味なんて分からないよ
昼食を食べ終え、クロと一緒に席を立ち会計を行う。
基本的に屋台と言うのは商品と交換でお金を払うもので、実際この店も通常は先払いらしい。
ただ店主のおばさんにとってクロの信用は余程高いらしく、常連と言う事もあって後払いもOKと言う訳だ。
「ごちそうさま~美味しかったよ」
「あ、クロ。お金を」
「え? いいよ。誘ったのボクだし、ボクが払うよ~」
「いや、流石にそれは……」
おばさんの所に支払いに行こうとしたクロに財布を取り出しながら声をかけるが、クロは奢ってくれると言葉を返してくる。
しかし流石に、仮にもデートと言う形で来ているのと、いくら年上だとは言え見た目は少女のクロに奢ってもらうと言うのも気が引けてしまう。
「大丈夫。これでもボク、そこそこお金は持ってるからね」
「そこそこって、この世界に冥王様よりお金持ちの人なんているのかい?」
「え? クロってそんなにお金持ちなの?」
明るく告げるクロの言葉を聞き、おばさんがまたも苦笑を浮かべながら告げる。
クロは普段ゴテゴテしたアクセサリー等は付けておらず、食べてるのも庶民的なお菓子が殆どで、あまりお金持ちって印象は無かったんだけど……おばさんの口振りだと世界でもトップクラスらしい。
やっぱりそれは、冥王だからだろうか? いや、でも、冥王の収入源ってなんだろう?
「お兄さん知らないのかい? 冥王様は『魔法具の生みの親』だよ。そりゃとんでもなくお金持ちさ」
「……あっ」
続けられたおばさんの言葉を聞き、成程と思い至る。
この世界で最大のシェアを誇るセーディッチ魔法具商会……そこの会長は、ゼクスさんの配下であり、ゼクスさんはクロの家族。そしてよくよく思い返してみれば、ゼクスさんは商会の会長が配下だとは言っていたが、セーディッチ魔法具商会が自分の商会だとは一言も言っていない。
つまるところセーディッチ魔法具商会作ったのはクロって事か……つまりクロは、世界一の大企業の名誉会長みたいなポジション。そりゃお金持ってるわ……
「……」
「カイトくん?」
「……クロ、やっぱりここは俺が払っても良いかな?」
「え? なんで?」
クロがお金持ちと言う事は分かったし、その理由にも納得した。
しかしやはり俺にも、男としてちっぽけながらプライドと言うものがあるので、せめて食事代位は出したかった。
尤も、俺が現在持っているお金はリリアさんに貰ったものであり、俺が稼いだ訳ではないので何とも締まらない話ではあるんだけど……
そんな俺の言葉を聞き、クロは不思議そうに首を傾げる。普段こっちの事は何でもお見通しみたいなクロにしては珍しいが……そもそもやたら定番のやり取りと行いたがったり、中途半端に聞きかじった様な知識を披露していたりと、彼女はこの手の関係にだけは疎いのかもしれない。
「……冥王様。その理由を尋ねるのは流石に野暮ってものさ」
「え? そうなの?」
「そうそう、男ってやつには時には譲れない拘りがあるものさ。だろ? お兄さん」
「うっ……はい」
どうやらおばさんの方は俺のちっぽけな見栄に気が付いたらしく、愉快そうに笑いながら告げ、クロはますます不思議そうに首を傾げる。
「それじゃあ合わせて12Rだけど……お兄さんの男気に免じて、10Rにまけとくよ」
「ありがとうございます。じゃ、これで」
「はい確かに。ありがとうね。良かったらまた食べに来なよ」
一人頭日本円で約600円、ボリュームから考えると非常にリーズナブルなお値段だ。味も美味しかったし、また是非食べに来る事にしよう。
ただおばさんに今回の事でからかわれそうな気がするので、多少不安は不安だが……
支払いを終え、未だ不思議そうな顔をしているクロの手を引いて店先から離れる。
「それで、次はどこに行くの?」
「そうだね~食後だし、のんびり見て回ろうよ。あ、飲み物とかあった方が良いね」
再び屋台の並ぶ通りを歩きながらクロに声をかけると、クロは明るい笑顔に戻って言葉を返してくる。
