これから大丈夫だろうか?
ジークさんのレインボードラゴンが、本来なら一年かけて生成する宝石を瞬時に作り出せるということが分かってから、俺たちは早足でくじの会場を離れた。
マグナウェルさんが牽制してくれたおかげで変なちょっかいをかけてくる者はいないが、それでも注目された状態では落ち着かない。
流石にマグナウェルさんが釘を刺したばかりなので追ってくる人はいなかった。
そしてくじの会場からそれなりに離れた位置にある広場で、改めてレインボードラゴンに関して話を再開した。
「それで、フィーア先生。やっぱり、あのレインボードラゴンは、宝石をいくらでも生み出せる力をもってるんですかね?」
「う~ん、たぶんそうだと思う。アレだけの速度で生成出来るわけだしね。試しに、もうひとつだけ作ってもらってみよう」
「……なるほど、じゃあ、ジークさん」
真剣な表情で言葉を交わしてから、ジークさんにレインボードラゴンにお願いしてもらうよう頼もうとして振り返る。
「……美味しいですか? しっかり食べて、大きくなるんですよ」
「……」
「名前はなんにしましょうか? 迷ってしまいますね~」
「……こら、ジーク。自分のペットが可愛くて仕方ないのは分かりますが、いまはこちらの話を聞いてください」
「はっ!? す、すみません、つい……」
レインボードラゴンに餌をあげながら、ニコニコと満面の笑みを浮かべて居たジークさんは、リリアさんの声で我に返った。
うん、ずっと欲しかった魔物のペットだもんな……動物好きのジークさんとしては、もう嬉しくて嬉しくてたまらないのだろう。リリアさんに返事しつつも、片手はずっとレインボードラゴンの頭を撫でてるし……。
「……はぁ、ともかくジーク。検証したいことがありますので、先程の宝石をまた作ってくれるよう、その子にお願いしてください」
「分かりました……えっと、コレと同じものをまた作れるかな?」
「……」
リリアさんの要請に従い、ジークさんはレインボードラゴンの前にしゃがんで優しい声で尋ねる。レインボードラゴンは、相変わらず鳴き声はあげなかったが……一度頷いたあとで、再び尻尾に黒い宝石を作りだした。
やっぱり、フィーア先生の読み通りレインボードラゴンは、黒い宝石を生み出す特殊能力を持っているみたいだ。
ジークさんがレインボードラゴンから宝石を受け取り、それをリリアさんに手渡す。リリアさんは受け取った宝石を、いろいろな角度から見詰める。
「……お嬢様、おおよその価値は分かりますか?」
「……いえ、大変素晴らしい宝石だとは思うのですが……」
ルナさんの言葉を聞いて、リリアさんは宝石から視線を外して首を横に振る。いくら貴族のリリアさんとは言え、世界で初めて発見された宝石の価値までは分からないらしい。
「う~ん……アリス、居るか?」
「はいはい、その宝石を調べればいいんですか?」
「うん、よろしく」
正直俺も宝石については詳しくないし、フィーア先生やノインさんも難しそうな表情をしていたから……ここは知識のあるアリスに聞くことにした。
アリスはリリアさんから宝石を受け取り、軽く指で叩いたりしながら感触を確かめる。
「……かなり固いですね。アダマンタイト……いや、オリハルコンぐらいは……それにこの色合い……ジークさん、これカットしてみてもいいですか?」
「え? あ、はい、もちろん」
「じゃあ、失礼して……よいしょっ」
ジークさんに許可を取ってから、アリスがナイフを手に持つ。次の瞬間、アリスの手元が光り……一瞬で黒く美しいダイヤモンドが姿を現した。
う~ん、原石のままでも相当綺麗だったけど、カットするとまた一段と凄い。まるで夜景をそのまま閉じ込めたかのような美しさだ。
「……このサイズなら未加工で白金貨80枚……かなりの硬度なので加工に手間がかかりますし、加工済みで100枚ってところですかね?」
「は、はちじゅっ!?」
原石の状態で8億円……加工すると10億円。しかも、アリスがいま手に持っている宝石は、かなり小さい。おそらくレインボードラゴンの体がまだ小さいからだろう。
ということは、つまり……今後レインボードラゴンが成長していけば、どんどん宝石の価値は上がってくる。
「……ちょっと調べてみたいので、ジークさん。これ譲ってもらっていいですかね? 加工は私がしましたけど、白金貨100枚出しましょう」
「……は……ぃ?」
「ありがとうございます。では、白金貨100枚です」
「……へ? あ……え?」
「では、用事はすみましたので、私は失礼しますね~」
「……」
あまりの出来事に思考が付いていかないのか、茫然としているジークさんに対し、アリスは手早く白金貨100枚の入った布袋を渡して姿を消した。
ジークさんはそのまま少し固まっていたが……少しして小刻みに震え始めた。
「……は、白金貨? 白金貨って、あの……金貨10枚分のやつで……それが100枚だから……白金貨が100枚で……1枚でも白金貨で……」
「じ、ジークさん?」
「ジーク、お、落ち着いてください! 気を確かに」
「はくき……ん……か? ……きゅぅ」
「ジークさん!?」
ジークさんは白金貨なんてものとは無縁の平民である。彼女は、魔物を買うために金貨3枚を貯めた。日々の給料からコツコツと貯金し、長年をかけて貯めたのが金貨3枚である。
300万円貯めて魔物を買おうとして、100万円のくじを引いて念願のペットを手に入れたかとおもったら……10億円をポンと渡された。
その衝撃の展開は彼女に尋常ではない混乱をもたらしたらしく……ジークさんは、気を失ってしまった。
拝啓、母さん、父さん――俺の周りがわりと異常で、俺自身もかなりお金を持っていたので感覚がマヒしていたが……ジークさんの反応がある意味、一番正常だ。なんというか、ジークさん――これから大丈夫だろうか?
庶民「あ、ありのままにいま起こったことを話します。私は魔物を飼う夢を叶えるためコツコツと貯金し、数年かけて金貨3枚を用意しました。それを全て使って、明日からの節約生活を覚悟しながら六王祭に挑んだら……なぜか、私の所持金は減るどころか300倍ぐらいに跳ね上がっていました。な、なにを言っているか分からないと思いますが、私もなにをされたのか分かりませんでした。資金運用だとか投資だとか、そんなちゃっちなものでは断じてありません。もっと、恐ろしいカイト=サンの片鱗を味わいました」




