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どうしてこうなった?


 それは、表現するのなら白い波――いや、壁だった。

 純白の法衣を身に纏った集団が一糸乱れぬ歩幅で行進してくる姿は、正しく圧巻の一言。先程まで騒がしかった筈の周囲も凍りついたかのような静けさに包まれ、ここを通る存在の為に人混みが二つに割れる。

 俺達もリリアさんに従い道の端に移動し、リリアさんを先頭に膝立ちとなって祈りの姿勢で並ぶ。


 周囲を見渡してみるとこれが作法らしく、各家の当主らしき人物達が前、従者が後方といった形で左右に分かれて祈りの姿勢を取っている。

 ここにいる者の半分近くは貴族――つまりこの国において一定以上の地位を持つ方ばかりの筈だが、その人達が皆揃って膝立ちとなり頭を垂れている。

 すなわちそれは、これからここを通過する存在に対して、貴族でも無礼を働く訳にはいかないという何よりの証明――三大神とはそれ程に強い権威を持つ存在という事だ。


 そして純白の法衣を纏った者達の中心に、その女神は確かな存在感を持って歩を進めていた。

 ルナマリアさんの様な水色では無く、深海の様に深い青の長髪を首の後ろで纏め、瞳は赤と青のオッドアイ。170cmある俺より高いであろう高身長はスラリと細いモデルの様な身体と相まって、優美で高貴な印象を周囲に与える。

 神官に囲まれながら長い足で歩を進める姿は、まるでその女神だけの為に行われるショーの様にさえ見えた。

 これが――時の女神。


 静寂と祈りに包まれる道の中、時の女神は悠然と歩を進める。

 淀みの無い足の音だけが響く神秘的とすら呼べる空気の中、時の女神は神殿に向かう――途中で足を止めた。


「……」


 周囲の神官達も一斉に足を止め、先程まで響いていた足音が消え静寂が場を支配する中、時の女神は静かにこちらに視線を向ける……え?

 なんか、時の女神様こっち見てない? いや、完璧見てる。たまたま目が合ったとかそういうのじゃなく、ガン見だよ。何か俺を射殺す様な視線で見てるんだけど!? 何で!?


 なぜか時の女神様は俺の方を見て立ち止まり、しばらく何かを考える様な表情を浮かべた後で、悠然とした足取りでこちら――リリアさんの前まで歩いてくる。


「……この国の貴族で、相違無いな?」

「ッ!? は、はい……り、リリア・アルベルト……と、も、申します」


 時の女神はリリアさんの前で立ち止まり静かな声で尋ね、リリアさんが唇を震わせながら言葉を返す。

 まさか話しかけられるとは思っていなかったんだろう。後ろにいる為顔は見えないが、肩が小刻みに震えているのが見える。


「後方に控えている男は、貴様の従者か?」

「い、いえ、彼は……その……」

「ふむ……いや、すまん。答えにくい質問であったか、なれば今の問いは忘れて構わん」


 そう告げた後、時の女神様は俺の方に視線を移し、赤と青のオッドアイで俺を静かに見つめる。


「……男、貴様は随分と奇縁に恵まれておるようだな」

「……え?」

「いや、そう言ったものは運命神の領分故、我はそこまで詳しくは分からんがな……実に、興味深い。貴様から感じる圧……貴様一体、どこの修羅悪鬼に見初められた?」

「……」


 正直何を言っているのか分からないというのが本音だが、そう言えばシロさんもそんな言い回しを使っていた気がする。

 クロムエイナに見初められた人間って……あれは、一体どういう意味で告げられた言葉だったんだろうか?


