ガンガン押していく事にする
窓から差し込む夕暮れの中、フェイトとアリスが対峙していた。
「……はぁ……はぁ……」
「……はぁ……くっ……」
「うおぉぉぉ!」
「はあぁぁぁ!」
肩で息をしながら視線を交わし、両者は弾かれたように走り出す。
室内に伸びる影が重なり、突き出された拳が交差……互いの顔に吸い込まれる。
「ぐぅ……やるね……シャルたん……」
「フェイト……さん……こそ」
そして両者は全く同時に地面に崩れ落ち、辺りに束の間の静寂が訪れる。
拳を交わしぶつかり合った二人は、今晴れ晴れとした表情で……
「……う~ん。しっくりこない」
「……え?」
ガバッと体を起こしたフェイトは、難しそうな表情を浮かべ夕日の差し込む窓を見る。
「ここからこう、夕日が来てるから……やっぱ、角度が……シャルたんはあっち側から来た方が良いかな? よっし、シャルたんワンモアセット!」
「えぇぇぇ!? ちょ、フェイトさん! フェイトさんが『最後はダブルノックアウトじゃないと駄目』って言ってから、もう8回目なんですけど!? そろそろマジでやめにしません?」
「……私は、いつまでも至高を求める、妥協無き女でありたい」
「そんな拘り、即刻捨て去ってください」
窓を見つめながらドヤ顔で告げるフェイトの言葉を聞き、アリスは大きく溜息を吐いた後でカウンターの席に座る。
そんなアリスを見て、フェイトは軽く笑みを浮かべる。
「どう? スッキリした?」
「……どう、でしょうね? よく分かりません。フェイトさん……私は……」
「カイちゃんを、死んじゃった親友と重ねてて、代替品みたいに求めていた事が後ろめたい?」
「ッ!?」
まるで世間話でもするかのように、のんびりと告げたフェイトの言葉を聞いて、アリスの表情が強張る。
それは、すなわちフェイトの言葉が図星である事の、なによりの証明でもあった。
「それとも、自分が『死に場所を探して』この世界に来た事を知られるのが怖い?」
「……ッ……」
「ねぇ、シャルたん? シャルたんにとって、カイちゃんは……今も、その親友の代わりなの?」
「ち、違います! カイトさんは、カイトさんは……」
「じゃあ、それで良いじゃん」
「……え?」
フェイトはこの世界で唯一、クロムエイナすら知らないアリスの過去を知る存在であり、だからこそ彼女の苦しみがなんなのか理解していた。
その上でフェイトは言った。くだらない悩みだと……
「シャルたんはカイちゃんの事が好きで大切……なら、全部話しちゃえばいいじゃん。カイちゃんなら、きっと全部受け止めて、それでも笑ってくれるよ」
「……」
「シャルたんは、ちょっと肩に力入れ過ぎだね~そんなに眉間に皺寄せて、自分で自分を追い込んで……私みたいに適度に力抜かないとまいっちゃうよ~」
「……フェイトさんは、力抜き過ぎだと思いますけど……」
「あはは、かもね~」
こんなときでも緩いフェイトの言葉を聞いて、アリスは微かな笑みを浮かべる。
そんなアリスの様子を見て、フェイトは一度頷き踵を返して、もう話は終わったと言いたげにドアに向かって歩きだす。
「……甘えちゃいなよ。カイちゃんに……私に言えるのは、それだけだね」
「……フェイトさん……その……ありがとうございます」
「ふふふ、まぁ、私とシャルたんはソウルフレンドだからね……『ヘカトンケイルで私の力が使えるのはそういう事』……でしょ?」
「……はい」
「それじゃ~ね~」
最後に全てを見透かしたような助言を残し、フェイトは軽く手を振って去っていった。
神界から戻り、一度リリアさんの屋敷に寄ってからアリスの雑貨屋へやってきた訳だが、そこそこ遅い時間になってしまい。すっかり暗くなっている。
「……まぁ、分体が護衛についてるって事は、俺が来るのも分かってるか……」
ドアに手をかけてみると、鍵は開いており、俺が来るという事は分かっていたみたいだ。
その証拠に中に入ると、カウンターに座っているアリスをすぐに見つける事が出来たが……
「なんでボロボロ?」
「……ちょっと、青春してました」
「うん?」
何故か殴り合いでもしたみたいにボロボロのアリスに尋ねると、例によって例の如く訳の分からない言葉が返ってきた。
