一周年記念番外編「始まりの来訪者前編①・出会い」
予告した通り、今回から一周年記念番外編を掲載します。
順番は
アリス
「始まりの来訪者前編・出会い」
「始まりの来訪者中編・幻王誕生」
「始まりの来訪者後編・陽だまりの中で」
クロムエイナ
「二人の異世界旅行前編・遊園地」
「二人の異世界旅行中編・目指せハワイ」
「二人の異世界旅行後編・ふたりきりの結婚式予行演習」
シャローヴァナル
「創造神様は甘えられたい」
リリア
「月夜のダンスをもう一度」
アイン
「メイド禁止令発令」
エデン
「ひたすら我が子を愛でたい」
となります
夜空に浮かぶ数多の星。その光をかき消す人口の灯りの中、今日も港へ船が降りてくる。
人間という種が星を越え、宇宙へと活動範囲を広げてからどれほどの年月が経っただろうか?
他の星との交易も盛んに行われ、技術も文明も底無しに発展していく。しかし、あらゆるものが自動化され人の手が不要な分野は増え続け、造り出された物は飽和し初めている。
働かなくとも望んだものが手に入り、得ようとせずとも与えられる。嫉妬も奪い合いも必要では無くなった世界……それは確かに大きく発展したのだろう。
しかし欲望が消えた世界、自ら動こうとする者たちが減っていく世界……それは緩やかに滅びへと進んでいるようにも見えた。
星と宇宙を結ぶ軌道エレベーター。全てを魔道機械と呼ばれるものが管理し、勤める生命体が居なくとも日々順調に稼働しているその場所にひとつの影があった。
黒いローブに身を包んだ小さな影は、まるで重力など存在しないかのように軌道エレベーターの壁を歩いて登っていく。
地上で暮らす人達も、警備の魔道機械も、不思議とその影を認識することは無かった。
その影は軌道エレベーターの中腹、生身の生命体では決して活動出来ないほどの高度まで来てから、軌道エレベーターの壁に座り景色を眺め始めた。
黒いローブの隙間から金色の髪がのぞき、青い瞳が世界を見詰める。その影……いや、少女が世界を見詰める瞳はとても冷たく、どこか諦めの色すら見てとれた。
少女が人間としての範疇を越えた怪物へと変貌してから、数えるのも馬鹿らしくなるような年月が過ぎた。
数え切れないほど名を変え、姿を変えた。ある時は悪しき存在に立ち向かう勇気ある学生たちの仲間として共に戦い、ある時は正義のエージェントたちに差し向けられる先兵として敵役を演じた。
そうしながら少女は時代に合わせて世界の一員として生き、多くの絆を積み重ね……そして、それを失い続けてきた。
呆れるほど多くの人と出会った。思いつく限りの分野の技術を極めた。幾度となく世界を巡った。
しかし、それでも、彼女の親友が残した呪いは、いまだ彼女の心を縛りつけたまま……彼女の探し物は見つかってはいない。
そして彼女は理解していた。彼女の探し物は決して『この世界では見つかることは無い』と……そう、彼女はすでにこの世界に失望していた。
競い合うことを忘れ、与えられるものを甘受するだけになってしまったいまの人間たちでは、彼女の望みたる存在にはなりえるはずもない。
だからこそ、少女はこの世界から去ることを決めた。探し物はこの世界では見つからない、故に他の世界を探すことにしたのだった。
最後に軌道エレベーターからの景色を目に焼き付けたあと、少女はいまは失われた『本当の魔法』を行使する。
この日、かつてこの世界において、強大な邪神から世界を救い、伝説にその名を残した少女は姿を消した。己が生きた世界の、緩やかな滅びを見届けることなく……。
次元の境目に造られた少女しか入れない空間には、あまりにも大量の墓が並んでいた。それはいままで彼女が絆を紡いだ、いまは彼女の記憶のみに残る大切な人たちの墓。
世界を見守り続け、多くの大切な人の死を見送った。そして、その大切な人の親族が途絶えるか、その人が世界から忘れられたら、ひっそりとその墓を回収して保存する。
そうして造りあげられた。彼女と絆を紡いだ人の遺灰だけを集めた墓場……それがこの場所だった。
「……皆、ごめん。私はもうこの世界には見切りをつけた。この世界に居ても、私の探し物は見つからない……だから、私は別の世界に行く」
もの言わぬ墓標に向かって、少女は静かな声で語りかける。もちろん返答など帰ってくるはずも無く、広い空間に少女の声だけが反響していた。
「勝手なワガママだとは思うんだけど、私は皆について来て欲しい……『私の一部』として……」
少女が呟くと、彼女の体からいくつもの光が放たれ、それが一つ一つの墓標へと伸びていく。
「ヘカトンケイル……皆の遺灰を私の体に……」
光が墓標を音も無く取り込んでいく。そのたびに、ただでさえ強大だった彼女の力は上昇していく。そして、すべての遺灰を取り込んだ時には、彼女が纏う魔力は数倍にまで膨れ上がっていた。
