作り手の意図に反してるってレベルじゃねぇぞ!?
メギドさんとの粘土細工勝負が開始して、すでに50分が経過していた。
作業台には外からなにを作っているか見えないような形になっているみたいで、俺もメギドさんも互いに相手がなにを作っているのかは分からない。
闘技場では時間繋ぎのためなのか、いくつかのショーが行われており観客たちは大いに盛り上がっている。
現在俺が作っている粘土細工……生き物がテーマということで、俺は題材に『犬』を選んだ。
正直、素人が下手に凝ったものを作ろうとしたところで、失敗するのは目に見えている。となれば、できるだけ簡単な題材を選び、クオリティアップに時間を使う。
我ながら、なかなかいい判断だと思う。
そして、残り時間も10分となり、完成が近付いた自分の作品を見て、思い浮かぶ感想は一つ。
……なんだ? この『気持ち悪いクリーチャー』は……。
『ゴツゴツと岩のようになった肌』、『潰れた果物にしか見えない足』、『なぜか地面にくっついている顔部分』、『尻尾……じゃなくて粘土に突き刺さった変な棒』……俺はいったいなにを作ってるんだろうか? どう客観視しても地球外生命体にしか見えない。
うん。まぁ、アレだ……やっぱり、立体は駄目だよ。立体とか……もう自分でも、なにを思ってこんな悲しいバケモノを誕生させてしまったのか分からない。
やっぱ、形を調整するために『次々に粘土を足した』のが不味かったのかな? 最初は二十センチくらいだったのに、いまは『五倍』ぐらいのサイズに膨れ上がってるし……余計なものを足して失敗する。まぁ、素人の典型みたいな気がするけど……作ってる最中にソレが分かれば苦労などしていない。
結果として出来上がったのは……『なんか変な岩みたいなクリーチャー』である。断言しよう。審査員全員の目が腐ってない限り、コレが勝つことはあり得ない。
『さあ、残り時間は五分。ようやく復帰しました幻王ちゃんです。ぶっちゃけ、いまも後ろで怖い方が見張ってるので、真面目に実況します。では、解説のフェイトさん、勝利予想をどうぞ』
『う~ん。戦王は結構芸術でも有名だからね。特に彫刻とかは凄いって噂だし、やっぱり経験の分で戦王が有利だと思うね……あ、あとさ、あの後ろの怖い人……どうにかならない?』
『無理です。もう完全に『次ふざけたらすり潰す構え』で待機してるので、真面目にやる以外の道はないです』
いつの間にかクロの折檻から戻ってきたアリスが残り時間を告げる。どうやらクロは後ろで二人を見張っているらしく、非常に心強い。
しかし、うん……あと五分か……もうどうしようもないよ。どこにどう手を付けても、悪化する未来しか見えない。やっぱりこの勝負、俺に勝ち目とかなくない?
そんなことを考えながら待っていると、製作時間終了を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
『しゅ~りょ~です! お疲れ様でした。それでは、さっそく順に作品を公開していただきましょう!』
……もうこれ俺の負けでいいから、この負の遺産を公開せずに次行けないかな?
『ではまずは、戦王メギドさんから!』
「おうっ!」
実況兼進行役のアリスの言葉を聞き、メギドさんが作品を隠していた板を外す。すると、そこから現れたのは……。
『おぉっと!? コレは素晴らしい! 艶のある漆黒の鱗、鋭利な牙……』
『……ナイトメタルドラゴンだね。むぅ、凄いね。本物そっくりだよ』
メギドさんが作ったのは三十センチぐらいのドラゴン……しっかりと鱗の一枚一枚まで磨き抜いたのか、全身が鈍く光っているようにさえ見て、その迫力ある姿は元の生物を見たことが無い俺でも圧倒されるほどの出来だった。
いや、コレ駄目だろ。上手すぎる……あんな筋肉満載の手で、あんな繊細な作業したの!? メギドさん、マジで凄い。そしてやっぱりこれ、勝ち目がないやつだ。
「どうだカイト! 結構自信作だぜ!」
「す、凄いです……」
いやいや、コレ勝負にならないだろ!? 匠の作った芸術品の横に、幼稚園児の工作並べるようなもんだよ!? やっぱ俺の作品は公開せずに……。
『さて、それでは次は挑戦者カイトさん! 作品を公開してください!』
「……」
ものすごく嫌だ。この注目の中で、こんな醜態晒すの……けど、もう宣言された以上公開しないわけにもいかない。
俺は震える手で、恐る恐る目隠しになっていた板を外し……悲劇、いや喜劇のクリーチャーを公開する。
『おっ? ううん? これは……』
戸惑うような実況の声……もういっそ殺してくれ。
言いようのない羞恥心を感じつつ、恐る恐る対戦相手であるメギドさんに視線を向けると……メギドさんは目を大きく見開いてこちらを凝視していた。
あまりの下手さに驚愕しているんだろうか? と、そう思った直後、なぜかメギドさんは膝から崩れ落ち、地面に両手をつく。
「……俺の……『負け』だ」
……は? なんで?
