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閑話・フィーア~身勝手な願い~

 シンフォニア王国首都の一角。露店街を抜けた先にある住宅街に程近い位置に存在する教会兼診療所。

 そこの診察室の奥にある休憩スペースには、この世界においては珍しいとも言える黒髪黒眼の女性が椅子に座り、その診療所の主であるフィーアと話をしていた。


「……そろそろ文も多く交わして、親睦も深まったかと思うので、私はそろそろ次の段階に進みたいと思うんですが……どうでしょう?」

「うん、何度も言ったけど、もう一回言うね。『ヒカリ』……ここ診療所だからね。恋愛相談所じゃないからね? 余所行ってくれないかな?」

「そんな……私にはもう、フィーア以外に頼れる人が居ないんです!」

「……いや、酷い人選ミスだと思うよ。本当……」


 呆れた表情を浮かべるフィーアにヒカリ……甲冑を脱いだノインは縋るような表情を浮かべる。

 二人は長い付き合いの親友同士であり、ノインはそれなりの頻度でフィーアの元に足を運び、最近の悩みである恋愛相談をしていた……フィーアにしてみればいい迷惑ではある。


 そもそもノインより遥かに年上とは言え、フィーアも恋愛経験などは皆無であり、口に出来るアドバイスなどたかが知れている。

 それでもノインは非常にフィーアを……親友を頼りにしているみたいで、助けを求める表情で見つめる。

 そうなってしまうと人の好いフィーアは無下にも出来ず、大きなため息を吐きながら口を開いた。


「……はぁ、それで、次の段階って具体的にはなにをしたいの?」

「そ、そうですね……共に『歌劇』を観に行ったり……」

「……えっと、確か前に聞いたね。歌劇団だったっけ? それ、この世界にないよね?」

「『活動写真』を観に行ったり……」

「それも無いからね?」

「の、『能』は!?」

「いや、それに関しては、なんなのかすら分からない」

「う、うぅ……」


 ノインが口にするものはどれも地球……それも、彼女が暮らしていた時代で流行していたものであり、この世界の住人であるフィーアにはさっぱり分からなかった。

 それでも、なにを言わんとしているかは大体理解する事が出来た。


「……つまり、あれだよね? 要するにデートしたいって事だよね」

「で、でで、デート!?」

「いや、そんな驚かれても……でも、良いんじゃない? 試しに誘ってみれば?」

「……フィーアが『代わりに誘って』くれませんか?」

「なんで!?」


 どうやらノインの悩みというのは、現在の文通相手である快人と、より親睦を深めたいという事らしい。

 手紙でのやり取りを頻繁に行っている事はフィーアも理解していたので、一緒に出かけるのは良い案だと賛成したが、次に聞こえてきた情けない台詞に驚愕する。

 そして当のノインは、恥ずかしそうに顔を俯かせ、人差し指をツンツンとつき合わせる。


「文通してるんなら、それで誘えば良いでしょ?」

「……だ、だって……は、恥ずかしい……ですし……」

「……」


 小さな声で呟くノインの言葉を聞いて、フィーアは呆れて言葉も出ないといった表情を浮かべる。


「……はぁ、いくらあの時は精神的に余裕が無かったとはいえ……なんで私『こんなのに負けた』のかなぁ……」

「こんなのっ!?」

「こんなのだよ、本当に……こんな情けない元勇者ったらないよ?」

「うぅ、酷いですよフィーア」

「酷くないよ……本当に酷いのは、折角診察が一段落した貴重な休憩時間に押し掛けてきて、無理やり恋愛相談持ちかけてくる奴だからね」

「あぅっ……」


 過去の自分に想いをはせるように遠い目をしたフィーアは、目の前に居る情けない初代勇者にジト目を向ける。


「……まぁ、ウジウジ悩んでないで誘いなよ。ミヤマくんなら断ったりしないって、肩肘張らずに少し散歩でもしましょうくらいで良いんだよ」

「……は、はい。頑張ります」

