穏やかな気持ちになれる気がする
木々の隙間から差し込む光に目を細めながら、綺麗な森の中を歩く。
昨晩はまったく眠る事が出来なかったので、結構体は重い気がするが、美しい周囲の景色を見ていると、自然と活力が湧いてくる。
俺の少し前にはジークさんが歩いており、時々こちらを気にするように視線を動かして微笑んでくれる。
「カイトさん、大丈夫ですか?」
「ええ、空気が美味しいですね」
現在俺がジークさんと共に森を歩いているのは、簡単に言えば散策のようなものだ。
リグフォレシアに着て二日目になり、宝樹祭の時には見れなかったリグフォレシア周囲の森を案内してくれるとジークさんが提案してくれた。
確かに俺は、リグフォレシアの街と精霊族の森以外は見ていなく、この広大な森はもっと色々見てみたかったのでありがたく誘いに乗らせてもらった。
ジークさんが連れてきてくれた場所は、以前の宝樹祭では狩猟祭の舞台になった森で、動物が多く生息している場所らしい。
エルフ族が狩りを行う場所でもあるので、リグフォレシアの街からの道もしっかり整備されていて、なんだかんだで結構歩きやすい。
生い茂る木々はどれも青々としていて、景色の美しさもさることながら、空気もとても美味しく感じるし、事前に聞いた説明通り、あちこちに小さな動物の姿を見る事が出来る。
動物が多いという事は、当然ながら魔物も多く俺一人ではとても来る事は出来ないが、今はジークさんが居るし……いざとなればどこかにいるであろうアリスも駆けつけてくれるので安心と言える。
気分はハイキングといった感じで、緑豊かな森の中をジークさんと一緒に進んでいく。
時折ジークさんは立ち止まり、植物や動物について簡単な説明をしてくれる。
やはり流石は異世界というべきか、元の世界では見た事の無い植物や動物も多く、ジークさんの丁寧な説明はとても分かりやすく楽しかった。
「……あまり、魔物は見かけませんね? あ、いや、俺としてはありがたい事ですが……」
「以前死王様によりブラックベアーが絶滅しましたからね。それに界王様の結界の影響もあって、前以上に街に近付く魔物は少ないみたいです」
流石アイシスさんというべきか、流石リリウッドさんというべきか……リグフォレシアの周辺は以前よりかなり安全になっているみたいだ。
そうなると狩猟で得られる獲物が少なくなるんじゃないかと思ったが、そもそもエルフ族は肉をあまり好んで食べないらしく、むしろ安全に果実を育てられる場所が増えてありがたいみたいだった。
まぁ、どちらにせよ、そのおかげで俺は今のんびりと散策を楽しめているので、ありがたい事だ。
のんびりとジークさんと一緒に散策を楽しんでいると、知らず知らずの内に結構時間が経っていたみたいで、太陽がかなり高い位置に見えた。
「……そろそろお昼時ですかね?」
「ええ、折角なので、お弁当を作ってきました……お口に合うと良いんですが……」
「ありがとうございます。ジークさんの料理は美味しいので、楽しみです」
「ふふふ、煽ててもなにも出ませんよ」
お昼はどうするのかと思って声をかけると、ジークさんは微笑みを浮かべて弁当の入った包みを取り出してくれる……正直ちょっとだけ期待していた。
そして近場で開けた場所を探し、大きめの布をシート代わりに敷いて、ジークさんと一緒に座る。
その後でジークさんは敷いた布の四方に、何やら小さな魔法具らしき物を置いていく。
「ジークさん? それは?」
「ああ、弱めの結界を広く張る魔法具ですよ……食事中に魔物が寄って来ては困りますしね」
成程、魔物避けみたいなものかな? 確かに食事中って結構無防備だし、そういうものがあると安心だ。
そしてそれを置き終わると、ジークさんは改めて弁当の入った包みを俺の前に置く。
「母さんには、まだまだ敵いませんが……」
「そんな事無いです。ジークさんの料理は本当に美味しくて、俺は凄く好きですよ」
「あ、ありがとうございます」
少し照れたように微笑みを浮かべながら、ジークさんは美味しそうなお弁当を広げてくれる。
ミニハンバーグに卵のサラダ、シンプルなサンドイッチ……どれも美味しそう……というか、俺の好物ばかり並んでいて、恥ずかしながらテンションが上がってしまった。
