閑話・リンドブルム~未来への願い~
特別設置されたモンスターレース場に向かって歩いていく快人たちを見送りながら、ファフニルは静かに物思いにふける。
(……あの白竜……以前に比べると格段に魔力が上昇していた。私の予想より遥かに上昇のスピードが早い。よほど高密度の魔力が籠った食材を食べているのだろうな)
リンドブルムの纏う魔力が以前に合った時より大きくなっていたことを考えつつ、ファフニルはかつてあの白竜と交わした言葉を思い出していた。
飛竜便の竜舎では、社長であるメアリが多くの食材を運んでいた。快人によって竜王マグナウェルと契約を結んだことで、彼女の元には多くの竜種が集まってきていた。
その多くは竜種にして魔族と認定される存在であり、正直な話メアリより立場が上の存在も多い。だからこそ、彼女は万が一にも失礼があってはいけないと、竜舎の改装を手配し、用意する食材も高級なものへと切り替えた。
出費はかなりのものだが、爵位級高位魔族である竜種が引く飛竜便の噂は瞬く間に世界中へ広がっており、予約はすでにいっぱい。十分に利益が上がる計算だった。
「……メアリ殿、搬入を手伝いましょう」
「い、いえ!? ファフニル様のお手を煩わせるわけには……」
「どうぞ畏まらずに、私はマグナウェル様より竜種の纏めと共に貴女のサポートを仰せつかっております。多くの高位竜種に囲まれて大変でしょうし、どうぞ気軽に頼ってください」
「あ、ありがとうございます」
穏やかで丁重な口調で告げたあと、ファフニルは人化の魔法で人間の姿に変わる。そしてメアリが運んでいた荷物を持ち、手伝いを始める。
黒髪の男性の姿になったファフニルは見惚れるほどに美しく男らしい外見で、既婚者であるメアリも意識せず頬を赤くしてしまう。
すると、そんなふたりの元になにやら慌てたような鳴き声が聞こえてきた。
「キュッ!? キュクア! キュクイ、キュイ!」
「……リンドブルム?」
「ほぅ、あの白竜がミヤマ殿の話にあった……」
小さな翼を動かしながら一直線にファフニルの元へ近付いてくる白竜を見て、メアリは首を傾げ、ファフニルは考えるような表情を浮かべる。
そして近くに来たリンドブルムに向かって、ゆっくりと威厳ある声で話しかける。
「して、白竜。『それ』とは、なんのことだ?」
人族であるメアリには丁重な口調で話していたファフニルだが、相手が竜種となると話が変わる。下位の竜種に侮られれば、マグナウェルの評判を貶めることになってしまうからだ。
だからこそファフニルは、相手が竜種の場合は『竜種の№2』として威厳ある態度で接することにしている。
「キュキュイ、キュイキュクイ!」
「……人化の魔法のことか? コレを覚えたいと?」
「キュイ!」
「無理だ」
「キュァッ!?」
人間であるメアリでは、リンドブルムがなにを言っているか分からないが、同じ竜種のファフニルにはしっかり伝わっている。
リンドブルムが人化の魔法を覚えたいと口にし、ファフニルはそれをバッサリと切って捨てる。
「人化の魔法とは極めて高度な魔法だ。魔族では無く魔物に分類されるお前では、使用することはできないだろうな」
「キュ……キュイ、キュクル」
「……分からんな。なぜそこまで人化したい? この姿は基本的に外交に用いるものだ。本来の姿と比べれば力も落ちるし、利点は少ないぞ?」
「キュキュクイ、キュイキュア、キュクイクイ!」
「……ふむ」
竜種に置いて魔族と呼ばれるのは、一定以上の知恵と魔力を持つ種のみだ。リンドブルムの種族である白竜は魔族では無く魔物に分類されており、魔族ではない。
しかしリンドブルムは納得できない様子で、なにかを訴えるようにファフニルに伝える。
「……人間と番にか……しかも、相手の姿に合わせたいとは……なんとも、変わった奴だな」
ファフニルから見て、リンドブルムは非常に変わり者と言えた。そもそも竜種と人間では姿がまるで違う、基本的に人間は竜種の恋愛対象にはならないはずだ。ファフニルも、人間を可愛らしいだとか醜いだとか、そういった容姿の面で評価したことはない。
人間はあくまで人間という自分たちとは別の種族であるという認識だ。
しかしリンドブルムは快人を番だと認識しており、明確に恋愛対象として見ていた。しかも、健気なことに人間である快人に合わせて、自分も人間になりたいとまで口にしていた。
「……興味深いな、これもまたミヤマ殿の力というべきか……マグナウェル様が気に入るだけはある。ミヤマ殿に関わることであれば、少しばかり力を貸したくもなる」
「キュイ?」
「……人化の魔法を、教えてやってもよいと言っている」
「キュア!!」
「だが、いまのお前では無理だ。そもそも魔力がまったく足りん。というより、人化の魔法を使用できるようになるには、魔族と呼ばれるレベルの魔力が必要だ」
「……キュ……キュァ……」
ファフニルの言葉に一瞬嬉しそうな表情になったリンドブルムだが、続けて告げられた言葉を聞いてガックリと項垂れる。
「そう落ち込むな、なにも方法がないと言っているわけではない」
「キュ?」
「よく聞け、白竜。お前はいまから数年ほどは、魔力の成長期だ。その間に可能な限り『魔力の籠った食材』を食せ。出来るだけ高密度の魔力が籠ったものが望ましい。そうすれば、お前の魔力は大きく上昇するだろう」
「キュッ、キュクイ!」
「簡単なことではないが……お前がもし、魔族と呼べるレベルにまで魔力を高められたなら……その時は、人化の魔法を教えてやろう」
「キュイ! キュキュクイ!!」
「……そうか、精々努力することだ」
その会話から数日後、リンドブルムは快人に引き取られて飛竜便の竜舎を去った。
そして、ファフニルのアドバイスをしっかりと覚えていたリンドブルムが……世界樹の果実に目を付け、ことある毎に快人に強請り始めるのは、それからしばらく経ってからだった。
過去の出来事を思い出し、軽く微笑みを浮かべたあとでファフニルはゆっくりと歩きはじめる。
(……とはいえ、まだ5年はかかるだろうな。子供ゆえの堪え性の無さは困ったものだが、あの様子なら今後も努力を続けていくだろう)
先程再会し、人化の魔法を教えてくれと言ってきたリンドブルムを思い出し苦笑を浮かべる。たしかに魔力はファフニルの想像を越えるスピードで成長しているが、それでもまだ成竜と同じ程度……人化の魔法を覚えるには足りない。
(まぁ、心配はいらないだろう。あの白竜は、ミヤマ殿に本当に大切にされているのだろう。あれほど魔力が上昇する食材……決して安価ではないはずだ。ふふふ、面白いものだ……竜種と人間が互いに想い合い、家族のように接するか……)
ファフニルにとって快人とは、あくまでマグナウェルが懇意にしている存在であり、敬意を払うべき相手という認識が強かった。
しかし、リンドブルムの件があり、彼自身も快人に対して興味を抱きはじめていた。
(……しかし、うむ。人と竜の恋物語か……長生きはしてみるものだな。いまは、楽しみに待つとしよう……リンドブルム。お前が魔族と呼ばれるようになるその時を……)
人間と竜種が手を取り合い、まるで夫婦のように仲睦まじく歩く姿。そんな未来を想像し、ファフニルは優しげな笑みを浮かべていた。
擬人化は無いと言ったな……あれは嘘だ。
実際のところは、ベルとの差別化で予定変更した感じです。ベルは擬人化の予定はありません。