まぁ、雰囲気的に緊迫した事態という訳ではなさそうだし、それはまぁいいかな……
「アリス、急で悪いんだけど、奥に行っても良いか?」
「ええ、カイトさんならいつでも歓迎です。どうぞ~」
俺の言葉を聞いたアリスは、明るい笑顔を返してくるが……やはりまだどこか。無理やり笑顔を作っているようにも見える。
それを追求したい気持ちはあるが、今はその時では無いのでグッと我慢し、カウンターの奥……工房や居住スペースがある場所に移動する。
店の外観からは想像もできない広さの工房と居住スペース……アリス曰く、時空間魔法の応用らしい。
まぁ、マジックボックスなんてアイテムもあるんだから、部屋の中を拡張出来る魔法があっても不思議ではないのかもしれない。
工房から部屋を一つ隔てた場所にあるリビングへ移動し、アリスの勧めに従って席に座ると、アリスがなにも聞かないままでお茶を淹れてくれる。
それにお礼を言ってから美味しいお茶を一口飲み、ゆっくりと言葉を発する。
「なぁ、アリス……」
「はい? なんですか?」
「……お前の事が知りたい」
「……あ、あはは……アリスちゃんの可愛いさにやられて口説き文句ですか? 定番ですけど、グッときますね~あはは……」
「……」
「……うぐっ」
回りくどさを一切取り払い、ストレートに今の俺の気持ちを伝えて見ると、やはりアリスはどこか話を逸らすようにおどけていたが……緊張が見て取れる。珍しく、本当に動揺しているらしい。
「……か、カイトさん……でも、それは……」
「うん。言いにくい事だってのは、分かってる。だから無理に聞くつもりはないし……知りたいってのはそれだけじゃないから」
「……え?」
「アリスの過去もそうだけど、そもそも俺はアリスの事自体をよく知らない。本人から聞くのも一つの手だけど、自分自身で知ろうとするのも大事だと思う……」
そう、過去の話に限った事では無い。俺はアリスをよく知らない……今までしっかり知ろうとしていなかったから。
クロノアさんの助言のお陰で、人に聞いて回るのは俺らしくないと気付いた訳だし、アリスが話してくれるのを待つだけじゃなく、自分で知ろうとする努力もする事にした。
「……ところで、アリス。この居住スペースって結構広いんだよね?」
「え? ええ、まぁ、アリスちゃんは住処にも拘るタイプですから……あの……カイトさん?」
「成程……じゃあ、俺、しばらくここに『泊まる』から」
「えぇぇぇぇ!?」
宣言するように告げて、俺はマジックボックスから着替えや歯ブラシを取り出していく。
「ちょ、ちょっと待ってください! カイトさん、ほ、ほら、リリア公爵が心配……」
「あっ、リリアさんにはちゃんと話して許可貰って来たから」
「……うぐっ……し、しかしですね。こんなうら若い乙女と同室に泊まるとかは、その……こ、ここには布団も一つしかないですし……」
「布団は持ってきたから大丈夫。リビングとかの床で寝させてくれればいいよ」
「あぅっ……」
その辺りの準備は万端である。リリアさんにも事情を説明すると「カイトさんらしいですね」と了承してくれたし、俺が後先考えないのはリリアさんもよく分かっているらしい。
そんな俺の返答を聞いて、アリスは明らかに困った表情を浮かべてアタフタとしていて、なんだか可愛らしい。
「……まぁ、勿論アリスが駄目って言うなら仕方ない。その時は、近くに宿取って『毎日早朝から来るから』……」
「ま、マジっすか……うぅぅ……分かりました。ちゃんと部屋を用意しますよ」
「本当? ありがとう」
「……うぐっ」
とりあえず第一段階は成功といったところだろうか? アリスはこっちが遠慮していると、そのままずるずる誤魔化されそうなタイプだからな……
「……なんか、カイトさんが肉食系に……いや、まぁ、それはそれで……」
拝啓、母さん、父さん――アリスの事を知る為の第一歩として、アリスの雑貨屋に泊まる事にした。普段のアリスの事をもっと知れば、また良い考えも浮かんでくるだろう。ともかく今回は――ガンガン押していく事にする。
シリアス先輩「おかしい……なんかすでに甘くなりかけてる……」