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物凄く柔らかかった


 慌ただしい食事を終えた後、レイさんとフィアさんは「後は若いお二人で」なんて、お見合いの付き添いみたいな台詞を言って、自分達の部屋に行ってしまった。

 お風呂も済ませてしまい、まだ寝るには早い時間だった事もあって、ジークさんの提案で一緒にお酒を飲む事になった。


「……へぇ、この家にこんな場所があったんですね」

「ええ、父にはかつて勇者役として招かれ、この世界に永住した友人が居るらしくて、その人の家にあったエンガワというのを気に入って、この家にも同じものを造ったらしいです」

「成程、確かに縁側ですね」


 ジークさんが案内してくれた家の裏手には、日本庭園みたいなものはないが、和風の縁側があった。

 ただ、やっぱり完全に同じという訳ではないというか、感覚が違うのか……ジークさんはレジャーシートに似た大きな布を縁側に敷いてから腰掛ける。

 俺も促されて座ってみると、庭園みたいなものこそないが、リグフォレシアの街自体が木々に彩られおり、風情がある感じがする。


「果汁酒で大丈夫ですか?」

「あ、はい」

「では、どうぞ、カイトさん」

「……ありがとうございます」


 縁側に腰掛けジークさんからグラスを受け取ると、ジークさんは穏やかな微笑みを浮かべ俺のグラスに果汁酒を注いでくれる。

 色は薄い茶で、一瞬梅酒かと思ったが、ほのかに漂ってくる香りはフルーツ系のもの……


「リプルの実を使ったお酒で、リヴェルといいます」

「へぇ、良い香りですね」


 成程、リプル……リンゴの酒か、なんて言ったっけ? カルバドスだったっけ? カルヴァドスだったっけ? ハッキリと名称を覚えてはいないが、初めて飲むのでちょっと楽しみだ。

 ジークさんにリヴェルを注いでもらった後、今度は俺がジークさんが手に持つグラスにリヴェルを注ぎ、軽くグラスを合わせて乾杯する。


 一口飲んでみると、熟成された上品なリプルの香りがアルコールと共に広がり、スッキリとした酸味と自然な甘さがとても美味しい。

 ビールとかの苦みあるお酒も美味しいが、こういう上品なお酒も良いものだ。


 まぁ、それはそれとしても、カーペットの敷かれた縁側で、グラス片手に果汁酒を飲むというのも、中々面白い光景だが……それを言ったら、この世界に来た初日にベランダに畳敷いてコーヒーを飲んでいるので、深くは考えない事にする。


「カイトさん、これを……ドライフルーツです」

「ありがとうございます。頂きます」


 リヴェルの美味しさに味わっていると、ジークさんがそっとドライフルーツの入った皿を差し出してくれる。

 ブランデーにチョコやドライフルーツをつまみとして食べるのは聞いた事があるし、実際食べてみると歯ごたえが心地良く、適度な甘みがリヴェルの味をよりまろやかにしてくれる。


「そういえば、ジークさんって、お酒は強い方なんですか?」

「私ですか? う~ん、嗜む程度ですね」

「なんか、酒に強い人が言いそうな台詞ですね」

「いえいえ、本当にごく普通です……私とリリとルナの三人の中では、ルナが一番お酒に強いですね。少なくとも私は、彼女が酔っている所は見た事がありません」

「へぇ……」


 ルナマリアさんはお酒に強いらしい。確かにそんなイメージがある。逆にリリアさんは、なんか、勝手なイメージだけど弱そうだ。

 そんな事を思っていると、ジークさんは俺の考えを読みとったみたいで、優しげな苦笑を浮かべる。


「カイトさんのイメージ通り、リリはお酒に弱いですよ。それこそ、数杯飲むと泥酔します」

「あはは、失礼かもしれないですけど、思った通りですね」

「ちなみに私はエールやビールといった種類のお酒が苦手でして、もっぱらワインか果汁酒ですね」

「あれ? この世界にもビールってあるんですか?」


 なんと、この世界にもビールがあるらしい。いや、まぁ確かに、マヨネーズとかチョコレートも見た覚えがあるし、そっち関係が広まっていてもおかしい事ではないか。

 となると、日本酒とかもどこかにありそう……というか、ノインさんとか持ってそうだ。


「ええ、シンフォニア王国やハイドラ王国では非常に人気がありますが、アルクレシア帝国ではいまいち不人気ですね」

「アルクレシア帝国では、人気が無い? あっ、もしかして、ドワーフ族が多いからですか?」

「その通りです。ドワーフ族は強いお酒を好むので、あまりビールは好きではないみたいです」

「成程……エルフ族もビールはあまりって感じですか?」

「いえ、エルフ族はビールを好む者も多いですよ。単純に私が苦手なだけです……けど、そうですね。一番人気があるのは、やはりワインでしょうね」


 そんな風に穏やかに雑談を続けながらグラスを傾け、のんびりとした心地良い時間を味わっていると、ふと月明かりと淡い魔法具の照明に照らされたジークさんの横顔が目に映った。

