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強くなれたと思うから



 フィーア先生とノインさんの騒動も一段落し、俺は寝室へと向かっていた。

 ふたりはあくまで風呂に入りに来ただけで、ここに泊まるわけではないらしい。流石に六王三人と一緒に泊まるわけにはいかないのかな?

 ともあれ、明日の集合時間と場所だけを話し合って、ふたりは宿へと帰っていった。


 しかし、まぁ、今日は本当にいろいろとあって疲れた。ここのところ添い寝による気恥ずかしさであまり寝れていなかったのもあって、かなり眠たい。

 今日ばかりはぐっすり眠りたいところだけど……どうなることやら。


 そんなことを考えつつ、寝室のドアを開いて中に入る。

 すると広い部屋の中には、アイシスさんやアリス、アインさんの姿はなく、クロがひとりだけソファーに座ってベビーカステラを食べていた。


「あ、カイトくん。ただいま~」

「……おかえり、もう話し合いは終わったの?」

「うん。簡単な確認だけだったからね」

「そっか……アイシスさんたちは?」


 マグナウェルさんとの話し合いから戻ってきていたクロにおかえりと伝えてから、アイシスさんたちが部屋に居ないことを尋ねてみる。


「あ~皆には、今日は『カイトくんとふたりきり』にしてほしいってお願いしたんだ」

「え? そうなの?」

「うん。まぁ、そういうわけで……よっと」


 アイシスさんたちが今日はここに来ないことを伝えながら、クロはベッドに移動して腰掛ける。そして、俺の方を見て優しく微笑んだあと、両手を広げた。


「さっ、カイトくん。おいで~」

「え? ど、どういうこと?」


 なぜか両手を広げたまま、優しい笑顔で待ち構えるクロに聞き返す。


「……ほら、カイトくんさ、今日はいろいろあったでしょ?」

「う、うん」

「大丈夫だよ。ここには、ボクしかいない。結界を張ってるから、いまはシロにだってここは見えない……だから……ね?」

「……クロ」


 流石というか、なんというか……やっぱり、クロには全部お見通しだったのか……あぁ、だから、あとで話そうって言ってたのか。

 クロの言葉を聞いた俺は、そのまま吸い寄せられるように近付き、そしてクロの胸に顔を埋めた。


 クロはなにも言わず、俺の頭をギュッと抱え込むように抱きしめてくれた。

 ……温かい。周囲に音はなく、ただクロの温もりだけを感じる。それがどうしようもないほど心地良く、心の奥からじんわりと温められているような気がした。


「……分かってるつもりだったんだ」

「うん」

「別人の可能性が高いって、母さんのはずがないって……でも、俺は、あの人が母さんじゃないって確信して……ガッカリしたんだと思う」

「……そっか」


 弱音……そう言っていい言葉が、自然と口から零れ落ちていた。


「……でも、同時に自分の予想が間違ってなかったことにホッとしたし、納得もしてしまった」

「……分かんなく、なっちゃったんだね?」

「うん……俺は結局、どうあってほしかったのかな? あの人が母さんであることを望んでたのか、別人であることを望んでいたのか……変にモヤモヤして、どうだったか分からなくなった」


 ルーチェさんの件に、上手く結論を出せない。ハッキリした答えが出てこないことに、モヤモヤした感情を抱いていたことを告白する。

 クロは片手は俺の頭を抱えたまま、もう片方の手で優しく俺の頭を撫でてくれた。


「カイトくん、大丈夫……なにも、おかしな考えじゃないからね」

「え?」

「大切な母親が死んで、形はどうあれ心の整理をつけてたんだよね? それなのに、急に死んだ母親にそっくりな人を見かけちゃったら……期待しちゃうのは、当り前だよ」

「……クロ」

「大切な人の死なんてさ、割り切ったつもりでも割り切れるものじゃないんだよ。忘れられないなら、忘れなくていい。答えが出ないなら、出さなくていいんだよ」


 それはあまりにも優しい肯定の言葉。まるでかつて彼女に救われた時のような、心の奥底に響く声。


「だってさ、カイトくんの迷いは……母親をいまでも大切に思っているからこその言葉だと思うから。きっと、そのままでいいんだよ」

「……」

「ああ、でも、ひとりで抱え込んじゃ駄目だからね? 迷ってもいい、答えを出さなくてもいい……だけど、ひとりぼっちで考えちゃうのは駄目。ちゃんと相談して? そうしたら、ボクはいくらでも君の傍に居るから……」

「……うん」


 誰にも話したことはないが、俺はずっとあるひとつの心残りを抱えていた。それは、父さんと母さんに……ちゃんと『別れを告げられていない』こと……。

 事故にあった車内で俺が死の恐怖に震えていた時、一度だけだったけど、母さんの手が俺の頬に触れた気がしたんだ。あの時、もしかしたら、母さんと父さんはまだ生きていたんじゃないのかって、そう思っている。

 もちろん実際にあの状況でそんなことが言えるわけがないのは、ちゃんと分かっている。


 それでも、大好きだった両親に「ありがとう」も「さようなら」も言えていないのは。ずっと心残りだった。

 だからこそ、俺は期待していたんだと思う。ルーチェさんが母さんであることに、かつて伝えられなかった言葉を伝える機会が訪れることを……。


「……ねぇ、カイトくん? このまま、寝ちゃおっか?」

「……うん」

「ずっと抱きしめていてあげる。君が、夢の中でだってひとりぼっちにならないように……」

「……ありがとう」


 でも、もう、本当に大丈夫だと思う。俺はきっと、この先も母さんと父さんのことを割り切れたりはしないだろう。今回のようなことがまた起きれば、たぶんまた期待して、落ち込んだりもする。

 だけど、きっと、それでいいんだ……少なくとも、割り切れないうちは、両親のことを忘れてしまうなんて心配はしなくていい。


 俺にはそんな弱い心を支えてくれる人達がいるから……だからこそ、俺はその割り切れない感情を……両親の死を背負ったままでも、ちゃんと前を向いて歩いて行ける。そう、強く確信した。


 拝啓、母さん、父さん――なんだかんだいろいろ悩んで、いろいろな人に助けられて、俺はまた明日からしっかり頑張れそうだよ。根拠なんてものはなにもないけど、今日の件のおかげで俺の心はまた少し――強くなれたと思うから。





活動報告にて、書籍化第二弾の登場キャラ、アイシスのキャララフを公開しました。


シリアス先輩Act3「ぐ、ぐぬぬ……甘い……でもシリアスっぽさもある……むむむ、これは、悩みどころ……う~ん。グレー! 次回に期待する!!」


三日目も終了したので、次回から一周年記念のアイシス番外編です。


シリアス先輩Act3「ファッ!?」

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