トークスキルが足りないみたいだ
ハイドラ王国に来て一夜が明け二日目。
かなり早く目が覚めてしまった俺は、折角なので朝の散歩でもと考えて、まだ薄暗い海辺を歩いていた。
流石に港町だけあって朝早くから仕事している人も多いみたいで、街にはかなり活気がある。
騒がしくも楽しい喧騒を聞きつつ、のんびりと散歩を続けていると……少し変わった場所に辿り着いた。
そこではあちこちに人の姿があり、皆細長い棒……釣り竿を手に持ち、釣りをしている。
どうやらここは釣りのスポットみたいで、若い人からお年寄りの方まで様々な人達がいる。
う~ん。釣りか……海釣りをやった事はないけど、楽しそうではある。機会があったらやってみたいものだ。
「ぬぉっ、むむっ、コレは……大物じゃぁ!?」
「……うん?」
「ぬぅっ、くく……そ、そこのお若い方! ちと、手伝ってくれ!」
「え? あ、はい!」
その光景を眺めながら歩いていると、視線の先に居た白い髭のおじいさんの竿が大きく揺れ、おじいさんは必死な様子でその竿を引いていたが……どうもかなりの大物みたいで、苦戦しており、俺に助けを求めてきた。
見た目にも危なっかしかったので、俺はすぐに近くまで駆け寄り、おじいさんを手助けする。
「よ、よし、では、せ~ので引くぞ!」
「は、はい」
「せ~の!! ……むぅ、流石に一発では上がらんか……よし、もう一度じゃ!」
「はい!」
なんでこんな事になったのだろうと考える暇もなく、かなり強い力で引かれる竿を必死に支え、おじいさんと息を合わせながら魚と格闘した。
「いや~助かった。礼を言うぞ、お若い方」
「あ、いえ、無事に釣れて良かったです」
「うむ、これだけの大物は久々じゃよ」
魚と格闘する事数分、なんとか釣り上げる事が出来た魚は……種類までは分からないが、なんとも大きく立派だった。
おじいさんも大物を釣れて喜んでいるみたいで、皺だらけの顔で笑顔を浮かべながら俺の背中をポンポンと叩いてくる。
う~む、なんというかエネルギッシュなおじいさんだ。
「しかし、う~む……初めて見る顔じゃな? ワシはよくここで釣りをしておるが、見覚えはないのぅ……観光かい?」
「え、ええ」
「おお、そうか、そうか、運が良いのぅお若い方! なんでも、今この街には運命神様と勇者様が来ておるらしいぞ、探せば会えるかもしれんのぅ」
「そ、そうですね」
すみませんもうどっちとも会いました。いや、それどころかその内の片方とは、会うどころか一緒に来たんですが……
どうもこのおじいさんは話好きらしく、楽しげに笑いながら矢継ぎ早に言葉を続けていく。
「いや~しかし、最近の若い者にしては良い面構えをしておる。ワシの若い頃にそっくりじゃ!」
「あ、ありがとうございます」
……おじいさん、日本人なんですか? どう見てもこの世界の方なんですが……という突っ込みを必死に飲み込んだ。
「そう言えば、お主、観光という事じゃが『議院』は見てみたかい?」
「議院、ですか?」
「うむ、この国の中心……議会が行われる場所じゃ、この街に来たのなら一度見てみるとええぞ」
「な、成程」
凄いよこのおじいさん、全く話を止める気配が無い。凄まじいコミュ力だ……これが、人生経験のなせる技なのだろうか……マグナウェルさんも、こんな感じだった気がする。
そしておじいさんのトークスキルはとどまる所を知らず、さらに言葉を続けていく。
「この国は良い国じゃぞ、ワシら民衆の意見を広く取り入れてくれておる」
「……そ、そうなんですか?」
「うむ、この国では議員制の政治が行われておる。平民から8人、貴族から8人……国民の投票によって選ばれ、この国の方針を決めておるのじゃ」
「ふむふむ」
成程、どうやらこのハイドラ王国の政治というのは、俺達の世界の政治形態に近い感じらしい。
国民の投票によって議員が選ばれ、国をよりよくする為に政策を話し合う。
となると当然議員になりたい人達は国民の人気を重んじる訳だし、議員には必ず平民と貴族が半分半分選ばれるので、違った視点の意見を交わしあえる。
そうすると国民にとって、どんどん過ごしやすい国になっていく感じだ。
勿論それでなにもかも上手くいく訳ではないだろうが、おじいさんの口振りでは国民達からの評価も高いらしい。
「議員は皆良い方ばかりじゃ……じゃが、この国の国王はいかんな」
「……え?」
「議会にロクに参加せずに遊び呆けておると聞く……嘆かわしい話じゃ」
「……は、はぁ……」
……フェイトさんみたいな国王だなと、そう思った俺は悪くないと思う。
