリアス先輩
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