青き祝福の曲、苦労も幸せも、貴方と共に
カイトさんから好きだと伝えられた私は、完全に時が止まったかのように固まってしまいました。
そんな私をカイトさんはジッと見つめ、なにもいわず私が混乱から立ち直るのを待ってくれていました。
少しずつ頭に思考が戻ってくると、初めに浮かんだのは……そんな筈が無いという考えでした。
「……う、嘘……」
思わずその考えが口から零れ落ち、一言発してしまえば私の口は自然と言葉を紡いでいく。
「だって……わ、私は、いつだってカイトさんに助けてもらってばかりで……そんな駄目な私を、カイトさんが好きだなんて……」
そう、私はカイトさんの言葉を信じる事が出来ませんでした。
だって、私は……凄く弱くて卑怯な性格で、好きになってもらえる要素なんてなにもない筈です。
カイトさんの事を保護するなんて体面の良い事を語っておきながら、その実、カイトさんが紡いでくる縁を己の為に利用しているだけで……恩ばかりが山ほどあって、返せた事なんて殆どありません。
なのに、どうして……なんで?
「……リリアさん」
「ッ!?」
信じられない気持ちが大きく、それが恐怖の感情に変わりかけた瞬間、カイトさんが穏やかな声で私の名を呼び、思わず体が少し跳ねました。
そんな私を見て、カイトさんは少し呆れているような微笑みを浮かべて口を開く。
「……俺も人の事は言えませんが、リリアさんのその自分を卑下する癖はよくないと思いますよ」
「……え?」
「リリアさんは駄目なんかじゃありません。俺に沢山のものをくれて、いつも助けてくれる素敵な女性です」
私がカイトさんに沢山のものをあげた? いつも助けている? そ、そんな筈は……
「……俺は、この世界に来て初めて出会った人が貴女で……本当に良かったと思っています」
「……んで……なんでですか!?」
「え? り、リリアさん?」
気付いた時には叫んでしまっていました。
それはずっと私の心の奥にあった負い目、カイトさん達が触れないで居てくれたから口に出さなかっただけで、ずっと、ずっと気にしていた事……
「私の、私のせいなんですよ!!」
「……へ?」
「私が、勇者召喚を失敗したから……カイトさん達を見ず知らずの世界に連れてきてしまいました! 勇者役でもない微妙な立場で、苦労や不安を感じたのも、全部、全部私が……」
「あ、いや、それに関しては別に犯人が居るんで、リリアさんのせいじゃないです」
「……え?」
……えっと、カイトさんは一体なにを言っているんでしょうか? 別の犯人?
まさか、今回の勇者召喚には私の知らない真実が……
「まぁ、それは置いておいて」
「置いちゃうんですか!?」
かと思ったら、カイトさんはさっさと話を切り替えてしまいました……そこ、もうちょっと説明してくれても良いんじゃないですか?
唖然とする私でしたが……そんな考えも、頭に浮かんだ疑問も、すぐに全部吹き飛んでしまいました。
「なっ!? ぁっ……」
私に向かって近づいてきたカイトさんが、スッと手を伸ばし、あまりにも自然な動きで私の体を抱きしめ……えぇぇぇ!?
「なっ、ななな、なにを、かかか、カイトさん!?」
「……リリアさん。本当に、貴女に出会えてよかった」
「ッ!?」
「貴女が居なければ、俺はきっと今みたいには笑えていなかったと思います……いつも困らせて、驚かせてばかりの俺に、それでも優しく笑いかけてくれる。当り前のように心配してくれる貴女が……大好きです」
「~~!?」
その言葉は、まるで物理的な力を持っているかのように、私の奥底に深く響き渡り、大きく心を揺らしました。
体が痺れるような温もりに包まれながら、私の心に沸き上がってきたのは……言い表せない程の幸せ。
だって、絶対に無理だと思っていました……私がカイトさんの事を好きになっても、私がカイトさんから好かれる訳が無いって、そんな風に考えていて……
「うっぁっ……カイ……ト……さん?」
嬉しい筈なのに、涙が零れてきました。なにかを言わなきゃいけない筈なのに、言葉にならなくて、ただ子供みたいにカイトさんの暖かい胸に顔を埋めながら涙を流し続ける。
そんな私を優しく抱きしめたまま、カイトさんはそっと囁くような声で語りかけてくる。
「……リリアさん、返事を聞かせてもらえますか?」
……返事? なにを言ってるんでしょうか……本当に……そんなの、もう、決まってるじゃないですか……
「……わ、私も……カイトさんの事が……す、好き……です」
「~~!? リリアさん!!」
「ふぇっ!? ひゃんっ!?」
顔が焼けつくように熱いのを感じながら、私も想いを伝えると、カイトさんは先程までよりずっと強い力で私の事を抱きしめてきました。
最初はビックリしましたが、すぐにその力強い抱擁に心が満たされ……ただただ幸せで……また、なにも言えなくなってしまいました。
どのぐらいそうしていたでしょうか? 私とカイトさんは体を離し、互いにいいようのない気恥ずかしさを感じながら向い合う。
顔がまともに見えないぐらい恥ずかしい筈なのに、チラチラとカイトさんの方を見てしまって、それで目が合って再び真っ赤になる。
