なんかフラグに聞こえる
クロに案内されて辿り着いた区画は、先程まで居た場所とはまた違った賑やかさに包まれていた。
屋台と聞くとどうしても、元の世界で見た祭りの出店の様な物を想像していたが、ここは出店と言うよりも商店街と言った方がしっくりくる。
いくつもの小さな店が通りの左右に並び、行き交う人達からもどこかアットホームで楽しげな雰囲気が漂ってくる。
移動中にクロから聞いた話では、俺が今まで買い物に出かけていた区画は、近くに貴族の屋敷が多い事もあって大きめの店が多く、特に衣服や家具類を取り扱っている店が多いらしい。
逆にこの辺りは冒険者ギルドや集合住宅が近くに多く存在するらしく、飲食店が多く集まっているとの事だ。
やはり昼時だけあって人通りが多いだけではなく、あちこちの店から食欲を刺激する良い匂いが漂ってきている。
時間も丁度いいので先ずはお昼を食べてから周ろうと言う事になり、クロのお勧めだと言う店にやってくる。
小さな木造の店の前には、同様に木で出来た長椅子とテーブルが並んでおり、いかにも大衆向けの料理店と言った雰囲気が個人的にかなり好みだ。
「こんにちは~」
「おや? 冥王様じゃないかい。いらっしゃい」
クロが店の前に立ち明るい笑顔で言葉を発すると、店の中から人の良さそうな妙齢の女性が出て来る。
事前に行っていた通り直接話しかけたりすれば分かるらしく、店主らしき女性はクロに気が付いて笑顔で言葉を返す。
「お昼食べにきたよ~」
「いつもありがとうね。おや? そっちの子は、冥王様の知り合いかい?」
「うん。カイトくんっていって、異世界の子なんだよ」
「ああ、そう言えば今年は勇者様以外にも異世界の方が来てるって噂になってたねぇ。いらっしゃい。お腹いっぱい食べて行ってちょうだいね」
「あ、はい。ありがとうございます」
何処の世界でもおばちゃんのトークスキルと言うものは高いらしく、軽快な会話と共に席に案内され、クロと一緒に席に座る。
席があるとはいえ喫茶店やレストランと言う訳ではないので、メニュー等がある訳ではなく店主のおばさんは俺達を案内した後でそのまま調理に移った。
そして数分経つと肉の香ばしい匂いと共に、肉と色取り取りの野菜を綺麗な焼き色のパンで挟んだ……所謂バケットサンドが運ばれてきた。
大きめのパンにこれでもかと言う程肉と野菜を挟んだ、見た目にも豪快な一品。これは確かに美味しそうだ。
「お待たせ、特製『レッドベアー』サンドだよ! さ、召し上がれ」
「わ~い」
「……」
気のせいかな……今この店主のおばさん、レッドベアーって言わなかった? ベアーってあれか、要するに熊の肉って事か?
い、いや、この世界では熊の肉も一般的な食材なのかもしれないが……出来れば、食べる前には知りたくなかった。せめて初めの一口を食べた後で教えて欲しかったよ……
そんな俺の葛藤は知らず、おばさんは料理を出した後で去っていき、クロはクロで気にした様子もなく美味しそうにレッドベアーサンドを食べ始める。
「カイトくん食べないの? 美味しいよ」
「……いただきます」
認識を改めるんだ。ここは異世界、元の世界とは常識が違う。それに元の世界……というか日本では熊の肉はあまり一般的なものではなかったが、熊肉が食べれる店等も存在していた。
そうだプラスに考えよう。寧ろヘビの肉だとかカエルの肉だとかじゃなかっただけ良しと考えよう。
クロの言葉を受け、俺はレッドベアーサンドを手に持ち、意を決して一気に齧り付く。
「……美味い」
「でしょ! ここのお店のは、ホント美味しいんだよ~」
熊の肉は獣臭くて癖の強い味がすると聞いた事があったが、この肉にくさみは全く無い。寧ろ後に残る様な感じが無く上品にすら感じる。
肉の味自体は非常に淡白だが、だからこそ主張が強くなくたっぷり挟まれた野菜と甘辛いソースの味と物凄くマッチしていて、見た目のボリュームに反して重たく感じない。
少し固めに焼かれているパンの香ばしさも相まって、口の中で香りと味が見事に調和し、ソースの甘辛さが食欲を増進させ次の一口が欲しくなる。
俺ががっつく様子を微笑ましげに見ていたクロは、ふと周囲を見渡し始め、不思議そうに首を傾げながら呟いた。
「……何か今日は、人が少ない気がする」
「そうなの? 結構賑やかだと思ってたけど、普段はもっといるものなのか?」
「うん。ここは冒険者ギルドが近いからね。お昼時ともなればもっと混み合う筈なんだけど……今日は冒険者自体を殆ど見かけないね」
確かにそう言われてみれば、武器や鎧を身に纏ったいかにも冒険者ですみたいな人はあまり見かけない気がする。
するとクロの呟きが聞こえたのか、店主のおばさんが別のテーブルを拭いていた手を止めこちらに近づいてくる。
「それなんだけどね。何でも北の山でワイバーンの群れが目撃されたらしくてさ。今朝方から冒険者ギルドと騎士団が共同で討伐に出てるみたいなのよ」
「へぇ~ワイバーンが街の近くに巣を作るなんて珍しいね」
「そ、それって、結構やばいんじゃ……」
ワイバーン……翼と手が一体化した翼竜。ファンタジーでは定番とも言える魔物。
名前を聞いただけでもかなり恐ろしそうな魔物だが、おばさんの口振りからすると結構近い場所で目撃されたみたいだ。しかも、群れともなると王都にも被害が及んだりするんじゃなかろうか?