一先ずおばさんのアドバイス通り、さっきの件に関しては追及をしないでくれるらしく、ホッと胸を撫で下ろしながらクロの言葉に頷く。
飲み物に関してもお勧めの店があるらしく、クロは俺の手を引いて一つの屋台……何となく小さな八百屋みたいに見える店に向かう。
「こんにちは~シールフルーツあるかな?」
「おや? これは冥王様、いらっしゃいませ。シールフルーツですね。ええ、良いのが入ってますよ」
どうやらまたも常連らしく、店主らしき男性はクロを見て笑顔で言葉を返してくる。どうやらクロは、この辺りにかなり頻繁に訪れているらしい。
店主はクロの言葉を受け、何やら直径30cm位の黒い球状の物を取りだす。
あれがシールフルーツってやつなんだろうか? 何か鉄球みたいに見えるんだけど……
「穴はどうします?」
「こっちで開けるから大丈夫。ストロー二つ付けてね」
「はい」
出来ればまた俺が支払いたい所ではあったが、今回はクロが「今度こそボクが奢る」と譲ってくれなかったので、それに甘える事にする。
そしてクロは店主から謎の黒い球体とストローを受け取ってお金を支払う。
それにしても……この世界にもストローってあるんだ。素材はなんだろ? プラスチックだとは思えないし、色合い的に木? それともそういった形の草だろうか? もしかしたらこれも過去の勇者役が伝えたものなのかもしれない。
「ところでクロ、それはどういう物なの?」
「これはシールフルーツって言って、中に果汁がいっぱい入ってるんだよ。硬い殻に覆われてるから、そこに穴を開けて飲むのが一般的だね」
つまり、ココナッツみたいなものだろうか? 確かに言われてみればそんな風に見えなくもない……色が真っ黒と言う事を除けば……
「ちなみに殻の強度は鉄ぐらいかな? 鎧の素材に使われたりする事もあるよ」
「……それ、どうやって穴開けるの?」
訂正、ココナッツみたいなものじゃなくて……ココナッツに似た全く別の何かだった。
少し触らせてもらったが確かにとてつもなく硬そうだ。
しかし鉄並みの強度って、それ本当にどうやって穴開けるんだろう? 錐とかないと無理じゃないのかな?
「え? こうやってだけど?」
「……は?」
そんな俺の疑問に対し、クロは当り前の様にシールフルーツの殻を軽く指で突き、いとも簡単に穴を開けてしまう。
……ちょっと情報を整理しよう。
シールフルーツはココナッツみたいに中にジュースの入っている果物で、殻の強度は鎧の素材に使われる程硬く鉄並み。
それをクロはいとも容易く指で穴を開けた……つまりクロは、指で鉄を貫けるって事かな? なにそれ怖い。
「って、ちょっと待った。クロ、それ……一つしかないけど、何でストローが二つ?」
「え? だってデートだと、二人で一つの飲み物を飲むんでしょ?」
「……」
あぁぁぁぁ、しまった! もっと早くに気付くべきだった。
クロは変に偏った知識を持ってる上、事恋愛関係に関してはドが付く程疎いんだった。
つまりこの状況は、あれだ。一つの飲み物を二つのストローで飲む、カップル御用達のアレだ。
「さ、カイトくん。一緒に飲もう!」
「……」
いやいや、ちょっと待って欲しい。物凄く重要な事がある。
ここは喫茶店でも無ければ、どこかの店内でも無い。昼下がりで多くの人が行き交う道のど真ん中だ。
え? ここで? それを一緒に飲むの? それもはや完全に罰ゲームなんだけど!? いやいや、流石にそれは羞恥心で死にそうになる!
「いや、俺は……」
「……カイトくんは、ボクと一緒に飲むの……嫌?」
「……飲みます。はい」
何とかその恥ずかしいシチュエーションから逃れようとしたが、寂しげな表情を浮かべてこちらを見つめてくるクロの目を見て、数秒で陥落した。
逃げ場なんて……どこにもなかった!
ガックリと肩を落とし……俺はその後数分に渡り、道のど真ん中でクロと一緒にジュースを飲むと言う恥辱プレイを味わうことになった。
拝啓、母さん、父さん――シールフルーツの果汁はとても美味しいそうだけど、こんな状況で――味なんて分からないよ。
冥王からは逃げられない