悪くない気分だったよ
大量のハンデ……少なくともオズマさんは俺に見えないような速度では動かないわけだし、行動範囲も直径四メートルの円の中だけ。だから、正直心のどこかで「結構簡単に行けるんじゃないか」と思っていた。
しかし、開始して二十分が経過し、俺は己の見通しの甘さを実感することになった。
「……はぁ……し、しんど……」
「う~ん。ミヤマくんって結構動けるね~。運動してたりする?」
肩で大きく息を吐く俺の前では、オズマさん飄々と笑いながら立っている。
あ、当らねぇ……全然当たらない。というか、当たる気がしない。
オズマさんの動きはゆったりとしたものだが、その動きが絶妙で曲者だ。オズマさんは宣言通り、確かに俺が反応できる速度でしか動いていない。
しかし、その動きが絶妙……反応出来ても俺の体がついて行かなかったり、死角になって動きが見えにくい角度を突いてくる。
まるで落ちてくる木の葉が手をすり抜けるように、ゆるゆると回避される。
ならばと、逃げ道を塞ぐように両手を広げて体ごとぶつかろうとすると、ひょいっと片足で跳び越えられてしまう。
まぁ、実際オズマさんには俺の動きなんてスローモーションのように見えているんだろうし、回避するのは簡単なのかもしれない。
しかし、俺にだって手が無いわけではない。そろそろ切り札を切るべきだろう。
「おっ、魔法陣……怖いねぇ、なにしてくるんだろうか? おじさん、不安でしょうがないよ」
口では怖いといいながらも、オズマさんの表情は穏やかな笑みのまま。しかし、この魔法でその笑みを崩すことが出来るだろう……というか崩れなかったら俺に勝ち目とか無さそうな気がする。
魔力も少なく戦闘向きではない俺にとって、唯一とも言える切り札『オートカウンター』しかしそれは受動的な魔法であり、自分から仕掛けるのには向いていない。
これから使う魔法は、そのオートカウンターの改良版……体が壊れる速度ギリギリで、最初に設定した行動を最速で行使する魔法。
数分魔法陣の設定を行った後で、俺はその魔法を発動させる。
「……オートパイロット!」
「おぉっと!?」
キーとなる魔法名の発声と共に、俺の体のコントロールは俺から離れる。
今回設定したのは攻撃……目の前のオズマさんに対し、俺の体で可能な限り最速最短距離で攻撃を仕掛ける。
元々距離が近かったこともあり、すぐにオズマさんの元に到達して拳を振るうが、オズマさんはヒラリと半身で回避する。
しかしオートパイロットの真骨頂はここから、俺の体はそのままオズマさんの動きに超反応し、振り抜いた拳を横に動かす。
だがそれも上半身をのけ反るような姿勢で回避される。
拳での攻撃が回避されたことを俺が認識するより早く、俺の体は即座に沈み込んで流れるように足払いを仕掛ける。
オートパイロットはいわば超反射、考えてから動くという工程を省き予め設定した目標を、脊髄反射のレベルで実行する。
これならば俺の体で行える最大のパフォーマンスを発揮できる……はずだが……。
足払いに対しオズマさんは片足でバク宙をして回避して、空中で続けて放たれたコレの拳を軽々と回避、そのまま片手を地面についてくるりと再び回転し、俺の追撃を回避する。
「いやはや、速いねぇ。これを回避するのは、おじさんもしんどいよ」
「……」
口ではそんなことを言いながらも、オズマさんはまるで俺の攻撃がどこに来るか事前に分かっているかのように、全ての攻撃を余裕で回避していく。
こ、ここまで凄いとは……マズイ。オートパイロットは、確かにオートカウンターと比べて使いやすいが、燃費の悪さは分かっていない。
もって後数分……これ、捕まえられないんじゃ……。
オートパイロットの効果が切れて、俺は地面に片膝をつく。
「ぐっ、はぁ……」
「ご主人様!?」
オートパイロットの最中は疲れなんて無視して体が動くが、効果が切れると一気に疲労が押し寄せてくるのも欠点の一つだ。
正直いますぐ横になりたいぐらいしんどい……。
そんな疲労困憊の俺を見ながら、オズマさんは煙草を咥え、火は付けずに話しかけてきた。
「……ミヤマくん、一つアドバイスしていいかな?」
「……はぁ……え?」
「その魔法は、おじさん相手にはいまいちだね。それってさ、たぶん最も効率よく攻撃してくるんだろ? それじゃあ、おじさんくらい無駄に歳とってる相手だと『何処にどうやって攻撃してくるか分かる上』、『ワザと隙を作って動きをコントロール』もできちゃうからね~」
「っ……」
言われてみれば、なるほど……オートパイロットは最も効率のいい動きで攻撃を仕掛ける。オズマさんぐらいの実力者にとっては、テレフォンパンチもいいところってことか……うぐっ、しんどい。