「うん。よろしい」


 この恋愛相談におけるフィーアの役回りは、いってみれば背中を押す事だけ……力強い言葉で応援すると、ノインは少しホッとした様子で頷く。

 そんなノインを見てフィーアも笑顔を浮かべ、手元にあった紅茶を口に運ぶ。


 そして恋愛相談が一段落して、会話が雑談へと移り変わり始めたタイミングで、ノインが真剣な表情に変わって尋ねる。


「……フィーア。六王祭、どうするんですか?」

「……」


 静かに、それでいてハッキリと告げられた言葉を聞き、フィーアはテーブルの端に置いてある……今日、ノインが持ってきてくれた招待状に視線を動かす。

 そのまま少しの間沈黙してから、フィーアは顔を伏せ先程までとは打って変わって弱々しい声を出した。


「……行かない……行けないよ」

「……クロム様は、フィーアに会いたがっていましたよ。フィーアだって……」

「会いたいよ! 会いたいに決まってるよ!! でも……いまさら……どんな顔して会えば良いか……分かんないよ」

「……」


 今にも泣き出しそうな声で告げるフィーアの言葉を、ノインはなにも言わず静かに聞く。

 フィーアはクロムエイナにとって大切な家族であり、フィーアもクロムエイナの事は非常に慕っている……だが、彼女はもう1000年以上、クロムエイナとは顔を合わせていなかった。


「クロム様は、なにも無かった私を拾ってくれて、育ててくれた……私にとっては母親みたいな方で、世界で一番大切な存在……だけど、私は、そんな大切なクロム様を『裏切った』……」

「そんな、違います、貴女は――「違わないよ!」――ッ!?」


 フォローを入れようとしたノインの言葉を、フィーアは悲痛な表情で遮る。


「私は、私が、馬鹿だったせいで……クロム様を泣かせちゃった。そんな顔、絶対にさせたくなかったのに……私のせいで……会わせる顔が無いよ」

「……それでも、クロム様なら……」

「分かってるよ……分かってる。クロム様はきっと、笑って私を迎えてくれる。許してくれる……でも、私は……私には……」

「……すみません。不謹慎でした」

「ううん。私の方こそごめん。感情的になっちゃったね……ともかく、私は六王祭には参加しないから……ヒカリは、楽しんできてよ」

「……はい」


 かつては刃を交えた敵同士であり、現在は共に語らう親友でもある。そんなフィーアの長年に渡る苦しみを、ノインは痛いほどに理解していた。

 だからこそ、なにも言えなかった……なにを言って良いか分からなかった。


 それから気を取り直すようにフィーアは関係のない話題を振り、ノインもそれ以上はなにも言わずに雑談を続けていった。









 しばらく話した後でノインが帰り、一人部屋の中に残ったフィーアは、渡された招待状……そこに書かれている『冥王・クロムエイナ』の文字を見つめる。


「……ごめんなさい……クロム様……ごめんなさい……」


 誰にも聞こえない謝罪の言葉……1000年以上繰り返し続けてきたその台詞を何度も口にするフィーアの脳裏に、ある言葉が蘇った。


――フィーア先生の過去の罪を知ったとしても『今の貴女』を尊敬する気持ちは消えませんよ。


 それは、ほんの少し前に知り合った。少し変わった異世界人の青年の言葉……過去を咎める訳でもなく、詮索する訳でもなく、ただ今の貴女を尊重するという、とても優しく暖かい言葉。


「……あれは……正直、嬉しかったなぁ……あはは、私、なに馬鹿なこと考えてるんだろう……そんな事、ある筈ないのに……」


 小さくそう呟きながら、フィーアはゆっくりと顔を上げ、窓の外の景色に視線を移す。


「……物凄く歳の離れた。知り合ったばかりの男の子が……沢山の方を変えたみたいに……私も変えてくれるかもしれないなんて……身勝手過ぎる期待だよ……」





シリアス先輩「ガタッ!?」


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