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勇者召喚に巻き込まれたけど、異世界は平和でした 作者:灯台
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勇者は本当に偉大な英雄でした

 俺達が魔王のあまりにしょぼい人界進出に唖然としていると、リリアさんは人界の地図の左下……黒い印を指差しながら、少し表情を真剣なものに変えて言葉を続ける。

「六王様という絶対的な存在が居る魔界ならいざ知らず、当時の人界にとって突如現れた魔族は凄まじい脅威でした。魔王軍は瞬く間に周辺の国々を落とし、自らを魔王と名乗り人族に宣戦布告しました。そして人族と魔王軍による長い戦争が始まってしまったわけです」
「ちなみに冥王様は、その当時の件に関して友好条約の席で『自分がちゃんと始末をつけておくべきだった』として深く謝罪されています。お優しい冥王様の慈悲を受けながら、勝手極まりない行動に走り、あまつさえ冥王様に頭を下げさせるなどと……魔王の暴挙は1000年経った今でも許しがたいものです」
「あ、あの、ルナマリアさん?」

 リリアさんの言葉に補足を入れたルナマリアさんは、先程までの落ち着いた様子では無く吐き捨てる様な……嫌悪感を全開にした表情を浮かべていて、思わずちょっとビビってしまった。

「そもそも、崇高な冥王様がゴミ虫如きの為に謝罪など……しかしそこはやはり冥王様! 格下である人族にとて頭を下げる器の広さ、非を認める潔さ……やはりあの御方こそ、王の中の……」
「ルナ、ルナ!」
「はっ!? し、失礼しました」

 明らかに何かのスイッチが入った様に語り始めるルナマリアさんをリリアさんが諌める。そして驚いてる俺達の方を見て、溜息を吐きながら説明する。

「ルナは以前に一度だけ冥王様にお会いした事があるらしく、それ以来狂信的に慕っているんですよ。皆さんも注意してくださいね。ルナに迂闊に冥王様の話を振ると、数時間はかかりますからね」
「……叶うのなら、こんな行き遅れじゃなくて冥王様に仕えたかった……」
「……ルナ、貴女後で絶対2~3発殴りますからね」

 ルナマリアさんに冥王の話をしてはいけない。よし、覚えた。確かにさっきのルナマリアさんの目はヤバかった。完全にトリップしてたって言うか、狂信者という言葉が本当にしっくりくるような感じだった。
 本当に、リリアさんって苦労してるんだろうなぁ……

「っと、話を戻しますね。その魔王軍の人界侵略……実はこれに六王様は頭を悩ませました」
「「「え?」」」

 すぐにはリリアさんの言葉の意味が理解できなかった。何故なら先程の話を聞く限り六王は魔王軍を簡単に一蹴出来る力を持っている筈。なのに頭を悩ませると言うのは……待てよ。確かにちょっと引っかかる事がある。何で六王が居るのに、勇者と言う存在が必要だったんだろうか?

「……先に述べた様に、魔界において当初魔王軍はさして有名でも無ければ恐れられても居ませんでした。故に、魔王軍が人界に侵攻したという情報は、六王様の耳にはかなり遅れて入ったのです。そしてその時にはもう、六王様は迂闊に魔王軍を排除出来なくなってしまっていました」
「……成程、不干渉だったツケが回って来たんですね」
「先輩、それってどういう事ですか?」

 どうやら楠さんにはリリアさんの言わんとする事が分かったらしいが、俺と柚木さんはまだ良く分かってない。六王が魔王軍を片付けてしまえばそれで終わった筈だが、リリアさんの口振りでは何らかの原因で手が出せなくなってしまったと言う事らしい。
 柚木さんの疑問の言葉を聞き、楠さんは柚木さんに顔を向けながら口を開く。

「当時魔界は人界に対して不干渉だった。つまり人界と交渉出来る……『自分達に敵意が無い』事を伝えるパイプが無かった」
「あ、ああ! そう言う事か!」
「宮間さんも気付かれた様ですね。恐らくそれで間違いないと思います。魔族は人族の存在を知ってはいても見たことがない者が殆ど……それは裏を返せば人族にとっても同じ、当時の人族にとって魔族とは即ち魔王軍と認識されていた」

 そう、ようやく引っかかっていた部分が理解出来た。六王には魔王を倒す力はあっても、魔王を倒した後で人族に対して敵意が無い事を示す交渉を行う手段がなかった。
 そんな状態で魔王軍を六王が瞬く間に殲滅すれば、人族はそれを見てどう思うだろうか? 答えは単純『魔王より遥かに強大な魔族が攻めてきた』とそう見えてしまう。

