俺の評価がおかしいんだけど!?
六王祭三日目の光景は、やはり一日目や二日目とは大きく変わっていた。
昨日の森に包まれた風景は消えうせ、都市のあちこちに出店が立ち並ぶ……巨大な夏祭りのような光景だった。
「おぉ、かなり賑わってますね」
「……うん……今日は……誰でも……申請すれば……店を出せる」
アイシスさんと手を繋いで中央塔から出発すると、まず初めに見えたのは巨大な広場に用意されたステージだった。
このステージでは三日目のメインと言っていいオークションが開催されるらしいが、開始は十時から……あと一時間ほど時間がある。
ただ、俺もアイシスさんもオークションにはさほど興味が無いので、後でどんな感じが軽く覗くぐらいになるだろう。
なのでまずは、あちこちの出店をのんびり見て回ろうと考えて、アイシスさんと一緒に歩きはじめる。
普段は軽く宙に浮いているアイシスさんだが、今回は俺とのデートということもあって歩いている。
アイシスさんは終始幸せそうで、いわゆる恋人繋ぎで握った手を、嬉しさをアピールするように時折ギュッと握ってくる。完全に天使である。
俺もアイシスさんと一緒に祭りを見て回れるのは幸せだし、楽しい時間になるだろうとは思っている。しかし不安要素も無いわけではない。
特に心配なのはアイシスさんの死の魔力に関して……俺には感応魔法があるから問題無いが、そうでない人にとってアイシスさんは恐怖の対象となる。
これに関して、本人の意思の強さはほとんど関係ない。アイシスさんは心優しい人だ。しかし、たとえそれを知っていたとしても、アイシスさんの死の魔力に耐えられるだけの魔力を持たない存在は、アイシスさんに近付くことはできない。
命ある者は本能としてアイシスさんを恐れてしまう。だから、アイシスさんが王都などに遊びに来た時は、大通りから人が消える。
それはアイシスさんが長く孤独を感じてきた要因であり、彼女にとって一番のトラウマとも言っていい。
だからいまは、それが少しだけ心配だった。出店の店員は殆ど六王の配下らしく、爵位級などの実力者が優先して選ばれている。
しかし参加者や、申請した者の出店に関してはそれが当てはまらない。逃げられたりして、アイシスさんが傷つく事態にならなければ良いけど……。
そんな心配を胸に抱きながら、アイシスさんと一緒に歩いていると……他の参加者の話し声が聞こえてきた。
「おい、見ろよ。死王様だ……」
「おぉ……す、すげえ威圧感。流石六王様だな」
その言葉を聞いて、思わず俺とアイシスさんは顔を見合わせた。そう、俺達が予想していた反応とは違ったからだ。
話をしていた二人組は、俺から見ても大した魔力があるようには見えなかったが……アイシスさんを目にしても逃げなかった。まぁ、ある程度は離れて見ていたが……。
「死王様を目にしただけで気を失うとか聞いたが、そんな感じじゃねぇな?」
「馬鹿、お前。そんなの小心者が誇張して流してるだけだろ。確かにこれ以上近づけない雰囲気はあるが、六王様だぜ? こんなもんだろ」
「だな……いや、それにしても六王様をこうして見ることが出来るとは、運が良かった」
「ああ、勇者祭じゃ俺らみたいな一般参加者は、遠目に見れるかどうかだもんな」
……あれ? 本当に好意的な反応……どういうことだろう?
「……あれ? ……誰も……逃げない?」
どうやらアイシスさんも意外だったらしく、不思議そうな表情で周囲を見つめていた。
確かに二人組の話の通り、皆アイシスさんから距離はとっている。しかし精々数メートルぐらい離れて見ている感じで、それは先日のリリウッドさんと一緒に歩いた時も同じような感じだった。
「……そういえば、アイシスさんの死の魔力って……アイシスさんが幸せだと、薄くなるんでしたっけ?」
「……う、うん……消えることはないけど……」
「じゃあ、もしかして……」
「……あっ」
俺とアイシスさんは、ほぼ同時に思い至る。
死の魔力はアイシスさんの機嫌がいいと薄くなる。俺の自惚れでなければ、今日という日をずっと楽しみにしていたであろうアイシスさんは、現在とても大きな幸せを感じているはず……つまり、いまアイシスさんの纏う死の魔力はかつてないほど薄くなっている。
それこそ、アイシスさんから感じる恐怖の感情を『流石六王だけあって、すごい威圧感だ』程度に思えるほどに……。
たぶん遠巻きに見ている距離……約三メートルが限界で、それ以上近付くことはできないのだろうが……それでも劇的な変化だ。
アイシスさんにとってこの光景……これだけ多くの人が逃げずに存在している光景は、新鮮で嬉しいものなのだろう。感極まったように肩を振るわせた後、俺の腕に強く抱きついてきた。
「……カイト……嬉しい」
「よかったですね、アイシスさん」
「……うん……全部……カイトのおかげ……ありがとう……大好き」
この変化は……弱者が己から逃げないという光景は、アイシスさんが渇望したものだ。もちろんまだアイシスさんに対して恐怖を抱かないようになったわけではない。いま以上にアイシスさんが近付けば、逃げだしてしまうだろう。
それでも、これはとても大きな前進だった。いつかきっと、アイシスさんが誰にも恐れられずにに街中を歩けるような……そんな可能性が微かに見えた気がした。
「……死王様の隣に居るのは……もしかして、あの噂の異世界人か?」
「ああ、たぶんそうだ。迂闊に目を合わせるなよ……『殺される』ぞ」
……うん? あれ?
「……なんでも噂じゃ、『戦王様と戦って勝った』とか……あの外見からじゃ想像も出来ねぇ力を持ってるはずだ」
「……俺が聞いた話だと、戦王五将のバッカス様を一発で倒したらしいぞ」
ちょ、ちょっと待って、なにこの会話? おかしい、なにかおかしいぞ……。
「なんでも配下に『鬼のような有翼族』が居るらしく、軽んじようものなら消し飛ばされるとか……」
「あ、ああ、俺も聞いた。なんでも、あの異世界人の偉大さを説いて回ってるとか……」
「し、知ってるか……ほら一日目にアルクレシアの伯爵がその有翼族に締めあげられて、あの異世界人に忠誠を誓ったって……」
「あ、ああ、でも、なんかその後『冥王様』が連れていったらしいけど……」
おい、ちょっと待て!? なんかあり得ない会話が聞こえてきたぞ!?
その有翼族って……エデンさんのことじゃない? エデンさんなにしてんの!? 一人で観光するって言ってたけど……マジでなにしてんの!?
俺の評価がおかしくなってるんだけど……というか、伯爵が忠誠を誓ったってなに? 俺の所にまったく情報が入ってきてないんだけど!?
そしてクロ、お願い頑張って! あの非常識な方止められるのはクロだけだから!?
拝啓、母さん、父さん――アイシスさんの死の魔力が薄まり、彼女が心から幸せそうにしているのは、まるで自分のことのように嬉しかった。まぁ、それはソレとして……なんか――俺の評価がおかしいんだけど!?
~一般人による快人君の噂~
・異世界人にして『六王に匹敵する力』の持ち主らしい
・六王だけでなく、最高神や、はては創造神まで一目置く存在らしい。
・幻王様を従え、世界中の情報を手中に収めたらしい。
・出会ったばかりのシンフォニア国王が、あまりの恐怖に土下座したらしい。
・侮辱すると、どこからともなく『配下の有翼族』が現れるらしい。
・戦王に『戦闘で勝利した』らしい。
・七番目の王になるのではないかと噂されているらしい。
……勘違いものだったかな?