なんて言うか、弁当って妙なワクワク感があって、普通に皿に並べられているよりも美味しそうに見えるから不思議だ。
「いただきます」
「はい、どうぞ、召し上がれ」
ニコニコとした優しい笑顔に押され、まずはサンドイッチを口に運ぶ。
ハムとレタス? にピリッと少し辛めの調味料で味付けされていて、塩っ気が食欲を掻き立てる。
そのまま続けて、小さな木製のフォークが添えられた卵のサラダを口に運ぶと、これも本当に丁寧にほぐされていて柔らかく優しい口当たりと共に、爽やかな野菜の風味が口に広がってくる。
やっぱりジークさんの料理は優しい味で、本当に美味しい……と言うか、食べる度にどんどん俺好みの味になっているような気さえする。
「沢山ありますから、ゆっくり食べて下さいね……あっ、お茶もありますよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
う~ん、なんだろう? なんていうか……こういうのって、なんか、良いな。
緑いっぱいの自然の中で、穏やかに微笑みを浮かべるジークさんと一緒に弁当を食べる……なんだか、凄く暖かいというか、とても穏やかな気持ちになってくる。
ゆったりとした幸せを感じながら食事を進め、結構多めにあった筈の弁当を全て食べ終える。
お腹が膨れたタイミングで、ジークさんはそっと熱いお茶を用意してくれて、俺は改めてお礼を言ってそれを受け取り口に運ぶ。
「……ふぁ」
「カイトさん?」
「あっ、す、すみません」
「……もしかして、あまり寝て無いんじゃないですか?」
「……えっと、実は、少しだけ……」
凄くリラックスして気が緩んでいたせいだろうか、つい口からあくびがこぼれてしまった。
「……カイトさん、良かったら少し寝ますか?」
「え? いや、でも……」
「遠慮せずに、少し休んでください」
そう言いながらジークさんはマジックボックスから大きめの布を取りだし、それをくるくると巻いて枕のようにしておいてくれる。
確かにお腹も膨れて、結構眠いし……寝て良いという提案は大変魅力的だ。
それにジークさんが折角俺を気遣って提案してくれたんだし、断るというのも気が引ける。
「……じゃ、じゃあ、少しだけ」
「はい」
ジークさんの提案に甘えて、少しだけ横になる事にして、ジークさんが用意してくれた枕に寝転がる。
するとジークさんは薄めの毛布を取り出し、優しく俺にかけてくれた。
「……えっと、じゃあ、少し経ったら起こして下さい」
「分かりました」
横になった事で一気に眠気が襲ってきて、重くなっていく瞼を感じながらジークさんに声をかけると、ジークさんは俺を安心させるように優しい笑顔を浮かべてくれる。
そして、ゆっくりと俺に近付き、そっと髪が撫でられる感触と共に、美しい声が聞こえてきた。
「~~♪ ~~」
「……歌、ですか?」
「ええ、歌詞は無いですけど……よく子守唄に歌われる曲です。耳障りなら止めますが?」
「いえ、良かったら続けてください」
「はい……~~♪」
優しく美しい旋律は、心地よい響きと共に俺を眠りへと誘っていく。
ジークさんって……歌も上手いんだ。本当になんでもできる大人の女性って感じで、素敵な人だなぁ……
そんな事を考えながら、ゆっくりと意識が遠のいていく中……歌に紛れて、小さな声が聞こえた気がした。
「……カイトさん……貴方が眠っている間に、私も覚悟を決めます……貴方が目覚めたとき……この想いを……伝えさせてください」
その言葉をしっかりと理解するより先に、俺の瞼は完全に落ち……意識はまどろみの中へと沈んでいった。
拝啓、母さん、父さん――ジークさんと一緒に森の散策に来て、美味しい弁当をご馳走になったよ。そうしたら徹夜したせいか一気に眠気が襲ってきて、ジークさんの厚意に甘えて昼寝させてもらう事になった。なんというか、ジークさんと一緒だと本当に心が落ち着くっていうか、凄く――穏やかな気持ちになれる気がする。
ジークの魅力はこういうほっこりした感じですね。包み込んでくれる大人の女性……素敵です。
快人は爆ぜろ。
次回、告白。