「……さあ、行こう」
静かに呟いたあと、少女は長年をかけて研究した術式を発動させ……別の世界へと渡った。残されたのは、なにもない空虚な広い空間だけ……それはまるで、彼女の心を現しているかのようだった。
広大な魔界の一角にそびえ立つ大きな……城とすら呼べる家の庭には、仲良さげに談笑する魔族の姿があった。
「……よし、こんなもんだろう。ツヴァイも中々強くなってきたじゃねぇか!」
「はい! ご指導ありがとうございます、メギド様」
『体に異常はありませんか? メギドは荒っぽいので、少々心配です』
「大丈夫です。お気遣い、感謝します、リリウッド様」
そこに居るのは、ある一体の魔族を中心とした家族だった。
「……ツヴァイ……本当に……強くなった」
『そうじゃのぅ、若いだけあって成長も早い』
「ん~俺としては、メギドの旦那がまともに指導出来てることに驚きましたね~」
「おい、なんか言ったか? オズマ」
「いやいや、なんでもないです!?」
彼女達は、末っ子である魔導人形ツヴァイの成長を嬉しそうに語り合う。弱肉強食が常で争いの絶えない魔界では珍しく、ここはとても平和だった。
「皆様、紅茶の用意が出来ました」
己をクロムエイナの使用人だと言って譲らないアインが人数分の……体格的に紅茶を飲めないマグナウェルを除いた全員分の紅茶を用意してきたので、それを飲みながら談笑する。
「……そういえば……アイン……クロムエイナは?」
「クロム様は、南方で発生した大規模な紛争を鎮圧すると出て行かれました。すぐに戻ってくると思います」
「なにっ!? おいおい……俺に声をかけてくれりゃよかったのによぅ」
『お主が行っては、被害が増えるばかりじゃろうて……』
彼女達家族の長であるクロムエイナは、紛れもなく魔界最強と言える実力を有していたが、魔界の支配とうには興味がない。
基本的に魔界の覇権争いに関しても、個々の意思を尊重して関与しない。しかし今回は、南部で紛争に巻き込まれた少数種族に助けを求められたため、鎮圧に向かっていた。
クロムエイナの実力であれば紛争の鎮圧など簡単であり、家族である彼女達も特に心配する様子もなくいつも通りの日々を過ごしていた。
しかし、それは突如破られることとなる。
「ッ!? ……なに……この魔力……」
『わ、分かりません!? 私の張った結界の内部に突然現れました!』
『リリウッドでも感知できぬとは……しかも、この魔力』
「ああ、分かるぜ。強ぇ……コイツは、かなり強ぇぞ」
彼女達はいずれ劣らぬ強者であり、だからこそソレに気付いた。この近くに突如、桁外れの魔力を持つ何者かが現れたと……。
「……敵意があるかまでは不明ですが、見過ごせませんね」
アインのその言葉を皮切りに、彼女達は一斉に席を立つ。
「オズマ! テメェは残って、ツヴァイを守れ!」
「出来れば俺も参加したかったんですが……まぁ、了解ですよ。気を付けてくださいね」
「おう!」
実力の足りないツヴァイの護衛にオズマを残し、アインを含めた六体の魔族は巨大な魔力が現れた場所へと向かった。
瞬く間に目的の場所に辿り着いた六体は、なにかが墜落したのか大きな煙が上がっているのを見つける。
巨大な魔力はその煙の中心から溢れており、間違いなく目的の存在はそこに居ると確信できた。
「……楽しみだな。これほどの魔力、よっぽど強ぇだろう?」
『メギド、殺気を抑えぬか……下手に刺激するな』
「構やしねぇだろ? どんな手段か分からねぇが、リリウッドの結界内に入ってきたなら……侵入者だろ?」
戦闘狂でもあるメギドが威嚇するように殺気を放ち、他の者達も警戒しながら煙の中心を見詰める。
ピリピリと肌が焼きつくような緊張の中、あまりにも間の抜けた緩い声が響いた。
「……はぁ、なんでこうなるかな? とりあえず成功したことに喜ぶべきか、どう見ても人間じゃないヤツばかりなのに嘆くべきか……私って、元人間だからか、人間以外は恋愛対象にならないんだよね~」
「「「「「「ッ!?」」」」」」
そう、声が響いた……『メギドの頭の上から』。
いつの間にかメギドの頭の上には、黒いローブに身を包んだ金髪の少女が立っており、どこか呆れた表情で独り言を呟いていた。
「……テメェ、何者だ?」
「……」
「チィッ!?」
メギドの問いかけに応えることは無く、少女は再び姿を消し、彼女達の前に立つ……『両手にナイフを持った臨戦態勢』で……。
「どうやら、やる気らしいな?」
「……」
溢れるメギドの殺気にも涼しい表情を浮かべ、少女は静かに姿勢を低くして構え……天地を揺るがす戦いが始まった。
シリアス先輩「私の……ターーーーン!!」