 何も答えられない。というより俺自身答えが出ない問いに混乱していると、時の女神は俺から視線を外し再びリリアさんの方を見る。


「リリア・アルベルトと言ったか……確か、此度の勇者召喚の責任者は貴様であったな?」

「……は、はい……その通りです……」

「随分面白い存在を引き当てた様だな……話を聞きたい所ではあるが、今日は別件もあって時間が取れん。後日、貴様と対談の場を持ちたいと思うが、構わぬか?」

「!?!? は、はい。時の女神様がお望みとあれば……いつなりと……」


 時の女神に後日話がしたいと言われ、リリアさんは一瞬ビクッと肩を動かした後で、両手を地面に付いて深々と礼を返し、同時に周囲にざわつきが起こる。

 おそらくこの提案は異例中の異例と言って良いものなんだろう。俺の隣にいたルナマリアさんもあまりの驚きに、目を見開いて固まってしまっている。


 しかし、異例中の異例はそれだけでは終わらなかった。リリアさんの返答を聞いた時の女神は、一度満足そうに頷いた後、リリアさんに手をかざす。


「そうか、手間をかけるな。では予定は追って伝えさせる……略式ですまんが、これは手間賃代わりだ――汝に『時の祝福』を――」

「ッ!?!?」


 かざした手から光が溢れ、それがリリアさんの体を包み込む。

 最高神の祝福……それが意味する事は、この世界の常識に疎い俺でも理解出来る。

 一国の王ですら、上級神から祝福を受けるのがやっとの筈なのに、それよりも遥かに上――勇者祭以外では顔を見る事すら稀な存在からの祝福。もはや金銭に換算できるような価値ではないだろう。


「……こ、こここ、光栄の至りに存じます」

「うむ。では、また後に対談の場で会おう。貴様の名『覚えておく』」


 そう告げた後、時の女神はもう一度俺の方に視線を向けてから神殿に向かい歩きだし、あまりの出来事に固まっていた神官達も後を追う。

 そして当のリリアさんと言えば、土下座の体勢のまま微動だにしない。というか完全に固まっている様に見える。

 そして少しして時の女神の一団の姿が見えなくなると、茫然となっている空気の中で素早くルナマリアさんが動き、リリアさんを抱えて俺達に告げる。


「皆様! 早く馬車へ!!」

「「「ッ!?」」」


 そう言って駆け出し、止めてあった馬車に固まっているリリアさんを文字通り放り込む。

 今普通に放り投げたよ。主人にあんなことして良いんだろうか?

 ルナマリアさんはそのまま跳躍し馬車の手綱を持ち、俺達三人が駆け込んだのを確認してから素早く馬車を出発させる。

 なぜルナマリアさんがこんなにも慌てていたのか、それは馬車が動き出したすぐ後聞こえてきた割れんばかりの歓声で理解する事が出来た。

 最高神から異例中の異例である祝福を受けたリリアさんは、今まさに時の人状態という訳で、あのままあそこに残っていれば質問攻めなりなんなりと、それはもうとんでもない事になっていたって事だろう。




















 ルナマリアさんの機転のお陰で、何とか大騒ぎになる前にその場を脱出した俺達。流石に犯罪者という訳では無いので、追手が付いたりする事もなく、しばらく進んだ所でルナマリアさんもホッと息を吐いて本来の従者に手綱を預け、馬車の中に戻ってくる。