 お酒を飲んでいる為、微かに上気したような赤みのある横顔は、元々の美人な顔立ちにどこか艶っぽさまで加わっており、思わず見とれてしまった。


 するとジークさんは、少しして俺の視線に気付いたみたいで、穏やかな笑みのままで首を傾げる。


「……耳が気になりますか?」

「へ? あ、あぁ、えっと、そうですね。やっぱりこう、エルフ族の特徴って感じで、少し気になりますね」


 どうやら俺が横顔では無く耳を見ていたと思ったらしく、ジークさんは自分の耳……エルフ族特有の細く横に長い耳を指差す。

 俺もまさか、貴女の横顔に見とれてましたなんて言える訳もなく、ジークさんの言葉に同意して頷いた。


「寝るときとか、横向きに寝転ぶと痛かったりするのかなぁって……」

「ああ、成程。ですが大丈夫ですよ。エルフ族の耳は人間のものよりかなり柔らかいので」

「な、成程……」


 そう言って軽く自分の耳を触るジークさんの仕草を見て、その耳を凄く触ってみたくなった。

 なんていえばいいのか、ちょっと違うかもしれないけど肉球しかり胸しかり、人間には……いや、男には己にはない柔らかい部分に触れたいという欲求があるのかもしれない。

 ……って、俺は何を馬鹿な事を考えてるんだ? いくら恋人になったからって、耳触らせて下さいなんてデリカシーの無い発言は……


「……触ってみます?」

「ごふっ!?」

「カイトさん!?」

「……げほっ……ごほっ……」

「だ、大丈夫ですか?」


 心の中の欲求を完璧に見透かされた発言を受け、衝撃と共に酒が気管に入りこみ、思いっきりむせてしまった。


「す、すみません……大丈夫です……そ、それはそうと、えと、本当に、触って良いんですか?」

「え? えぇ……」


 柔らかいという長耳には是非触りたいところだが、もう一度ちゃんと確認しておく。

 ジークさんは優しいので、嫌だけど俺を気遣ってくれているという可能性もあるので、感応魔法での探知を強くして、ジークさんの返答を……


「ほ、他の相手なら、嫌ですが……か、カイトさんなら……良いですよ。こ、恋人同士に……なったんですし」

「ッ!?!?」


 そしてジークさんの返答を聞いて、感応魔法を強くしていた事を後悔した。

 ジークさんから伝わってくる溢れんばかりの好意と、恥ずかしそうにもじもじと体を動かす仕草に、脳天を巨大なハンマーでぶち殴られたような衝撃を受けた。

 か、可愛すぎる……ちょ、ちょっと、思わぬ所から理性に凄まじいダメージを受けた気がする。


 心臓がかなりの速度で脈打つのを感じながら、微かに顔を伏せるジークさんを見て、殆ど無意識に手が伸びた。


「……じゃ、じゃあ、失礼して」

「あっ!? ちょっと、待っ――ひゃぁっん!?」

「ッ!? す、すみません!? つ、強かったですか?」


 許しを得てから触ったつもりだったが、途中でジークさんから制止の声がかかり手を止めようとしたが、時すでに遅く俺の手は既にジークさんの耳に触れていた。

 ジークさんのいった通り、まるでマシュマロかと思う程柔らかく触り心地の良い耳だったが……直後にジークさんが大きな声を出したので、慌てて手を引いた。


「……い、いえ、えっと……エルフ族の耳は、風を読んだりするので……その、敏感なんです。なので、もう少し、優しく触って……ください」

「は、はい、すみません……じゃ、じゃあ、その、改めて……」

「はい……んっ……ふっぁ……」

「本当に、凄く柔らかいですね」

「そ、そうですか……んひゅっ……ぁっ……ひゃぅ……」


 エルフ族の耳は感覚が強いみたいで、優しく触らないと駄目らしい。先走ってしまった事を謝罪してから、もう一度ジークさんの耳に手を伸ばしてそっと触れる。

 すべすべで柔らかく、それでいて弾力もあり、手に吸いつくような心地良さ……これ、癖になりそう。


 そしてやはり敏感というのは本当らしく、耳に当てた手を動かす度、ジークさんが小さく色っぽい声を出す。

 なんか物凄くドキドキするんだけど!? え? 今耳触ってるだけだよね!? で、でも、お酒のせいもあってジークさん妙に色っぽいし、や、やばい、これ以上は本当に……


「あ、ありがとうございました」

「はぁ……は、はい」

「えっと、その、なんか、すみません」

「い、いえ!?」

「……」

「……」


 あれ? さっきまで普通に話せてた筈なのに、緊張してロクにジークさんの顔が見れないんだけど!?

 なんとなく気恥ずかしい沈黙が場を支配し、俺とジークさんはしばらく無言で見つめ合い、どちらともなく縁側に座り直す。

 そして恥ずかしくなった空気を振り払うように、改めてお酒を口に運んだ……先程までより、少しだけ近い距離で……


 拝啓、母さん、父さん――恋人同士になると、やはり色々感覚は違ってきて、ふとしたジークさんの仕草にも思わずドキッとしてしまった。それはともかくとして、エルフ族の耳は、ジークさんの言葉通り――物凄く柔らかかった。





熟年夫婦のようにのんびり穏やかで、初恋人のように初々しい……和むコンビです。

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― 新着の感想 ―
[一言] …忘れるって怖いな…くそぅ…(>罒<;//) でもこのドキドキ感は記憶が薄れてるこその醍醐味…(´ー`*)
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