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閑話・クロムエイナ~虚無から生まれた優しき怪物~


 太古と呼んで間違いない程の昔、世界に一体の怪物が生まれた。否、生まれたと言うよりは突然現れたという表現の方が正しい。

 怪物は生まれながらにあまりにも強大な力を有していたが、反面それ以外は何も持っていなかった。定まった姿もない黒い煙の様な外見、空っぽの中身――虚無という言葉がそのまま力だけを持って形になったと言って過言ではない怪物は、まず初めにそれを探し始めた。


 まずは己の姿かたちを、次に己の意味こころを、一つ一つ、まるで暗闇を手探りで進むかの如く、世界中を巡りそれを探した。

 或いはそれは動きまわる災害と言っていいものだったのかもしれない。怪物は世界の多くの物に触れ、多くの場所を見て、いつしかこう考える様になった。


 世界は――不純物だらけだと――


 単純ではなく複雑で、どうしようもない程不安定で、呆れるほどに広く深い。世界を旅する中で怪物の空っぽだった体にも少しずつその不純物は残り、溜まっていった。

 そしてどれだけの年月が経っただろうか? 気の遠くなる程の時間をかけて世界を回り、不純物を貯め続けた怪物は己が生まれた場所から再び世界を見た。


 この世界は不純物だらけだ。純粋でも無く、合理的でも無く、不確かで脆い。常に虚い変わりゆく、まるで一つの生命の様な存在。

 

 だからこそこの世界は――こんなにも美しく、愛おしいのだと――


 銀白色の髪が風に揺れ、金色の瞳が世界を映す。多くの不純物を得て確かな形となった心が、穏やかな微笑みとなって現れる。

 そして、ともすれば世界を滅ぼしていたかもしれない怪物は再び歩き始める。姿かたちを得て意味こころを作り――己の不純物クロム集合体エイナと定めて――新しい歩みを刻み始めた。

 その名を冠する物語――『怪物だった者』の話は、かつての己によく似た幼子に手を差し伸べる所から始まった。


「一緒に行こう!」

「……」


 幼子を抱き上げ、始まりの名として『アイン』という名を与え、クロムエイナという魔族は本当の意味でこの世界に誕生した。



















 クロムエイナという一体の高位魔族が居る。膨大な力を有しながら、富や権力に無頓着で、自由という言葉が服を着て歩いている様な掴み所の無い魔族。


「おぉ、美味しそうだね~一本頂戴~」

「まいどあり!」


 新年が近付き賑わう人族の街、露店で串焼きを購入したクロムエイナはそれを美味しそうに食べながら賑わう街並みを眺める。

 クロムエイナはよくこうしてあちこちの街に現れては観光や食べ歩きを行う。己のテリトリーを定め、配下や眷族を動かし、自身はあまり出歩かない者が多い単一種の高位魔族としては珍しい趣味ではあるが、クロムエイナはこうして世界と関わるのが好きだった。

 定まった本来の姿というものを持たないクロムエイナは、その時の気分によって少年だったり青年だったりと姿を変える事と、それなりに知られている名で騒ぎにならない様に平時は情報隠蔽の魔法を纏っている事もあり、街ゆく人々は串焼きを片手に歩く少女が有名な魔族であると言う事には気が付かない。

 ただクロムエイナを知る者達にとっては、お気に入りの外見である少女の姿で歩いているのを見れば、彼女が上機嫌である事をすぐ察する事が出来るだろう。


 クロムエイナという魔族は、多くの意味で変わり者と言える。

 高位魔族ではあるが配下を持たず、人族や神族といった他種族も差別したり見下したりする事も無く、平民と言える屋台主等にも気さくに話しかける。

 それは一重に彼女が差異こそあれ、この世界とそこに住む者達を心から愛しているからに他ならない。だからこそこうして街をのんびりと歩き、少しずつ移り変わる世界を眺めるのが好きだった。


