バレンタイン番外編~ラズリア&快人~
本日五話目です。
木の月14日目。柔らかな朝の日差しを感じつつ、ベルのブラッシングを終えて、これからなにをしようかと考えていると、見覚えのある小さな妖精がやってきた。
「……カイトクンさん」
「ラズさん? いらっしゃい、どうしたんですか?」
「……これ、チョコレートです」
「え?」
ラズさんは自分の体より大きな、チョコレートの箱をマジックボックスから取り出し俺に渡してくれる。
かなり高級そうな『市販のチョコレート』……バレンタインチョコってことかな? 嬉しいんだけど……なんでラズさんは浮かない表情をしてるんだろう。
「えっと、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「うぅ……」
「え? ちょっ、ラズさん? なんで泣いて……」
「うぅぅぅぅぁぁぁ……ごめんなさいぃぃぃ!」
「ら、ラズさん!? 落ち着いて下さい、どうしたんですか?」
チョコレートを受け取ってお礼を言ったはずなのに、何故か涙を溢して泣き始めるラズさん。
なんでそんなことになったのか分からず、俺はオロオロとラズさんに落ち着くように声をかけるが、ラズさんは落ち着くどころか……。
「ラズは、ラズはぁぁ……悪い子なんですぅぅぅぅ!? あぁぁぁぁ、ごめんなさいぃぃぃ!」
「ら、ラズさんは悪い子なんかじゃないですよ? と、とにかく、落ち着いて……」
「うわぁぁぁぁぁぁん! カイトクンさぁぁぁぁぁん!?」
わけも分からず慰めの言葉を発しつつ、俺はハンカチを取り出してラズさんの涙を拭く。
とは言っても、ラズさんの体が小さすぎるのでハンカチを小指に引っかけるようにして、そっと擦ってるだけだ。
「……うぅ、ひぐっ……ら、ラズのこと、嫌いにならないで下さぃ……」
「ならないです! 絶対にならないですから……ね? ラズさん、なにがあったのか教えてください」
「うぅ……ら、ラズは、ラズは……大好きなカイトクンさんのために、一生懸命にチョコレートさんを作ったです……アインさんにも、手伝ってもらって、美味しそうなチョコレートさんが出来たのに……」
「な、なるほど……そ、それで?」
ラズさんはチョコレートを手作りしたと言っているが、現在俺の手にあるチョコレートは市販品っぽい。まぁ、アインさんなら市販品と見紛うほどにラッピングは出来るかもしれないが、それをする意味もないだろう。
となれば、その辺りがラズさんが泣いていることに関係してそうだと思い、出来るだけ優しく続きを促す。
「……美味しそうに……出来たです……ひぐっ……美味しそうで……ラズは……ラズはぁぁ……」
「……」
あっ、これもうなにがあったか大体わかった。
「味見するだけのつもりが……全部、食べちゃったんです!? ごめんなさいぃぃぃぃ!?」
どうやらラズさんは、俺の為に頑張ってチョコレートを作ったのだが、あまりにも美味しそうに出来て……全て自分で食べてしまい、作り直すのも間に合わなくて市販品のチョコレートを買って来たらしい。
な、なるほど、それで泣いてたのか……うん。えっと、罪悪感で泣いてるラズさんには、非常に申し訳ないのだが……なんだこの可愛い生き物は!?
「……ラズさん、大丈夫ですよ。俺は怒ってなんかいませんから」
「ほ、本当ですか?」
「勿論です。むしろ、俺の為に頑張ってくれて……本当に嬉しいですよ」
「……カイトクンさん」
ラズさんがこの小さな身体で、一生懸命にチョコレートを作ってくれたのは本当に嬉しく、胸の奥が温かくなる。
ラズさんを両手で包み込むように持ち、人差し指だけ伸ばして頭を優しく撫でる。
「だから、もう泣かないで下さい。ラズさんが泣いていると、俺は悲しいですよ……ね?」
「……はいです」
「改めて、チョコレート、ありがとうございます」
「えへへ……やっぱり、カイトクンさんはとっても優しいです。ラズは、優しいカイトクンさんが大好きですよ~」
どうやら落ち着いてくれたみたいで、ラズさんは可愛らしい笑顔を浮かべる。
もう一度ラズさんの頭を撫でてから手を離し、折角なのでこの場でチョコレートをいただこうと、ラズさんに一言断ってから包みを開けると……。
「……カカオ99%チョコ……」
「カカオさんがいっぱい入ってるみたいです! ラズにはよく分かりませんが、きっといっぱい入ってる方が美味しいですよ!」
「あ、あはは……えっと……」
「食べてみてください~」
どうしよう……これすっごく苦いやつだ。50%ぐらいなら食べたことあるんだけど、99%は初体験だ。
期待を込めてこちらを見るラズさんに促され、意を決してチョコレートを口に運ぶが……苦っ!?