「まぁ、よく頑張ったよ。得手不得手って誰にでもあるからね……もう、いいんじゃないかな?」
「……え?」
「メギドの旦那はああ言ったけど、別に義理立てする必要なんてないさ。世の中適度に諦めるのも大事だよ。別にここで負けたって君に損はない。しんどいことを無理してやる必要なんてないんだし、ここらでリタイアして……そこの女の子と一緒に楽しく祭りで遊んできなよ」
「……そう、ですね」
馬鹿にしているのではなく、優しく諭すように話しかけてくるオズマさんの言葉に、俺は一度頷いてから……震える足を押さえて『立ち上がる』。
「おや? それでも立つのかい? そこまで頑張る必要は、無いんじゃないかな? そんなにメギドの旦那の期待に応えたいのかい?」
「それも、あります……けど、まぁ、それ以上に……」
本当に、なんで俺はこんなに頑張ってるんだろうか? 理由は……いろいろあると思う。ここまで助けてくれた人達の想いを無駄にしたくない、メギドさんの期待に応えたい。
それらも間違いなく諦めない理由ではある。でも、俺はそこまで出来た人間じゃないから、それだけを理由には頑張れない。
そう、いまの俺が頑張る理由なんて単純なもの……。
「……俺も……男ですから……たまには、『可愛い女の子の前でいいところを見せたい』だけですよ……」
「……ははは、なるほど。それは、頑張らないといけないね。おじさんが間違ってたよ。いいよ、どこからでもおいで」
「行きます!」
正直もう体力も魔力もほとんど残ってない。チャンスはそれこそ……一回だけ。
オズマさんに向かって走り、俺は拳を振るう。しかし、当然その一撃は回避される。
だが、俺の狙いはこの後……感応魔法による感情の伝達。以前クロノアさんとアインさんの戦いを止めたあの魔法。
負けられないという強い思いをオズマさんに強制的に伝達……驚いて僅かに動きが鈍ったオズマさんに、体ごと飛びかかる。
この戦法は不意打ちだからこそ効果がある。二度目なない……届いてくれ!
少し反応が遅れながらも回避行動をとるオズマさんに、必死に手を伸ばす。
本当にギリギリ、爪先だけではあった……でも、確かに伸ばしたその手は、オズマさんの体に触れた。
「……ぐっ!?」
「おっと、大丈夫かい?」
そのまま地面に倒れかけた俺の体を、オズマさんが素早く受け止めてくれた。
「ご主人様! 大丈夫ですか!? どこかお怪我は?」
「アニマ? だ、大丈夫……ちょっと疲れただけ」
オズマさんに支えてもらいながら、駆け寄ってきたアニマに笑顔を向けると、アニマはホッとした様子で息を吐いた。
「いやはや、お見事。やられちゃったね~」
「あ、ありがとう……ございます」
「疲れてるだろうし、少し休んでいくといいよ。スタンプはその後であげるからさ」
「……はい」
「それじゃあ、コーヒーでも淹れてくるよ。そこのお嬢ちゃん、カップ運ぶの手伝ってくれるかな?」
「分かった」
手伝ってほしいというオズマさんの言葉にアニマが頷くのを確認し、俺は闘技場の壁にもたれかかるようにして座った。
拝啓、母さん、父さん――なんとか、ギリギリでクリアすることが出来た。いまは全身を疲労感が包んでいるが、同時にやり遂げたという達成感も感じる……そんな――悪くない気分だったよ。
快人から離れコーヒーを淹れにいく途中で、アニマがオズマに話しかけた。
「……なぜ、最後……『ワザと当たった』?」
「はて? なんのことかな?」
「とぼけるな、あの時のご主人様の動きを見て、お前は笑っていた……」
「う~ん。良い目してるね」
アニマの言葉を聞いて、オズマはのんびりとした口調で呟いた後、優しげな笑みを浮かべる。
「ほら、言ったでしょ? おじさんは戦王五将最弱だって……駄目なんだよね。おじさんさ、どうもああいう頑張ってる子に弱いんだよ。ついつい、応援したくなっちゃう」
「だから、ワザと?」
「まぁ、それでもミヤマくんがあそこまで頑張らなければ、負けてあげるつもりはなかったよ。でも必死になって、前を目指してた彼が、結局実力差に阻まれる……なんて展開、おじさんは嫌いだね。まぁ、結局のところおじさんの都合さ」
「……そうか、礼を言う」
「いらないよ。それより、ミヤマくんを褒めてあげるといい。頑張ったねって……」
「……ああ」
「いやはや、本当に若いっていいねぇ~羨ましいくらいだ。おじさんもすっかり歳とっちゃったなぁ……けど、まぁ、ああいう真っ直ぐな子の頑張りを微笑ましく思えるのは、年長者の特権かね~」
そう告げながら、オズマは咥えた煙草に火をつけ、穏やかに微笑んだ。
オズマみたいな、ナイスミドル的なキャラはすごく好きです。イケおじってやつですね。
そしてお待たせしました。人気投票の結果発表を活動報告に掲載しています。