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伝説の勇者だった



 全てを話し終えたフィーア先生は、一度息を吐いてから俺の方を見る。


「……これが、私が君に隠していたことだよ。軽蔑した?」

「いえ、その、正直まだ頭が追いついてないですが……軽蔑とかは……」

「そっか……ありがとう」


 フィーア先生が魔王だったからと言って、そのことを理由に彼女を非難する気はない。

 ただ、あまりに多くの情報が語られたせいで、思考が纏まってくれず、曖昧な返事しか出来ない。

 そんな俺を見て、フィーア先生は微笑みを浮かべて口を開く。


「……だから、私は六王祭には行かない……行けないんだ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんね」

「あ、い、いえ……」

「でも、ミヤマくんが誘ってくれたことは、嬉しかったよ。それじゃあ、夜遅くにごめんね。転移魔法で帰るから大丈夫だと思うけど、気を付けて帰ってね」


 それだけ言って、フィーア先生はとても寂しそうな微笑みを浮かべ、俺に背を向けて祈りの姿勢になる。

 これ以上話すことは無いと言いたげなその様子を見て、なにも言うことはできず……俺は一度フィーア先生に頭を下げてからその場を後にした。


 転移魔法で帰っても良かったのだが、頭の中を整理する時間が欲しく、少しだけ薄暗い道を歩くことにする。

 静かで涼しい夜の空気の中、俺の足音だけが響く。


「……なぁ、アリス」

「……なんですか?」

「……クロは、フィーア先生のこと……」

「知ってますよ。会ってはいないみたいですけど……」


 呼びかけるとアリスが俺の隣に姿を現し、ゆっくり歩く俺と同じ歩幅で夜道を歩きながら質問に答えてくれる。


「……クロは……その……『シンフォニア王都によく来るのか?』」

「……ええ、クロさんは食べ歩きが趣味なので、あちこちに出かけてますが……この王都だけ、他よりかなり多くの頻度で訪れてますね」

「それは、やっぱり……」

「まぁ、間違いなく、それとなく彼女の様子を伺うためでしょうね……だから、王都に来る時は、よくヒカリさんを連れてきていました」

「そっか……」


 アリスの言葉を聞きながら、いまだ纏まらない頭で考える。

 これは果して、第三者である俺が容易に踏み込んで良いようなものなのだろうか?

 フィーア先生がもし、俺が想像していた魔王のように傲慢だったなら、俺は彼女を責めることもできたかもしれない。

 しかし、フィーア先生は過去の行いを悔い、苦しみながら償い続けている。


「……なぁ、アリス。俺は、どうすればいいと思う?」


 気付けばそんな言葉が口から出ていた。自分にはなにもできないと思うが、忘れることもできない……このままでいい、とも思えない。


「……分かりません。それは、私が口を出すべきことじゃないです」

「……そうか」

「でも、私は……カイトさんの意見を、尊重しますよ」

「……ありがとう」


 受け取り方次第では、冷たい意見に聞こえたかもしれない。でも、アリスの言葉は……どんな道を選んでも構わない、手助けが必要ならいつでも手を貸すと……そんな、とても優しいものだった。

