魔法って奥が深い
突然現れたツヴァイさんは、握手を終えたあともジッと俺を睨みつけるように見詰めていた。怖い、とても怖い……特に恐ろしいのは、この人の感情を『感応魔法で読み取ることができない』ということだ。
もちろん俺の感応魔法は完全無敵の力ではない。シロさんやエデンさんには通用しないし、アリスなんかは表面上の感情を偽装することだってできそうだ。
アインさんやリリウッドさん、それとオズマさんに関しては、読みとれる時と読みとれない時があるので……なにかしら感応魔法を防ぐ術があるのだろう。
そして、ツヴァイさんはシロさんやエデンさんと同じくまったく読みとれない。しかも、シロさんやエデンさんとは違って、こちらを射殺すように睨んでくるので……威圧感が凄まじいし、不安になる。
「……」
そんなことを考えているとツヴァイさんは俺から視線を外し、何事も無かったかのようにフィーア先生の方へ歩いていく。
本当に自己紹介のみの会話に不機嫌そうな表情……初対面で冷たい反応は、シアさん以来かもしれない。
なにか嫌われるようなことをしてしまったのだろうか? そ、そういえば……フィーア先生たちの話では、ツヴァイさんは身だしなみとか礼儀にはとても厳しいらしいし、その辺りかもしれない。
クロの家族というわけではない俺を、家族と同じように注意するわけにはいかず苛立っている可能性も……。
「フィーア」
「は、はい!」
「クロム様の品位を傷つけてしまわぬよう、今後は注意しなさい」
「はい! ……え?」
「では、私はクロム様の元に行くので……これで失礼します。ミヤマカイトさん」
「え? あっ、はい!」
フィーア先生に注意を行ったあと、ツヴァイさんは再び俺を鋭い目で睨みつけてきた。
「またお会いしましょう。機会があれば是非、貴方とはゆっくり話をしたいものです」
「……ひゃぃ」
そんな親の仇を見るみたいな表情で話すってなにを!? ま、まさか物理的なやつじゃ……そ、それとも、フィーア先生たちが言っていた長い説教……ど、どうしてこうなった?
怯える俺の前で、ツヴァイさんは一礼してから規則正しい歩幅で去っていった。
その背中を茫然と見送っていると、フィーア先生がなにやら信じられないといった表情で呟いた。
「……ツヴァイお姉ちゃんが……説教しなかった?」
「わ、私も信じられません。いつものツヴァイ様なら、確実に三時間コースのはずなのに……あんな優しい注意だけなんて……」
「……驚くとこ、そこですか!?」
アレで優しいって……普段はどれだけ怖いんだろうか?
っとそこでふと、俺は先程ツヴァイさんに感応魔法が通用しなかったことを思い出し、魔法に関して詳しそうなフィーア先生に聞いてみることにした。
「……そういえば、フィーア先生。ツヴァイさんの感情が、感応魔法でまったく読みとれなかったんですけど……」
「うん? 感応魔法?」
「あぁ、えっと……」
そういえばフィーア先生には感応魔法のことを話していなかったので、そこからしっかりと説明した上で、改めて先程のことを尋ねてみる。
するとフィーア先生は特に考えるような表情を浮かべることも無く、アッサリと言葉を返してきた。
「……それは単純に、ツヴァイお姉ちゃんが『魔力を体外に漏らしてない』からじゃないかな?」
「う、うん?」
「えっと、簡単に説明すると……ミヤマくんの感応魔法は、体から出る微弱な魔力から感情を読み取ってるんだよ。だから、魔力を完璧にコントロールして体内に留めている相手の感情は読み取れないんだよ……似たようなことは私も出来るよ……どう?」
「た、たしかに、フィーア先生の感情が読み取れなくなりました」
なるほど、だからアインさんやリリウッドさんなんかは読み取れる時と読み取れない時があったのか……。
「コレは魔力コントロールとしては最高レベルに難しい技術だけど、出来る魔族はそこそこいると思うよ……戦闘において、相手に魔力の流れを読ませないのは凄く有効だからね」
「な、なるほど……」
「まぁ、かなり疲れるから常時この状態でいる人は少ないけどね。シャルティア様とかは、隠密行動する時に使ってるね。アイシス様は魔力が強大すぎて抑え切れてない感じかな? まぁ、魔力を放出していた方が威圧感……威厳があるし、メギド様やマグナウェル様は抑えてないね」
「ふむふむ」
そういえば、いままで意識して無かったけど……姿を消している時のアリスからは感情が読み取れなかった気がする。
