火を吹くような辛さだった
太陽が沈み夜の闇が訪れる時間帯、王城の一室ではシアとハートがやや疲れた表情で椅子に座っていた。
「……今日で殆ど終わるかと思いましたが、思ったほど進みませんでしたね」
「仕方ない。馬鹿のせいで途中から運命神様の機嫌が悪くなった……幻王が対応したから動かなかったけど、機嫌の悪い運命神様に発言できる人族なんてそうそう居ない……会議が長引くのは必然」
「ですねぇ……」
そう、彼女達は昨日と同じように議会に参加していたが、そこでの話し合いが思うように進んでくれなかった。
昨日のフェイトを見ていると、それこそ今日中には全て片が付くのではないかとさえ考えていたが……昼過ぎの時間帯、突然フェイトの機嫌が悪くなった。
その理由は快人が巻き込まれかけた襲撃事件であり、アリスがいたからこそ手出しはしなかったものの……フェイトにしてみれば、自分の楽しみを奪おうとしたともとれるその行為に苛立ち、非常に機嫌が悪くなった。
当然その場における最高位の存在であるフェイトの機嫌が悪くなれば、議員達も迂闊に発言する事など出来ず、さらには勇者役を狙った襲撃があった等の情報が入ってきた為、場は大混乱……結果として殆ど話し合いは進まなかった。
「しかし、ミヤマ様も大変ですね。来てから災難ばかり」
「災難ばかり? 一回襲撃に巻き込まれただけでしょ?」
「……先輩はお忘れなんでしょうかね?」
「なにを?」
ハートがどこか哀れむような表情で告げた言葉を聞き、シアは不思議そうに首を傾げつつ聞き返す。
「いきなり運命神様に有無を言わさず連れて来られ、着いた先ではどこかの極悪先輩が敵意丸出しで八つ当たり……」
「え? い、いや、私は別にそんなつもりは……」
「先輩がそんなつもりじゃなくても、ミヤマ様にとっては酷い災難だったでしょうね。あぁ、可哀想にまだ20程度の子供なのに……怖い先輩に虐められて」
「え? ち、ちがっ!?」
「きっと、昨晩は『涙で枕を濡らした』ことでしょう」
「……」
淡々と告げる毒の含まれたハートの言葉を聞き、シアの表情はどんどん青ざめていく。
シアは確かにほぼ八つ当たりで快人に接したが、そもそもシアは元々お人好しであり……正直それに関してはずっと悪い事をしたと思っていた。
しかしシアはどうにも口下手で、今になるまで上手く謝罪も詫びも出来ていない。
だからこそ、他人の口から快人を傷つけたと告げられて、どんどん顔色が悪くなっていく。
「酷い女神も居たものですよね。運命神様の件だって、ミヤマ様に非があるわけじゃないのに……どうして初対面の相手に責められたんでしょうね?」
「……ちょ、ちょっと……出かけてくる」
「はい。行ってらっしゃい」
シアはハートが己をからかっている……いつも通り毒を吐いていると言うのは理解していたが、だからと言って自分が快人にした行為が消えてなくなるわけではない。
焦った様子で立ち上がったシアは一言呟いて姿を消し、誰も居なくなった部屋の中でハートは緩く手を振った。
バタバタした一日も終わり、俺は宿の部屋でのんびりとくつろいでいた。
すると突然扉がノックされ、昨日と同じでフェイトさんが来たのかと思い、扉の前から体を避けつつ手だけ伸ばして扉を開ける……流石に二日連続で、鳩尾ヘッドバットは喰らいたくない。
「……って、あれ? シアさん?」
「……」
しかし扉の外にいたのは、予想していたフェイトさんでは無く……シアさんだった。
ローブのフード部分だけを外し、白い髪を表した姿のシアさんは扉を開けても部屋に入ったりする事もなく、無言だった。
しっかし、この方本当に頑なに目を合わせようとしてくれない……なんだろう? その下斜め四十五度に親の仇でもいるんだろうか?
どうも相変わらずシアさんから俺への好感度は低いみたいだ。まぁ、殆ど話していない訳だし、それは仕方が無いか。
「シアさん? どうかしましたか?」
「……これ」
「うん?」
とりあえずこのままでは話が進まないので声をかけてみると、シアさんはどこからともなく綺麗に包装された箱を五つ取り出して俺に渡してきた。
パッと見た感じお菓子みたいに見えるけど、なにこれ? これを俺にどうしろと? 分かんない……本当にこの方はなにを考えてるのかって言うより、なんの目的かが全く分からない。
「……食べ切れなくて余ったから、あげる」
「え? い、いや、でも……これどう見ても新品……」
「余 っ た か ら あ げ る!」
「あっ、はい了解です!? 余り物ですね。ありがたく頂きます!」
あれ? 可笑しいな? 俺今お菓子貰ってるんだよね? なんで怒鳴られてるの?