 そして完璧に放り込まれた体勢のまま、硬直しているリリアさんを起こしてその体を揺らす。


「お嬢様、お嬢様! しっかりして下さい!!」

「……はっ!? る、ルナ? え、あ、あわわわわ、私、な、ななな、何が……」

「凄いですよ! お嬢様! 時の女神様に名前を覚えて頂いただけでなく、略式とは言え祝福まで受けるなんて!! 快挙です!!」

「あわわわ、や、やや、やっぱり、夢じゃなかった。と、ととと、時の女神様が……しゅしゅ、祝福……」


 駄目だ。リリアさん、完全にテンパってる。

 普段落ち着いてる姿からは想像できない程小刻みに震えてるし、視線も生まれたての小動物みたいに動きまわってる。正直物凄く可愛らしい。


「いや、お嬢様。何言ってるか分かりません。落ち着いて下さい」


 さすがルナマリアさんと言うべきか、よくあの状態のリリアさん相手に切り込んでいけるものだ。

 しかし残念ながら、どうやらリリアさんはテンパり出すと歯止めが効かないタイプらしい。


「むむむ、無理です!? ななな、何でこんな事に……あわわ――きゅ~」

「お嬢様!? ちょ、お嬢様!?」


 あ、遂にリリアさんの混乱が本人の許容範囲を越えてしまったらしく、リリアさんは目を回してしまった。何か頭から湯気の様なものが出てる気がする。























 とりあえずリリアさんの状態が回復するまで移動は一端休憩となり、馬車は大通りから少し離れた場所で停車し、リリアさんは顔に濡れタオルを乗せて座席で横になっている。


「うにゅぅ~」


 可愛らしい唸り声を上げているリリアさんを見て苦笑しつつ、俺達は先程あったことを話す。


「先輩の招き猫効果……恐るべきですね」

「ええ……私も戦慄しました。私はミヤマ様に祈らなくて良かったです」

「え? これ、俺のせい?」

「宮間さんのせいかどうかはともかくとして、時の女神様は明らかに宮間さんに興味を持ってる感じでしたよね」


 やっぱそうなんだろうか? なんか奇妙な事も言ってたし、シロさんと言い時の女神様と言い、何だってこんな奇妙な縁にばっかり恵まれるんだか……


「あれ? そう言えば……話は変わりますけど、結局時の女神様の名前ってなんて言うんですか?」

「分かりません。基本的に神様というのは名乗らず、同じ神々の事も○○神と呼称しますので、少なくとも私は存じ上げませんね。下級神様であれば、神殿の司祭以上は知っている様ですが……上級神様ともなると、神族以外は知らないのでは?」

「……」


 ――俺の知ってる女神様シロさんと違う。だって、開口一番名乗ってるもんあの方!

 まぁ、あのクロの知り合いだし……もうとりあえずシロさんの事は別枠って事で置いといて、目下気になってるのはあの件だ。


「でも、リリアさんって、こんな調子で時の女神様と『一対一』で対談なんて出来るんですか?」

「ひぃっ!? い、一対一!?」


 だって対談申し込まれたのリリアさんだし、リリアさん公爵だし、召喚の責任者もリリアさんだし……


「る、ルナ……助け……」

「流石に無理です。いくらなんでも、一介の使用人である私が、最高神様との対談に同席は出来ません。というか許可されません」


 俺の言葉を聞いたリリアさんは跳ね起き、縋る様な目でルナマリアさんを見るが、ルナマリアさんは気の毒そうに首を横に振る。


「私だって無理ですよ!? 最高神様と対談とか、考えただけで体が震えるのに、一対一だなんて……」


 半泣きである。本当にいっぱいいっぱいらしい。


「……宮間さんなら、同席の許可が出るんじゃないですか?」

「!!!!!」

「へ?」

「確かに、時の女神様はミヤマ様に興味をお持ちの様でしたし、むしろお嬢様との対談もメインの目的はそっちではないかと……」


 あれ? 何か雲行きが怪しくなってきたぞ。

 リリアさんが泣きそうな目でこっち見てる。滅茶苦茶見てる。


「い、いや、でも俺は普通のしょみ――「同席してください! カイトさん!!」――うわっ!?」


 とりあえず俺としてもそんな胃の痛くなりそうな場は遠慮願いたかったので、それとなく断ろうと思ったのだが……リリアさんが文字通り飛びついて来た。


「お願いします! 助けて下さい!!」

「り、リリアさん!? かお、顔、近っ!? 力強っ!?」

「もう他に頼れる人が居ないんです!! 私一人なんて絶対無理なんです!!」


 正しく必死という表現が当てはまるリリアさんの様相だが、こちらとしてはそっちよりリリアさんに抱きつかれてる方が問題だった。

 驚く程柔らかく、香水だろうか鼻孔をくすぐる良い匂いに涙目のコンボ……破壊力は計り知れない。

 しかも引き剥がそうにも、華奢な体のどこにそんな力があるのか分からない程とんでもない力でしがみ付かれており全然引き剥がせない。

 彼女いない歴イコール年齢のぼっちにこの刺激は強すぎる。というかそれ以上に抱きつかれてる背中が痛い、物凄く痛い!

 というかもうこれ殆どさば折り……


「わ、分かりました! 同席します! しますから!!」

「カイトざぁぁぁぁん!!」

「ま、待ってリリアさん……苦し……」

「ありがとぉぉぉぉございます!!」

「ちょ……ホント……落ち……る……」


 このままでは理性どころか、命が危ない。もう引き剥がすには同席を了承するしかないと、俺はリリアさんに同席する事を必死に告げた。

 するとリリアさんは地獄で仏とでも言わんばかりに感極まった表情を浮かべ……『先程より強く』抱きついてきて、背中からミシミシと物凄く嫌な音が聞こえ、俺の意識は暗転していった。


 拝啓、母さん、父さん――何と言うか今日は踏んだり蹴ったりで、ホント――どうしてこうなった?


 







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