「ぐっ……うっ……」
「カイトクンさん!? ど、どうしたですか? 美味しくなかったんですか?」
「い、いや、えっと……その、苦くて……」
「チョコレートさんは、甘いですよ?」
「……」
どうやら本当に知らないみたいで、不思議そうにしているラズさんに、小さく砕いたチョコレートを手渡してみる。
するとラズさんは俺とチョコレートを交互に見つめた後、それを食べて……可哀想なほど顔を歪める。
「うぅぅぇぇ……に、苦いですよぉぉぉぉ……なんで、チョコレートさんなのに……」
「このカカオ99%チョコレートは、苦いやつなんですよ」
「そ、そうだったんですか……ラズ……また失敗を……」
「あ、いや、大丈夫ですよ! 甘い物と一緒に食べれば、アクセントになって、むしろ美味しいですよ!」
……たぶん。
「そ、そうなんですか……甘いもの、甘いもの……あっ、そうです! いいこと思いつきました!」
「う、うん?」
「クリーン!」
甘いものを探すように視線を動かしていたラズさんは、手をポンとたたいた後、自分に向かって魔法を発動させた。
煌く魔法の光がラズさんを包み込む……確か、体を綺麗にする魔法だったっけ?
「これで、綺麗になりました……カイトクンさん! 舌を出してください!」
「え? は、はい」
ラズさんの意図はまったく分からなかったが、とりあえず言われた通りに舌を前に出す。
するとラズさんは俺の舌に近付き……。
「ちゅっ」
「ッ!?」
俺の舌先に口付けを……いや、顔を舌に押し付けてきた。
その突然の行動に驚愕しつつ、反射的に舌を引っ込めたが……そのせいで、なんかラズさんの顔を舐めてしまい、口の中に甘い味が広がる……うん? 甘い味?
「……ラズさん、一体なにを?」
「ラズは『花の妖精』ですから、ラズの体はとっても甘いんですよ! だから『ラズの体をぺろぺろ』しながら、チョコレートさんを食べれば、きっとおいしいはずです!」
「……」
ああ、なるほど……つまりラズさんはこう言いたいわけだ。ラズさんの体は花の蜜みたいな味がするから、それを舐めながらチョコレートを食べればいいと……いや、駄目だろ!? ラズさん本人はよくっても、完全にアウトだろそれ!?
「い、いや、ラズさん……流石にそれは……」
「ら、ラズの体……美味しく無かったですか?」
ちょっと待って、ラズさん!? その発言は危険だ!
「そ、そういうわけじゃないですけど……ラズさんだって、俺に舐められたりするのは嫌でしょ?」
「嫌じゃないですよ?」
「……え?」
「ラズは、カイトクンさんがとっても、と~~~っても大好きですよ! だから、カイトクンさんになら『なにされても嬉しい』です!」
ラズさんはこちらへの好意をまったく隠さず、なにされてもいいとか言い始める……なんか、変な性癖に目覚めそうで、たいへん危険だ。
「い、いや、えっと……あ、ああ! そうだ! ラズさん、実はすごく甘いジャムクッキーがあるんです! それなら、このチョコレートにきっと合いますし……よかったら、ラズさんも一緒に食べましょう!!」
「ジャムクッキーさんですか!? ラズが貰ってもいいんですか?」
「も、勿論です! 思う存分食べてください!」
「わ~い! カイトクンさん、ありがとうですよ~!」
強引な話の切り替えではあったが、そこは天真爛漫なラズさんである。まったく疑問を持つこともなく、むしろ嬉しそうにはしゃいでいる。
なんとか妖精愛好という危機的性癖に目覚める前に手を打つことができ、ホッと胸を撫で下ろしつつ、ラズさんと一緒に家の中に向かう。
「……それにしても、ラズさんの体で俺に贈るチョコレートを作るのは、大変だったでしょう?」
「そんなことないですよ~ちゃんと『人化の魔法』つかって作りましたから~」
「……人化の魔法? それって、アハトが使ってたやつですよね?」
「そうですよ? アハトくんが使うとちっちゃくなるですけど、ラズが使うとおっきくなれるです……それでも、カイトクンさんよりずっと小さいですが……」
「そ、そうなんですか?」
「はいですよ! 妖精族が人族と『結婚した夜』によく人化の魔法を使うって聞きました。なんででしょう?」
「さ、さぁ、俺にはさっぱり分かりませんね……」
「そうですか……ラズも分からないので、おそろいです!」
訂正しよう。どうやら……危険なフラグは既に建っていたみたいだ。
ラズ可愛いよ。