そう思いながら恐る恐る尋ねてみると、クロは微笑みを浮かべる。
「大丈夫、ワイバーンは竜種の中でも知能も低いし弱い部類の魔物だよ」
「そ、そうなんだ……」
「お兄さん、真に受けちゃ駄目だよ。そりゃ、冥王様にとってはワイバーンなんざ羽虫みたいなもんだろうけど、人間にとっちゃ一匹でも恐ろしい魔物さ。だからこそ騎士団と冒険者が早々に共同で討伐隊を編成して、討伐に打って出たんだよ」
「……」
ワイバーンをあっさりと弱い魔物だと口にするクロの言葉を受け、おばさんが苦笑しながら訂正をする。
う~んだとすればやっぱり、結構大がかりな討伐戦になるんだろう。騎士団や冒険者にも怪我人や死人が出るのかもしれない。
別に騎士団や冒険者に知り合いが居ると言う訳でもないけど……たとえば、クロが討伐したりすれば、それこそ誰も怪我なんてすることなく一瞬で終わるんじゃないのかな?
「……カイトくん。考えてる事は何となく分かるけど、それは駄目だよ」
「……え?」
俺の考えを察し、クロは先程までの軽い様子とは違い真剣な声で呟く。
「これはこの国……シンフォニア王国で起こったトラブルだからね。不用意にボクが関わるべきじゃない」
「……」
「確かにカイトくんが考えたみたいに、ボクが出向けば一瞬で終わるよ。ワイバーンが100匹居ようが1000匹居ようが、すぐに討伐できる。でも、それじゃ駄目なんだ」
静かながらどこか重々しく感じる声が響く。
こちらを真っ直ぐに見据える金色の瞳には、確かな王としての威厳が宿っていた。
「王政って言う形を取っている以上、自国の領土内で起きたトラブルは出来るだけこの国の力で解決しなきゃいけない。魔族に頼ってばかりじゃ、国民からの信用も失うし、魔族と人族の『対等』って関係も壊れちゃう。勿論正式に援護を要請されれば応じるし、人族だけじゃ手に余る事態だって思えば手助けもするけど……そうじゃない時に、仮にも六王であるボクが理由も無くアレコレ関わっちゃうわけにはいかないんだよ」
「……」
反論する気さえ起らなかった。確かに俺の頭に浮かんだ考えはただの感情論であり、クロの言葉が全面的に正しい。
やっぱりこういうとこを見ると、クロは俺よりずっと年上でしっかりした考えを持っている事を実感する。
っとそこまで語った後、クロは表情を崩し安心させる様な笑みを浮かべる。
「まぁ、大丈夫だよ。この国の騎士は優秀な子も多いし、場所が近いって事は補充とかもしっかり行えてるだろうしね」
「そうそう、ここを拠点にしてる冒険者だって粒揃いさ、ワイバーンにだって遅れを取りやしないよ」
「……なら、安心かな」
拝啓、母さん、父さん――王都の近くにワイバーンの巣ができたらしい。クロとおばさんは安心だっていうけど……なんだろう? 気のせいか――なんかフラグに聞こえる。
王都北の山岳地帯……巣を作ったワイバーンの駆除の為、王都より寄り抜きの騎士、冒険者、周辺の調査要員も含めて構成された討伐隊。
ここ数年で一番大がかりな魔物討伐作戦である事と、ワイバーンから取れる血肉等の素材が非常に高価な事も相まって志願者は多く、500名を超える規模となった。
高名な冒険家に師団長クラスの騎士、過去にワイバーンを討伐した経験がある者もおり、問題無く片が付くだろう……討伐隊の誰もがそう思っていた。
岩肌の多い山の中腹、報告から推定されたワイバーンの巣があるであろう場所に辿り着いた討伐隊の面々は今――戦慄していた。
彼等の眼前にはおびただしい数のワイバーンの死骸が転がっていたが、殺したのは『討伐隊ではない』。
「隊長!」
「……どうだ?」
「間違いなく死んでいます……しかし『傷はありません』……」
討伐隊の指揮を任されていた騎士は、部下からの報告を受け表情を強張らせる。
実は彼等はここに来るまで、2体のワイバーンと遭遇しそれを討伐していた。だがそのワイバーンの様子がおかしかった……まるで何かから逃げる様に死に物狂いな様相、幾度となくワイバーンを討伐した経験がある隊長も、あそこまで必死なワイバーンを見たのは初めてだった。
その様子に不安を覚え、予定より速いペースで巣に辿り着いた彼等が見たのは……50を超えるワイバーンの死骸……しかもそのいずれにも一切の外傷が存在しない。
「……隊長、これは……もしや……」
「ああ、こんな事が出来るのは……」
顔を青ざめさせ、微かに体を震わせながら尋ねて来る騎士の言葉に、隊長も表情に恐怖を現しながら同じ結論に辿り着く。
そう、彼等は知っている。この異常とも言える光景……それを行えるであろう存在を……
そして当って欲しくない予感を肯定する様に、山の頂上付近から一つの影が降りて来る。
「……あ、あぁ……」
「……馬鹿な……何故、こんな所に……滅多に魔界から出歩かない筈なのに……」
その影を見た二人は……いや、討伐隊の面々全てが表情を恐怖に染め、身を震わせる。
本来ならこんな場所で出会う筈の無い存在、災厄に例えられる事もある恐怖の象徴。
「……『死王・アイシス・レムナント』……」
誰かが呟いた言葉と共に、彼等の眼前に数多の死を纏う亡者の王が降り立った。