そんなくすぐったくも幸せな空気を感じていると、カイトさんがなにか懐から小さな箱のようなものを取り出し、私に差し出してきました。
「……えと、リリアさん……誕生日、おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます。こ、これは?」
「オルゴールの魔法具です。その、初めて作ったんで、下手なのは許して下さい」
「……カイトさんが……私の為に?」
はにかむように笑いながら告げるカイトさんの言葉は、どうしようもないぐらい嬉しくて、また涙が零れそうになりました。
それを必死にこらえながら受け取った小さな箱……カイトさんが作ってくれたオルゴールの魔法具に手をかざす。
掌に乗るぐらいのサイズのオルゴールには小さな魔水晶が付いていて、マジックボックスと同じく使用者を限定する構造になっているみたいでした。
つまりこのオルゴールは、世界で私にしか使う事の出来ない魔法具で……本当に私一人の為だけに作られたもの……うぅ、こんなの反則です……嬉しくない訳がないじゃないですか……
はやる気持ちを押さえながら、使用者の登録をしてオルゴールを開いてみると……中には美しい青い宝石がちりばめられていて、まるで星空のように煌いています。
そしてその中央にある一番大きな宝石に手をかざすと……明るく、それでいてどこか優しさを感じる素敵な曲が流れてきました。
初めて聞く曲ですが……なんでしょう? なんとなく、今の雰囲気にピッタリのような気がします。
しかし、そこでサプライズは終わりませんでした。
曲が流れだすと同時に中央の宝石に光が灯り、箱の裏側に竜の紋章……アルベルト公爵家の家紋が浮かび上がり、その周囲に小さな星の形をした絵も浮かび、曲に合わせて動き出す。
「……凄く……綺麗ですね……この仕掛けも、カイトさんが?」
「はい。まぁ、その難しくて……よく見ると下手くそで申し訳ないですが……」
確かに言われてみると、浮かび上がっている家紋や星は、所々線が歪んでいるようにも感じられました。
でも、それは、すなわち……カイトさんが、この小さな宝石に必死に細工を施してくれたという何よりの証明で、その歪んでいる線すら、私にとってはどうしようもなく愛おしく感じられました。
「……良いんでしょうか? 私に……カイトさんに出会えただけでも奇跡みたいな事なのに……こんなに……幸せな事ばかり起こって……」
「良いに決まってます! リリアさんは、幸せになるべき……いえ、きっと幸せにします!」
「……はい、至らない所が沢山ある私ですが……よろしくお願いします」
正直ずっと私は恋愛というものに恵まれませんでした。
ルナやジークにさえ男運が悪いと言われる程で、今までは何度も何度も頭を抱えましたし……正直、それに関しては諦めてさえいました。
私は一生一人身のままか、平和な今の世では殆ど聞きませんが、貴族らしく政略結婚等で己の発言力を高める為に好きでもない相手と結婚するしかないと……
でも、奇跡って本当にあるんですね……こんな、素敵な人に巡り合えたのですから、私の運も捨てたものではないと思います。
いえ、もしかしたらこれは一生に一度だけの奇跡なのかもしれません……だとしても、その一度きりの奇跡の相手がカイトさんだったのなら、やはり私は幸運なんだと思います。
「……ところで、カイトさん? あまり見覚えの無い宝石ですが、これは?」
「あ、えっと、ミッドナイトクリスタルです」
「……は? え? あの……10年に1度市場に出るか出ないかと言われる? で、では、この妙に質の良い木は?」
「……世界樹の枝から作った木材です」
「……」
め、目眩がしてきました……ミッドナイトクリスタル? 世界樹の枝? この人は本当に、どこまで……
「……あ、あの、リリアさん?」
片手で頭を押さえる私に対し、カイトさんは恐る恐るといった様子で話しかけてきました。
その声を聞いて少し間を置いてから、私はゆっくりと手を降ろして、カイトさんの方を向いて……
「……ふ、ふふふ……」
「リリアさん?」
「全く、カイトさんにはいつも驚かされてばかりですよ」
「す、すみません……」
「でも、仕方ないですね……そういう所も含めて……好きになっちゃったんですから……」
カイトさんは相変わらず規格外で、私の常識なんて簡単に覆しちゃって……でも、それが、私が好きになったミヤマカイトという男性なんです。
きっと私はこれからも、カイトさんに沢山驚かされて、何度も頭を抱えると思います。
だけど、きっとそれと同じくらい……いえ、もっと沢山の幸せをこの人は運んで来てくれると確信が出来ます。
驚かされたり、困らされたり、助けられたり……そして一緒に笑い合う。それはきっと慌ただしくも幸せな日々で……今の私が心から、この愛しい人と歩んでいきたい未来でもあります。
「……カイトさん」
「はい?」
「幸せにして下さいね? 私も……貴方が私を好きになってくれた事を後悔しないように、もっともっと頑張ります」
「……はい。これからも、よろしくお願いします」
風の月7日目……23度目の私の誕生日に、青く輝く奇跡の光と、響き渡る祝福の曲と共に……私とカイトさんは恋人同士になりました。
次回、二人きりで旅行リリアVer