「め、メギド様!? ま、まだ審査は……」
なぜか敗北宣言をしたメギドさんの元に、審査員らしき数名の魔族が駆けよってくる。うん、疑問はもっともである。というか、俺もなにがなんだか分かっていない。
「ばかやろうっ! 見てみろ、カイトの作品を!!」
「……え? あ、あれは、まさか!」
「……岩のように荒々しい外殻、特徴的な『長い首』……」
「ま、間違いない! アレは、正しく!」
「「「ガンロックドラゴン!!」」」
……いや、違う……犬です。
「な、なんてクオリティ!? 天に向かって咆哮するように伸ばされた首も力強い!」
……いや、それ尻尾です。
「特徴的な『丸い尾』も見事に再現されている!」
いや、それ頭なんだけど……。
「し、しかし、ガンロックドラゴンにしては『無駄なパーツ』が多いのでは?」
「馬鹿かテメェは! よく見やがれ、アレは体じゃねぇ! 『背景』だ!」
「な、なるほど!? あの不自然な空間は『峡谷』を再現しているのですね!!」
……足だよ!! メギドさんもなにを馬鹿なこと言ってるの!? というか、貴方の目にはこの作品が一体どう映ってるんですか!?
「し、しかも見てみろ! あ、アレは『翼』!?」
「ば、馬鹿な!? ガンロックドラゴンに翼はないはずでは?」
「……『現実』ならな」
「「「ッ!?」」」
いやいや、おかしい。なんでメギドさんがドヤ顔してるの? 後なんで、審査員は「その発想は無かった」みたいな顔してるの!? 現実のドラゴンに翼が無いなら……減点でしょう?
「……これは芸術勝負だ。つまり、アレは……彼の作品は……」
「ああ、分かる。なぜメギド様が敗北を宣言されたのか……ハッキリと……」
「雄大な峡谷、力強く翼を広げ天を睨むガンロックドラゴン……あの作品は……」
「「「天空へと飛び立つガンロックドラゴンだ!!」」」
……お前ら、全員目が腐ってるんじゃないの? 全然違うから!? なに一つ、ニアピンすらないから!?
ちょ、ちょっと、流石にこの流れはおかしい……なにかフォローを……。
「め、メギドさんの作品だって、本物そっくりじゃないですか!」
「ふっ、カイト。慰めはいらねぇよ。そう、確かに俺は本物そっくりにナイトメタルドラゴンを造った。だが、それはしょせん『実物の模倣』……『実物を越える』なんてとんでもねぇ発想をしたお前には、勝てねぇよ」
「……」
なにもう完全に潔く負けを認めるみたいな顔してるの!? いやいや、なにこの流れ!?
「い、いや、実は、これ、い……」
「流石だぜ、カイト。お前がその作品に込めた想い……確かに俺の心に響いた! 飛べないガンロックドラゴンに翼を与え、大空へと羽ばたかせた……お前は、その作品に『夢と可能性』を込めたんだな……完敗だぜ」
いや、なに一つ俺の想いは伝わってないんですけど!? え? なにこれ? 拍手起ってるけど、もう決定? こんな釈然としない形で俺の勝ち?
『う~ん。芸術ってのは難しいね。私はてっきり『犬でも作ろうとして失敗した』のかと思ったけど……』
フェイトさん! それ正解、完全にその通りだから!!
『芸術にはいくつかの表現があります。メギドさんみたいに忠実に実物を再現するものもあれば、カイトさんのように『あえて形を崩す』ことで、広い解釈とメッセージ性を込める表現もあるんですよ』
『へぇ~奥が深いね』
『ええ、そういった作品は複雑になることが多いんですが、カイトさんはサイズを大きくすることで力強さや雄大さを表現したみたいです。流石ですね』
『ふむふむ』
おい、いらんフォロー入れるな。なんかどんどんいたたまれない気持ちになってくるのに、もう雰囲気的に今さら勘違いですとか言えなくなってるから……。
だってここで俺が本当のこと言うと、メギドさん大恥かいちゃうからね。あんな良い顔で敗北宣言した後、実は勘違いでしたとかになったら威厳に大ダメージだから……い、言えねぇ……。
『そういうわけで、一本目の勝負は、見事挑戦者カイトさんの勝利です! 皆さん、いま一度盛大な拍手を!』
……もうやだ、この空気……。
拝啓、母さん、父さん――芸術というのは時に難解であり、常人には想像もできないような解釈が生まれることもある。しかし、まぁ、コレに関しては――作り手の意図に反してるってレベルじゃねぇぞ!?
シリアス先輩「勝つんかいっ!?」
三本勝負一本目、芸術対決
勝者:快人
勝因:下手すぎて逆に芸術的だった