「ツヴァイお姉ちゃんは自他共に厳しいから、常時その状態でいることで、常に鍛錬してるんだと思うよ。だから、ミヤマくんはツヴァイお姉ちゃんの感情を読み取れなかったってことだね」
「納得できました。ありがとうございます」
拝啓、母さん、父さん――考えてみれば当然のことだ。感情を読み取る魔法があるなら、それを防ぐ方法もあってしかるべきだろう。しかし、平常時の魔力一つとっても色々とあるものだ。やっぱり――魔法って奥が深い。
規則正しい歩幅で移動し、中央塔に辿り着いたツヴァイをアインが出迎える。
「久しぶりですね、ツヴァイ。クロム様は打ち合わせ中なので、もう少々待つことになるでしょうが……」
「ええ、アイン。問題ありませんよ。突然訪れたのは私の方です。時間にも余裕はありますので、待たせていただきます」
どちらも丁重な口調で言葉を交わしたあと、アインとツヴァイは揃って中央塔の中へと移動していく。
その途中でツヴァイが鋭い目でアインを見詰めながら、静かに口を開いた。
「つい先程、カイト様とお話をさせていただきました」
「……ふむ」
「そして、早急に対処すべき案件があると考えています」
「……なんですか?」
「カイト様の愛好会員に配られている『姿絵』……本人を目にしたからこそ分かりますが……あの絵では『カイト様の素晴らしさを100分の1も表現出来ていません』。早急に改善すべきだと思います」
淡々とした口調ながら、ツヴァイの声には強い熱が籠っている。
その言葉を聞いたアインは、静かに頷いたあとで言葉を返した。
「貴女の言いたいことは理解できますし、同意します。しかし、残念ながらアレ以上の姿絵を作るのは、困難であると言う他ありません」
「ぐっ……なるほど……絵如きでは『カイト様の崇高さを表現しきれない』と、そういうことですね?」
「その通りです」
「……口惜しいですが、諦めるしかありませんね。本人と会って実感しましたが、あの溢れ出る『気品』と『美しさ』は……現存する技術では表現しきれないでしょう。世界がまだ、カイト様に追いついていない……」
心底悔しそうな表情を浮かべながら、ツヴァイは唇を噛む。本人が聞けば突っ込みどころ満載ではあるが、残念ながらこの場にそれを行う者はいない。
「……それはさておき、どうでした? 憧れのカイト様と話してみた感想は?」
「そうですね、端的にいえば……あの御方は……カッコよ過ぎるのではないでしょうか? 『私の知るどんな宝石よりも美しい瞳』、『煌くような髪』、『逞しく凛々しいご尊顔』……あまりにも眩しすぎて、『目を離すことが困難』でした」
「分かります」
あくまで個人の感想である。ちなみに、目が離せなかったツヴァイの様子は、傍から見ればただ無言で快人を睨みつけていただけだった。
「動悸も止まりませんでしたし、あまりの緊張にまともに会話も出来ませんでした……もしや、コレが……『恋い焦がれる』という感情なのでしょうか!?」
「間違いなく、その通りです」
「や、やはり……必然ですね。『この世の美を凝縮』したかのようなカイト様を見て、恋に落ちぬ者など居るはずもないです。魔導人形である私ですら、カイト様のお姿が脳裏から離れません」
「それは誰もが通る道ですが、溺れてはいけませんよ。私も貴女も映えある『カイト様愛好会のシングルナンバー』です。それを自覚した行動をとりましょう」
「心得ています。あくまで『カイト様に選んでいただくこと』を目標として、精進します」
「さすがツヴァイ……わざわざ忠告する必要などありませんでしたね」
「いえ、感謝します」
繰り返しになるが……ツッコミは不在である。
ツヴァイにとって快人は『実物の400倍』ぐらいカッコよく見えています。
~おまけ・快人愛好会シングルナンバー&会員名~
№1 謎の超絶美少女会長
№2 ミヤマ様の肉奴隷兼薄汚い雌豚(自称)
№3 ……カイトは……世界一……カッコイイ
№4 リリウッド(アイシスが勝手に会員登録した)
№5 クロム様とカイト様のメイド
№6 カイちゃん! 私だ! 養って!
№7 お嬢様、助けて(冥王愛好会のツテで存在を知り、からかうネタになると思って所属したが……メンバーが恐ろしすぎて後悔している駄メイド)
№8 カイト様は至高の存在!
№9 再婚も視野に入れています
他
クロムエイナ……愛好会の存在を知らない
シャローヴァナル……特に所属する利点がない(快人の情報はいくらでも手に入る)
エデン……愛しいわが子を称えるのは評価できるが、喋る肉の塊と慣れ合う気はない