「――魔王を遥かに凌ぐ脅威の襲来。人族は死に物狂いで剣を振るうでしょうね。そうなればもう、魔王の人界侵略で話は済まなくなります。魔界と人界の全面戦争……いえ、それどころか魔界の頂点たる六王様が人界侵略に関われば、傍観の姿勢を取っていた神界も動き出し、最悪の場合三つの世界を巻き込んだ大戦争が発生したかもしれません。だからこそ、六王様は魔王に手を下せなかった」

 途中で楠さんから説明を引き継ぎ、重い口調でリリアさんが話す。そう、恐らく六王が恐れたのはそこだろう。人界だけならまだいい。最悪六王が非情な決断を下せば、魔界に戦火を及ばせない為に人界を力で制圧する事も手段も可能だったのかもしれない。
 しかし神界が動いた場合はそれでは済まないだろう。太古に一度魔界と神界が戦争を行った。その伝承が事実であるなら、魔界と神界の力はある程度拮抗していると言う事。そうなってしまえば確実に魔界にも戦火は及ぶ、六王はそれを避けたかった。

「三つの世界を巻き込む大戦争。それを回避する為に必要だったんですよ……最も力の弱い人界において、魔王を倒せるだけの力を持った――人族の希望を背負える存在が。魔界との交渉のテーブルに座ることが出来る英雄が……」
「それが……初代勇者……」
「その通りです。初代勇者様の召喚については諸説あります。大戦争を危惧した創造神様が神託と言う形で人族に召喚魔法陣を与えた。六王様が秘密裏に神界へ協力を要請した。初めから人界に用途不明の魔法陣があり伝承があった等……当時人界が混乱していた事もあって明確な記録は残っていませんが、シンフォニア王国にて勇者召喚が行われました」

 ここで初代勇者の登場。う~ん初代勇者ってどんな人だったんだろうか? 俺達と同じ世界から来たというのは間違いないんだろうけど、男性か女性か、日本人なのかどうか……

「初代勇者様の旅はとても過酷なものだったと聞いています。初代勇者様は当時混乱の渦にあった人界を旅しながら、多くの人々を救い、共に戦う仲間を集め、そして魔王を激しい戦いの上打ち破りました」

 そこは正に王道のストーリーと言えるが、実際は本当に大変だったんだと思う。今の俺達と同じ様に、初めは状況についていくのに必死だっただろうし、当時は今ほど分かりやすく地球との差を教える事は出来なかっただろう。
 本当に未知の場所にたった一人で飛ばされ、情報を手探りで集めながらこの世界の人達の為に強大な敵に挑んだ……俺には絶対無理だと思う。

「……初代勇者様による魔王討伐。そこから六王様の行動は非常に早かったそうです。即座に初代勇者様に事情を説明し、六王様全員で瞬く間に魔王軍の残党を駆逐。初代勇者様の協力の下人族に謝罪と戦争の意思がない事を示したおかげで、戦争に発展する事はありませんでした」
「……でも、遺恨が残らなかった訳では無いんですよね?」
「ええ、アオイさんの仰る通り、当時人界と魔界に結ばれたのはいわば停戦と不可侵の条例でした。魔王を倒したとは言え、人界の疲弊は大きかったようですしね」

 それは当然と言えば、当然だろう。魔王を倒したとは言え、それで全てが元通りになる訳でも無い。寧ろ人族の魔族に対する印象は悪い状態のまま……

「しかし、初代勇者様はそこで足を止めませんでした。六王様より事情を聞いた初代勇者様は、魔王の件に関し三つの世界が不干渉であった事こそが最大の原因であったと、二度と同じ事を繰り返さない為にと奮起しました」
「……」
「先ず初代勇者様は六王様を説得し、魔界の豊富な食料や物資による疲弊した人界への協力を取り付け、更には神界に赴き神族とも交渉を行いました。当然それは簡単なことでは無く、あちこちでいざこざや種族の違いによる問題が発生しました。ですが、初代勇者様は決して諦めなかった。各地に足を運び、喉が裂ける程言葉を紡ぎ続けた……『まったくの異世界から来た自分ですら分かりあえた。この世界を心から好きになれた』と誰よりも必死に訴え続けたそうです」

 初代勇者は、本当にどれだけ強い人間だったんだろうか? 間違い無く最初はロクに賛同なんて得られなかった筈なのに、諦めず折れず交渉し続ける事、それはきっと魔王と戦うよりずっと辛く険しい道だった筈だ。

「……少しずつ、初代勇者様の賛同者は増えていきました。各地にゲートが作られ、三つの世界の者達が行き来する機会が増えてきました。初代勇者様の語る平和への夢は、いつしか多くの者の望む未来へと変わっていきました。そして9年と言う時間をかけ、初代勇者様が魔王を打ち破った地……初代勇者様のもう一つの戦いが始まった場所に、人界の王達、魔界の六王様、神界の創造神様――三つの世界の頂点が集い、初代勇者様の立ち会いの下、三つの世界の友好条約が交わされました」
「……すごい」

