閑話・リリウッド・ユグドラシル~平凡で特別な貴方へ~
初めて会った貴方は、特別な存在とは言えませんでした。心優しい人間だとは理解できました。心の強い人間だとは認識できました。しかし、それでも、貴方は平凡という言葉で表現できたと言えます。
――貴方は平凡な存在でした。
――貴方は小さな存在でした。
――貴方は幼い存在でした。
――貴方は特別な存在ではありませんでした。でも……。
私がミヤマカイトという人間の存在を初めて聞いたのは、かけがえのない家族、妹のように思っているアイシスの口からでした。
正直、いくら家族の言葉とはいえ、私はカイトさんの存在を信じることはできませんでした。強い力を持たぬ存在が、アイシスの死の魔力に対抗できるはずが無い。彼女の手を取ってあげることなど出来るはずが無いと、そう思っていました。
しかし、母のように思っているクロムエイナの口からも貴方の名前が出てきました。あの時の感覚はなんだったのでしょう? 得体のしれない存在が現れたような、不安と期待が混じったものだったと思います。
私がミヤマカイトという人間と初めて出会ったのは、人界にある精霊族の森でした。
私は世界最古の精霊であり、現存する全ての精霊は私の眷族でもあります。そんな私の目から見て、カイトさんという人間の存在は……拍子抜けするほど『平凡』でした。
私の数百……いえ、数千分の一しか生きていない幼い存在であり、強大な力も魔力も持たない。ごくごく平凡な人間。
感応魔法という珍しい魔法が使えるようでしたが、同様のことは私にも可能ですし、特に無二の力というわけではありません。
シャローヴァナル様の祝福を受け、自然に愛されてはいましたが……それでもカイトさん自身は、ただの人間という範疇に収まる存在でした。
決してカイトさんのことを馬鹿にしているわけではありません。むしろ話してみた印象はとても良いものでした。
優しい性格であるのは伝わってきましたし、自然を大切に思っているのも好印象でした。ただ、やはり、アイシスやクロムエイナが特別視するような存在だとは、思えませんでした。
ですが、貴方はそんな私の想像を軽々と越えていった。
傍若無人であるメギドに気に入られ、マグナウェルにも興味を持たれ、さらにはシャルティアまで……貴方を特別な存在だと認識した。
貴方は確かに平凡な存在でしたが……それでも、非凡な者へ臆することなく挑んだ。
そして、貴方はクロムエイナの闇を払った。私にも、他の六王にも出来なかったことを、あまりにもアッサリと成し遂げてしまった。
純粋に凄いと、そう思いました。
……そうですね。その頃には、私も貴方を特別な存在なのだと思い始めていたのでしょう。
纏う空気というものでしょうか? アイシスの死の魔力が他者を遠ざけるとするなら、貴方の纏う空気は他者を惹きつける。本当に、貴方は不思議な人ですよ。
六王である私を恐れることもなく、世界樹の精霊……木である私を、人間と同じように扱い接する。
普通家族以外から私に向けられる感情は大きく分けて二つ。精霊族や妖精族、エルフ族、植物族……自然に連なる者は、私を神の如く称え信仰します。
それ以外の者達は、私を六王の一角として畏敬の念を持って接してきます。
しかし、貴方が私に向ける感情はそのどちらでもありませんでした。純粋な親愛……隣立つ者に向けるような、温かい感情。
嫌なわけではありません。むしろ嬉しく思います……しかし、そうですね。やはりまだ、どうにも慣れないんです。
貴方は私の家族ではない。私の眷族でもない。種族も年齢も違う。本来貴方は、私にとってとても遠い存在のはずです。
ですが、不思議なんですよ。貴方と話していると……貴方はまるで私の隣に居るような、そんな気がして、それがとても自然なことのように思えるんです。
きっとその優しい空気こそが、貴方の持つ、貴方の傍に居て初めて分かる『特別』なのかもしれません。
貴方と話している時の私は、界王ではなくリリウッド・ユグドラシルという、貴方と対等な存在なんだという風に、当り前のように思えてしまいます。
なんでしょうね? この感覚は……くすぐったいようで、とても心地良い。家族と共にある感覚とも違う、友人と語り合う感覚とも違う……残念ながら、私にはそれを上手く表現する言葉が見つかりません。
だからと言って焦っているわけでもありません。根拠はないのですが、なんとなく……このよく分からない気持ちの正体は、これから先も貴方と一緒に居れば、自ずと答えが出るような気がするんです。
なんだか、これからのことがすごく楽しみです。
はて? 本当に不思議ですね。変わりゆく未来を楽しみだと感じるのは、いついらいでしょうか? 長く生きていると、変化に対して保守的になるものですが……。
もしかしたら、貴方が私が気付かないうちに手を引いてくれているのかもしれませんね。今よりもっと笑顔になれる未来へ……だとしたら、貴方は他者に変化をもたらす特別な存在なのでしょうか?
……いえ、それは考える必要のないことですね。
貴方が……カイトさんが特別であろうが無かろうが、私が抱く想いは変わりません。カイトさんは優しくて、温かくて……私にとっての特別な人……それでいいんでしょうね。少なくともいまは……。
余計なことは考えず、たまには童心に返って……貴方と過ごす時間を楽しむことにしましょう。
カイトさん……貴方という存在を客観的に考えれば、やはり特別な存在とは思えません。そう、貴方ひとりだけを見るなら……貴方はきっと、誰かと共に居てこそ輝く存在なのでしょうね。
――貴方は平凡な存在でした。ですが、非凡な場所に両の足で立っていました。
――貴方は小さな存在でした。ですが、大きなことを成し遂げました。
――貴方は幼い存在でした。ですが、長年変わらなかったものを変えました。
――貴方は平凡な人間で、特別な存在ではありませんでした。
――でも、そこで立ち止まらない貴方だからこそ……。
――貴方は非凡な者達にとっての『特別』になることが出来たと、私はそう思っています。
――私は、平凡で特別な貴方が大好きです。
――どうか、これからも、いつまでも……素敵な貴方で居てください。
シリアス先輩「神妙な感じで語ってても、よくよく読んだら……最初っから最後まで惚気てるだけじゃねぇか!! なにこれ、ラブレター? 要約したら『最初は平凡だと思ったけど、接してみたら……素敵! 抱いて!』になったってことでしょ!? 主人公居ないところで甘くする技使うのマジやめて……閑話はシリアスになるんじゃなかったのぉぉぉぉ!! 嘘つきぃぃぃ!!」




