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バレンタイン番外編~リリア&ジークリンデ~

本日四話目です。



 アルベルト公爵家の一室。貴族の家らしく広い台所には、リリアとジークリンデの姿があった。

 バレンタインも明日に迫り、リリアも恋人である快人へチョコレートを贈りたいと考えていた。

 シンフォニア王国において、いや、人界において天才と呼ばれるリリアだが、実は彼女は料理だけは大の苦手だった。


 以前快人と旅行に行った際に失敗してからというもの、彼女は時折親友であるジークに料理を教わっていたが……あまり成長は見られていない。


「……とりあえず、豆から作るのはリリには難易度が高すぎるので、チョコレートはこちらで用意しました」

「た、助かります」

「では、まずこのチョコレートを砕いて、湯煎していきましょう」

「はい!」


 落ち着いた口調で話すジークリンデに、リリアは力の入った表情で頷き、指示通り『轟音と共に』チョコレートを砕いた。


「……あっ」

「……リリ、誰が『まな板ごと』砕けといいましたか? まず身体強化魔法を解除して下さい」

「うっ、すみません」

「ともかく、今回は全て私の指示に従ってもらいます。いいですね?」

「わ、分かりました」

「……ではまず、『リリが用意した材料』を、即刻、すみやかに元の場所へ戻して来てください」

「……え?」


 ジークリンデはリリアの料理の腕をよく知っている。そのあまりのセンスの無さを痛いほどに理解している。

 故に彼女はまず、リリアが持参してきた材料を片付けるところから始めた。


「材料は全部こちらで用意しました。そこに並べているものしまってください」

「……で、でも……」

「はぁ、チョコレートを作るんですよ? 『魚や肉』なんて、なにに使うつもりなんですか……」

「あ、アレンジを……」

「いいですか、リリ。今日の貴女は、アレンジ禁止です」

「え? で、でも、個性が……」

「わ か り ま し た か?」

「はい! りょ、了解です!!」


 チョコレート作りのはずが、何故か魚や肉を持ちこんできたリリアに、ジークが凄まじい威圧感と共に念を押す。

 料理が下手な者は、複数のタイプが存在する。

 レシピ通りに作らないタイプ、味音痴なタイプ……そして、余計なアレンジを付け足すタイプ。リリアは変なアレンジを付け足すタイプだった。


「カイトさんに、危険物を食べさせるつもりはありませんからね。今回は細かく指示を出します」

「わ、分かりました……ところで、ジークの材料は私と違うみたいですけど?」

「あぁ、私はフォンダンショコラを作ります。以前カイトさんが、好きだと言っていましたからね」

「じゃ、じゃあ、私もそれを……」

「残念ながら、私は……リリに一日でフォンダンショコラを作らせる指導力はありません。申し訳ないですけど、普通のもので我慢して下さい」


 いくらジークが料理が得意だとしても、いまだチョコレートごとまな板を砕くリリアに、かなり難しいフォンダンショコラを作らせる力はなかった。

 そもそも、そんな無茶な指導をしていては、彼女がチョコレートを作る時間が無くなってしまう。


 なのでジークは、なんとか普通のチョコでとリリアに納得してもらい、指導をしていく。









 しばらく経って完成したチョコレート。リリアが作ったそれを味見したジークは、戦慄した表情を浮かべてリリアを見つめる。


「……リリ……私は……貴女が怖いです。なんで、レシピ通りに作ってるのに……こんな『悲惨な味』になるんですか……」

「も、もうちょっと優しい言い方をしてもいいんじゃないですか!?」

「なんで、ほとんど溶かして固めただけなのに、こんなことに……リリ、分量はちゃんと守りましたよね?」


 リリアが作った少し不格好なチョコレートは、変な材料は入れていないはずなのに、奇妙な風味に仕上がっており、ジークリンデはさじを投げたい気持ちを押さえつつ尋ねる。

 するとリリアも真剣な表情で頷きながら、頭の痛くなる言葉を呟いた。


「え、ええ……ちょっと砂糖を入れ過ぎましたが、ちゃんと『塩で中和』しましたし、大丈夫なはずです」

「……」

「え? あれ? じ、ジーク……なんでそんなに、怖い顔を……」


 料理が下手な者の定番とも言える超理論を展開し、不思議そうに悩むリリアを見て、温厚なジークリンデも額に青筋を浮かべる。

 しかし当のリリアはまったく分かっておらず、突然鋭い表情になったジークリンデに戸惑っていた。


「はぁ……リリ、とりあえず作り直しです。あと、塩を入れても砂糖は中和されません」

「そ、そうだったんですか!? で、では、なにを入れれば中和されるんですか?」

「……頭が痛くなってきました。とりあえず、中和から離れてください……」


 リリアの発言に頭を押さえつつ、ジークリンデは再び材料を用意する。

 そしてリリアがチョコレートを作る様子を、今度は一切見逃さないと言いたげに、真剣な表情で見つめる。


「……え~と生クリームを……この量だから……『三回傾ける』ぐらいで……」

「ちゃんと量りなさい!!」

「ひゃぃっ!?」


 さっそく目分量で生クリームを入れようとしたリリアを叱りつけ、ちゃんと量らせてから再開させる。


「えっと、温める……火属性の魔法……クリムゾンフレア辺りなら……」

「加熱用の魔法具を使いなさい! 魔法具を!!」

「は、ははは、はい!?」


 チョコレートに加える生クリームを、火属性魔法で加熱しようとしたリリアに、ジークリンデは大慌てで専用の魔法具を渡す。


「……空気が入らないように混ぜる? そんなどうやれば……空気が入る隙もないほど、高速で混ぜれば!」

「……ゆっくり静かに混ぜるんですよ……静かに……」

「そ、そうなんですか……」


 わざとやっているのかと思うほど、間抜けな行動をとるリリアに頭を抱えつつ、ジークリンデはそれでも根気よく教えていった。


 そして失敗すること数回……ようやく、リリアのチョコレートはまともな味で仕上がった。


「……うん。これなら大丈夫です……や、やっと、出来ましたね」

「ご、ご迷惑をおかけしました」

「あとは、飾りつけ……そこにホワイトチョコのクリームを用意してますので、好きな模様を描いてください」

「分かりました!」


 ようやくリリアのチョコレートが一段落したのを見届け、ジークリンデは大きく溜息を吐いてから、遅れに遅れた自分のチョコレート作りを進めていく。

 そして手際よく調理を進めていっていると、リリアの方から「完成した」と声がかかったので、そちらを振り向く。


「……リリ、なんですか? この絵は……フロッグですか?」

「え? ドラゴンですよ?」

「……そうですか……」


 どうやら天才と呼ばれた公爵は、料理の才能だけでなく……絵心もないみたいだった。





おじょうさま りょうり できない かってに あれんじ する

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