 柚木さんが思わず呟く様に、本当におとぎ話の様な壮大な内容だった。でも、この世界においてそれはおとぎ話では無く実際にあった出来事。だからこそ初代勇者は今も尚、称えられる英雄なんだろう。

「こうして、初代勇者様の戦いは終わりました。そして友好条約が結ばれた地には、三つの世界が協力し一つの街を作りました。街の名は――『ヒカリ』、初代勇者様の名を冠した勇者祭の本祭が行われる街です」

 ……うん? ヒカリ? 初代勇者の名前を冠したって事は、初代勇者は――女性?

「そしてそれ以後、初代勇者様の旅の年数に合わせて10年に1度行われる偉大な英雄を称える祭りが、勇者祭と言う訳です。長い話になりましたね。何か質問はありますか?」
「……その後、初代勇者はどうなったんですか?」

 静かに息を吐き、リリアさんが話を締めくくる。少しの間沈黙が流れた後で、俺は遠慮がちに手を挙げて疑問を口にした。
 今の話を聞き、初代勇者が称えられている理由は良く分かった。正しく初代勇者はこの世界の平和の象徴であり、まぎれも無い英雄だ。
 困難に立ち向かい、折れず成し遂げた――勇者は、その成し遂げた後はどうしたのだろう? それが率直な疑問だった。

「……詳しくは分かっていません。初代勇者様は友好条約が交わされた後、表舞台から忽然と姿を消しました。後に友好条約の交わされた場の、すぐ近くにある丘の上に初代勇者様が愛用されていた剣と……召喚魔法陣の刻まれた石碑が発見されたそうです。石碑の裏には初代勇者様の筆跡でこう残されていたそうです」

 そう言ってリリアさんは暗記しているのか、初代勇者が石碑に刻んだ言葉を読み上げる。

『私の勇者としての戦いは終わりました。この世界に来れて本当に良かった。励ましてくれる方達が居た。応援してくれる人達がいた。支えてくれる皆が居た。だから、私は頑張れました。私が勇者と呼ばれたから成し遂げられた訳じゃない。この世界に生きる方々、一人一人が勇気を持って一歩前に踏み出してくれたからこそ、三つの世界は繋がれた。勇者は私一人なんかじゃない。この世界に生きる全員が偉大な勇者だから――きっとこの先も大丈夫。この世界が――大好きです。いつまでも笑顔あふれる平和な世界である事を願っています――クジョウ・ヒカリ』


「……初代勇者様の剣と石碑には、非常に強固な状態保存魔法がかかっていて、現在も当時のままの状態で残っています」
「……初代勇者は元の世界に帰ったんでしょうか?」
「分かりません。そのまま初代勇者様は元の世界に戻られたという説もあれば、この世界に残ったとされる説もあります。ただ、近年になって発覚した情報ですが……冥王様だけは、真相を知っているのではないかと言われています」

 偉業を成し遂げ、そのまま姿を消した初代勇者。本当におとぎ話みたいな伝説だ。ただ、状態保存魔法と言うのは良く分からないが、リリアさんの口振りでは何か追加の情報が見つかったみたいだ。

「200年ほど前、初代勇者様が立ち寄ったと言われている洞窟の奥で隠し通路が見つかり、そこに初代勇者様の物らしき手記と一通の手紙が発見されました。こちらにはあまり強い状態保存魔法は掛かっておらず、手記の方は風化して読む事は出来ませんでしたが、異世界の文字で書かれた手紙の一部は勇者祭に招かれた勇者様によって解読されています」

 そう言ってリリアさんがテーブルの上に一枚の紙を置く。手紙の写しと思われるそれは、所々文字がすり消えていたが……日本語で冥王に対する感謝と別れの言葉が書かれていた。

「冥王様は初代勇者様のその後に関しては本人との約束で語れないと回答を拒否していますが、初代勇者様の考えに一番早く賛同し、初代勇者様が各地に赴く際にも冥王様が多くの手助けをしていたという情報もあって……初代勇者様が剣と石碑を残した時に、状態保存魔法をかけたのは冥王様ではないかと言われています」
「……成程」

 初代勇者のその後についての多くは、結局謎に包まれたままと言う訳だが……何故この世界で勇者がこれ程までに称えられているのかはよくわかった。魔王との扱いの差にも納得してしまう程、強い心を持った人物だったんだろう。

 拝啓、お母様、お父様――異世界についてはまだまだ分からない事だらけです。でも――勇者は本当に偉大な英雄でした。






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