戸惑っている俺の前で、シアさんはチラチラとこっちに視線を向けては逸らしを繰り返した後、ゆっくりと口を開く。
「た、足りないなら一つだけ、要求を言って」
「よ、要求?」
どうしよう? 本当にシアさんが何言ってるのか分からない。
「私は全然悪いとは思ってないけど! 私は寛大な神だから! 私の八つ当たりを受けた褒美として、一つだけ要求を聞いてあげる!!」
「……え? あ、はい」
えっと、つまり……これって……あれか? もしかしてシアさん、今、俺に謝ってるって事?
……分かり辛いわっ!? 要するに八つ当たりしたお詫びに一つ要求を聞いてやると、そう言ってる訳だ……う、う~ん。本当に今まで周りにいなかったタイプだ。どう返事して良いか分からない。
「だから、さっさと、要求を言え!」
「え、ええっと……じゃ、じゃあ、お、お詫びとかは別にいいんですが……で、でしたら、え~と……そうだ! 今度食事でもご馳走して下されば十分ですから」
「なっ!? 無礼者!」
「へ? え?」
「に、にに、人間の分際で、わ、私に『デート』しろなんて、不敬だあぁぁぁ!?」
……いや、そんな事一言もいってないよね?
「そ、そういうつもりでは……申し訳ありません。それでしたら、別にお詫びとかは、結構ですよ?」
「うぐっ……」
「え?」
「……つまり……それ以外じゃ許さないって……そう言いたい訳……卑劣な……」
「……」
この方の頭の中どうなってんの? 俺の言った事全部、ネガティブな方向に自動変換されてるの? なんで俺が脅迫してるみたいになってるの? ねぇ、なんで?
唖然とする俺を尻目にシアさんは顔を俯かせ、プルプルと肩を震わせた後で真っ赤な顔を上げる。
「いいよ! 好きにすればいいじゃん!! デートでも何でもしてやるよ!!」
「……は?」
「日程は追って伝えるから! 首洗って待っといて!!」
「え? ちょっ……まっ――もういないっ!?」
そして捲し立てるように告げて去って行ってしまった。
本当にシアさんの事がよく分からない……え? というか、デート決定?
……どうしてこうなった?
誰も居なくなった廊下をしばらく見つめた後、俺は大きなため息を吐いてから部屋の中に戻った。
そして言いようのない疲れを感じながら、ふと手に持っているお菓子の箱に目を移す。
疲れたし甘いものが食べたい……折角貰ったんだし、食べちゃって良いんだよな?
そんな風に考えながら、適当にお菓子の包みを一つ開くと、中からは鮮やかな赤色のお菓子の詰め合わせが現れる。
イチゴ味なのかな? いや、見た目をリンゴ風に装飾してるのかもしれない。ともかく結構美味しそうだし、先ずは一口……
「ッ!? はっ、なっ……か、辛っ~~!?」
赤いお菓子を一つ摘んで食べると……少し咀嚼した後で猛烈な辛さが口の中いっぱいに広がった。
なにこれ!? 辛っ!? いや、もう痛い!! 口の中が火で炙られてるみたいだ!?
それはまるで唐辛子を口いっぱいに放り込んだような、品もなにもない純然たる辛さ一辺倒であり、体中から嫌な汗が噴き出してくる。
俺は大慌てで水差しを掴み、コップに移す事もせずそのままがぶ飲みする。
「はぁ~ひぃ~」
大量に水を飲んでもまだ辛さが残ってる……どんだけ辛い素材が使われてるんだこれ?
というか、なんでシアさんはこんな殺人兵器みたいなお菓子を俺に? ……嫌がらせ? いや、それとももしかして……この滅茶苦茶辛いお菓子を、本気で美味しいと思って渡してきたのか?
拝啓、母さん、父さん――シアさんは今まで俺の周りにいなかったタイプで、どう対応して良いのかよく分からず、変な約束まで取り付けてしまった。それはそれとして、シアさんから貰ったお菓子は――火を吹くような辛さだった。
注:快人が食べたお菓子は某ハバネロが甘く思えるレベル。
シリアス先輩「なんでや!? 激辛菓子美味しいやろ!!」