 無論彼女にも好みや嗜好は存在する。お気に入りの姿は現在の少女の姿で、滅多にないが機嫌が悪い時は魔獣の様な姿になる事もある。甘い物が好きで、特に歩きながら食べられるサイズの物を好む。

 他者に関して言えば、基本的にどんな性格の相手も好きと言えるが、誰かを傷つけたりする行為を行う者は好まない。

 そう彼女は好きな物は非常に多く、逆に嫌いな物は極端に少ない。ただそんな幅広い好きの中でも、彼女にとって特別好むものが一つある。


「……お?」


 笑顔を浮かべながら街をのんびりと散策していたクロムエイナの足が止まる。視線の先に見えたのは、大きめの噴水とその前に立つ青年の姿。

 黒に薄く茶の入った髪、特別美形という訳でも無くかと言って醜い訳でも無い顔立ち、やや痩せ形だが不健康という程でもない身体と170cm前後程の平均的な身長。良くも悪くも平凡という言葉が当てはまる人物だったが、クロムエイナはその青年を見つめながら呟いた。


「……雛鳥だ……」


 呟いたその表情は、まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供の様でもあり、愛しい我が子を見る母の様でもあった。

 ――雛鳥。クロムエイナは時折他者をそう表現する事がある。しかしそれは決して馬鹿にしている訳ではなく、むしろ彼女にとってその表現は良い意味で使われる言葉だった。

 どこか不安げに周囲を見る青年の瞳、その奥にある感情の機微……それは『何も持っていなかったかつての自分自身』と同じであり、彼女が一番好むものと言えた。

 だからこそクロムエイナは少しの迷いも無く青年に向けて足を進める。青年にかかっている認識阻害の魔法を解除し、青年には己の情報隠蔽の魔法が効力を及ぼさないようにしながら……


「どうかした? 何か困ってるみたいだけど?」


 久方ぶりに見つけた『昔の自分に良く似た相手』との出会いを心から楽しむ様に、満面の笑みを浮かべて青年に声をかけた。




















 自分の膝の上で眠る青年――快人の頭を心から愛おしそうに撫でながら、クロムエイナは優しい微笑みを浮かべる。

 まだまだ何も知らない無垢で愛しい雛鳥、今の彼女の何よりのお気に入りの存在。


「少しずつ、変わっていく……」


 優しく呟く言葉。

 彼女は空っぽで、それでもその心に何かを求める相手が……羽を求め、空を飛びたいと願いながらも、それの得方が分からず手探りで探している雛鳥が何より好きだ。


「カイトくん……いつか君の羽が生え揃って空に飛びあがる時、君はボクにどんな綺麗な翼を見せてくれるんだろうね? 今から、楽しみでしょうがないよ」


 彼女にとって雛鳥とは『無限の可能性』を持った存在。空っぽの心で何かを求め、いつしかそれを見つけて翼へと変え、大空へ羽ばたいていく。

 彼女はそれを間近で見るのが何より好きだ。

 そっと視線を動かせば、そこには多くの『かつて雛鳥だった者達』が居る。


 始まりの名を得て、誰よりも長く己の傍に居続ける事を望んでくれた高位魔族。


 多くの知識を得て、幅広い分野で活躍するリッチ。


 住み慣れた場を離れ、自然を愛し無邪気に飛び回る妖精。


 異質と呼ばれた日々に折り合いを付け豪胆に笑うオーガ。


 探し求めた答えを得て、魔族へと変わった人間。


 皆形は違えど美しい翼を得て、無限に続く世界という空を飛びまわる愛しくてたまらない家族達。


 クロムエイナという一体の高位魔族が居る――強大な力と深く温かな優しさを持ち、不純物だらけで不確かに虚い変わる世界を愛し続ける変わり者。

 彼女は今日も愛しい世界を見つめ、そこに生きる人達を祝福するかのように、虚無から生まれた己を満たし続けてくれる不純物に感謝する様に――慈愛に満ちた笑顔を浮かべていた。







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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、女神様かな? [一言] うん、完全に女神様だわ。クロ様すこ……
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