 アリスにお礼の言葉を告げてから、しばらく夜道を歩いた後で、俺は転移魔法を使って自分の部屋に戻った。









 一夜明けても、心の奥はもやもやとしたままだった。ことがことだけに、リリアさん達に話すわけにもいかない。

 そうして悩み、その日は珍しく外出もせずに部屋の中で物思いにふけっていた。


 しかし長く考えたからと言って、どうすると結論が出る問題でもない。いや、そもそも俺はなにに悩んでいるのかすら分からなくなってきた。

 俺には関係の無いことだって割り切れれば一番楽だったのかもしれないが、どうもこの厄介事に関わろうとするのは性分みたいだ。


「……カイトくん?」

「え? ああ、いらっしゃい」


 いつの間にか部屋に居たクロに、少しぎこちない笑みを返す。

 クロのことだから、俺がフィーア先生と話したのは知っているんじゃないかと思う。だからいまも、少し浮かない顔をしているんだろう。


「……フィーアと会ったんだね」

「うん。いや、まぁ、知らずに知り合ってたってのが正しいけど……」

「……フィーアの話を聞いて、カイトくんはどう思った?」

「……分からないってのが、正直な感想だよ」


 いや、もしかしたら少しフィーア先生贔屓の感想を抱いているかもしれない。

 俺は魔王だったころのフィーア先生をこの目で見たわけじゃない。俺が知っているのはいまのフィーア先生だけだ。

 少し抜けてて、いつも誰かのことを考えてる優しい方……それが、俺がフィーア先生に対して抱いた印象。


「なぁ、クロ? 一つだけ、聞いていいか?」

「うん」

「……フィーア先生に、会いたいか?」

「……うん。会いたい。だって、大事な『家族』だもん……会って、話がしたいよ」


 寂しそうな顔でそう告げるクロ……『家族』か……。

 フィーア先生は自分のことを、クロの元家族だと言ったけど、クロは迷うことなく家族だと告げた。いや、本当はフィーア先生だってそうなんだろう。

 クロのために戦争を起こそうとしたぐらいなんだから……クロに会いたくて仕方ないんだろう。


「……でも、フィーアはボクと会うと『また』傷ついちゃうと思うから……会えない」

「……そっか」


 たぶん、これが一番大きな要因なんじゃないかな? フィーア先生は、クロを泣かせてしまったことへの罪悪感。クロも自分が本心を語らなかったことが原因で、フィーア先生が魔王になってしまったことへの罪悪感。

 互いに相手に対して負い目を感じているからこそ、大切に想い合っていてもすれ違ってしまっているんだろう。


 ああ、そうか……ようやく、なんで俺がこんなに悩んでいたのか、その理由を理解することができた。

 俺は……『なんとかしてあげたい』んだ……フィーア先生とクロを再び会わせてあげたい。

 でも、クロもフィーア先生も相手に会えないと告げた。だからこそ、どうするのが正解かが分からず悩んでいたんだ。


 家族間の問題に対して、部外者である俺が首を突っ込むのは余計なお世話なのかもしれない。俺には関係ないこと、なんて割り切れたらきっと楽だろう。

 でも、やっぱり駄目だな。どうも俺は、一度関わってしまったことを途中で投げ出したり、そういうことができない人間らしい。


 なら、悩んでいても仕方ない……明日、もう一度フィーア先生に会ってみよう。

 正直ノープランもいいところだけど、まずは話をしてみなくちゃ始まらない。









 どうするべきか、その答えは出ていない。でも、自分がどうしたいかは理解できた。

 だからクロと話した翌日、光の月20日目……俺は、フィーア先生の診療所の前に転移魔法でやってきた。


 しかし、そこには……思わぬ人物が待ち構えてきた。


「……やはり、来ましたか」

「……ノインさん?」


 俺が転移された場所の少し前、数メートルほど離れた場所には、日本刀に似た剣を手に持ち、悠然と立つノインさんの姿があった。


「……申し訳ありませんが、カイトさん……ここを通すわけにはいきません」

「……」

「貴方に危害を加えるつもりはありませんが、通すつもりもありません……どうか、お引き取りを」


 感応魔法で伝わってくるピリピリとした強い感情。ノインさんは、本気で俺を通さないつもりだと、痛いくらいに理解できた。


 拝啓、母さん、父さん――クロと話したことで、自分がどうしたいかは理解できた。だからこそもう一度フィーア先生と話をしようと思ったんだけど……そんな俺の前に立ちはだかったのは、かつて魔王を打倒した――伝説の勇者だった。





あ、駄目だこれ……こんな展開の途中にエイプリルフール番外編ブチ込めない……これは、フィーア編終わってからですかね。

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