「もはやこの国に国王なぞ不要じゃ……そう思わんかね? お若い方」
「え? あ、ああ、そうかもしれませんね」
「そうじゃろう! そうじゃろう! いや~若いのによく分かっておる!」
おじいさんは楽しげに笑いながら、バンバンと俺の背中を叩く……地味に痛い。
それにしても本当に明るいおじいさんだ。このままだと延々と話に付き合わされそうな気がする。
「おっと、いかんいかん……観光の邪魔をしてしまったのぅ」
「あ、いえ、貴重なお話をありがとうございます」
予想とは違いおじいさんの方から話を切り上げるような言葉が聞こえてきて、内心ホッとする。いや、俺としても色々な話を聞けたのはありがたかったが、朝食も食べたいしそろそろ戻れればと思っていた所だった。
「ほほほ、中々礼儀のある若者じゃ……ワシはよくここで釣りをしておるから、また時間がある時にでも、寂しい年寄りの話し相手になっておくれ」
「あ、はい。分かりました。また機会があれば……」
「うむ、それでは気をつけてのぅ」
「はい、ありがとうございました」
最後まで軽快なトークスキルに圧倒されつつ、おじいさんに頭を下げてからその場を後にした。
拝啓、母さん、父さん――この世界に来て俺のコミュ力も上がってきたと思ってたけど、それは甘い考えだった。少なくともあのおじいさんには終始圧倒されて、流されるままになってしまった。なんというか、俺にはまだまだ――トークスキルが足りないみたいだ。
快人が去っていった後、老人は再び海に釣り糸を垂らし、釣りを再開しようとした。
するとそのタイミングで、その場に騎士甲冑に身を包んだ何名もの騎士が近付いてくる。
「……なんじゃ、もう見つかってしもうたか……敵わんのぅ」
「全く、なにをされているんですか……『姿まで変えて』……」
「息抜きは必要じゃろうて、やれやれ……」
近付いてきた騎士の言葉を聞き、老人が大きく溜息を吐くと同時に、老人の体が光に包まれて姿が変わる。
魚のヒレに似た形の耳に、マリンブルーの短髪、髪と同じ色の青い目をした小柄な少女へと姿が変わり、少女は釣り竿を担いで立ち上がる。
「何度も申し上げておりますが、王城を抜け出されては困ります……『国王陛下』」
「はぁ……ワシはお飾りで良いと、常日頃から言うておるのにのぅ……まぁ、良いではないか、ワシにとて息抜きは必要じゃ。運命神様が来ておって、気が休まらんからのぅ、少しぐらい大目に見よ」
「……貴女の息抜きは、今に始まった事ではないでしょう?」
「ははは、そうじゃったか? まぁ、良いではないか……国王が暇にしておるという事は、それだけ民の力で国が回っておるという事じゃ」
笑いながらそう告げて少女……ハイドラ国王は立ち上がり、騎士を引き連れながら歩きだす。
「そも、ワシは国政に口を挟む気など無い……王は国の為にあるべきじゃが、国が王の為にあるべきでは無いからのぅ……」
「ならばもう少し、国の為に真面目に働いて下さい」
「ははは、ワシのような老王に、今さら若い者どもに出す口なぞありはせんよ……国は議員達が動かせばよい。ワシの役割は、いざそれが失敗した時に『首を差し出す』くらいじゃ、幸運な事にワシの首は未だ繋がっておるがのぅ」
「……本当に貴女という方は……」
「というよりも、貴様らも貴様らじゃろう? 全く『1000年近く』も国王なんぞやらせおって、いつまで年寄りを扱き使う気じゃ? さっさと引退したいのじゃが?」
ハイドラ国王……マーメイド族である彼女は、この国を建国した王であり、今だ王位につき続ける古豪であった。
尤も本人は常々、辞めたいと口にしており、暇を見つけては王城から抜け出して遊び歩く困った王ではあったが……
「そう思うのでしたら、婚姻なりして世継ぎを生んでください」
「……うぬっ、そう来るか……色事に興味はないが、そういうのであればワシ好みの男を連れて来てくれ。つまらん男は嫌じゃぞ? 薄い茶髪で人の好い若者が良いのぅ、ワシの話に大人しく付き合ってくれる相手が良い。身長は平均で構わんし、別に目のくらむような美形でなくとも良い」
「……なぜやたら具体的なのですか?」
「さてのぅ? そういう相手なら面白そうじゃと思うただけじゃよ」
含むような笑みを浮かべながら、マーメイド族の王は王城へ向かう。
彼女の名は……ラグナ・ディア・ハイドラ……かつて『初代勇者と共に魔王と戦った英傑』であり、今も尚英雄として国民から絶大な支持を持つ、人界最強とも謳われる大豪傑。
その青い瞳には、偶然の出会いへの喜びが浮かんでいた。
ロリババアきた、これで勝つる!