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友達から恋人へと

本日は三話更新です。これは三話目なのでご注意を。

 アリスから受け取った黄金の果実を差し出した瞬間、明らかにクロの雰囲気が変わった。

 表情が消え、金色の瞳が微動だにせず俺を見据える。

 その異質な気配に、次の言葉が続かずに沈黙していると……クロはゆっくりと顔を伏せた。


「……ふ、ふふふ……あはは……アハハハハハハ!!」

「ッ!?」


 まるで狂ったように笑うクロの体から、黒い煙が噴き出し、それは瞬く間に部屋全体を包み込む。

 空間全てを飲み込むような煙により、一瞬で視界が黒一色に染まる。


 なんだ、これ? 何なんだここは……


 気がつくと俺は上も下も分からない黒一色の空間に立っていた。いや、本当に立っているのか、それとも浮いているのか、それすらも分からない。

 距離感すら読みとれない程の漆黒なのに、何故か自分の体だけはハッキリと見える。そんな異常とも言える空間は、どうしようもないほど息苦しかった。

 まるで空気そのもので体が締め付けられているような感覚と共に、微かに体が震えているのが分かった。


 いつの間にか手に持っていた筈の黄金の果実は消えており、そして俺の視線の先、黒一色の景色の中に突如輝く金色の瞳だけが現れる。


『あれ~? 思ったより、元気そうだね? へぇ、あの子達の作った障壁か……ふふふ、はははは!!』

「……クロ?」


 まるで狂気に染まったかのような不気味な声が空間に響く、聞き覚えがある筈のその声が、まるで未知の音のように聞こえる。


『……あ~やっと……やっとだよ……長かったなぁ~』


 嘲笑うような声と共に黒い空間に浮かぶ瞳が揺れる。

 一体何を言ってるんだ? アリスは、クロは俺を拒絶するとそう言っていた……だが、どうもクロの様子は想像していたものと違う。


『何度も、何度も失敗したけど……嬉しいよ、カイトくん。やっと『成功』してくれた』

「……成……功?」


 何を言ってるのか分からない……ただ、どうしようもなく重く恐ろしい空気が俺の体を覆い尽くしていく。

 まるで化け物の腹の中に収まってしまっているような、抵抗も何も無意味だと感じられる程の威圧感……コレは殺気では無い筈なのに、クロは笑っている筈なのに、膝が崩れそうになる。


 クロは思ったより平気そうだと言っていた……つまり今のこの感覚は、アリス達が用意してくれた防御魔法で軽減されているという事……軽減されていて、この圧力なのか? クロの本来の力って……一体どれだけの……


『……カイトくんはさ~ドミノ倒しって遊び、した事ある?』

「ドミノ?」

『そう、ドミノ……アレってさ、一番楽しいのはいつだと思う? 倒す瞬間なんだよ』

「……ぐっ……あっ……」


 どんどん体を襲う圧力が増し、ミシミシと何かが軋む様な音が聞こえてくる。

 たぶんアリス達が張ってくれた障壁が悲鳴を上げているんだろう……もし、障壁が無かったとしたら俺の意識はとっくに刈り取られていたかもしれない。


『大事に大事に、我が子みたいに大切に育てた雛鳥……その綺麗に生え揃った翼を『引き千切る』瞬間が、一番、本当に、楽しみだったんだよ!!』

「……なっ……に……を……」

『でもさ、中々上手くいかなかったんだよね。ほら、ボク拘っちゃう方だからさ……どうしても、一番綺麗な翼を千切りたかった……ボクに『恋をしてくれた』最高に綺麗な翼を!!』

「……あ、あぁぁ……」


 その瞬間、遂にソレは放たれた。

 一瞬で思考が黒色に塗り潰され、叫び出してしまいそうな恐怖に襲われる……混じり気の無い、強烈な殺意。

 それはアイシスさんと遭遇した時を遥かに上回り、頭に死という言葉が強烈に焼きつく。

 体は金縛りのように動かず、恐怖だけが肌の上を這っているような強烈な吐き気を伴う不快感。


『ふふふ、無駄だよ。カイトくん……ボクがその気になれば、そんな防御魔法、何の意味もない……シロの助けを期待しても無駄だよ。ボクの作りだした空間に、シロは入れない……』

「ぐっ……あっ……ッ!?」


 冷たい言葉と共に、左手の感覚が――消えた。

 視線を動かしてみると、俺の左手……いや、左の肘から先が消えていた。

 痛みはない……だけど手がある感覚も無い。漆黒の空間に飲み込まれたかのように、まるで初めから手なんて存在して無かったみたいに……


『大丈夫……ちゃんと、美味しく食べてあげる……少しずつ、少しずつ……』

「……」


 変化があったのは手だけでは無かった。

 クロの言葉と共に、足先から徐々に感覚が消え……黒い空間に消え始める。


 なんだコレ? どうなってるんだ? 俺は、一体、どうなるんだ……


『……君は、死ぬんだよ』

「…………」


 クロの言葉は嘘なんかじゃない。クロが本気で俺を殺すつもりなのは、頭で考えなくても理解出来た。

 むしろ、体がそれを理解してから、ようやく思考が死について考え始める。


 ……死……ぬ? ああ、そうか……俺、死ぬのか……

 なんだろう……恐ろしい筈なのに、死にたいなんて思ってない筈なのに……もう、心が折れてしまったんだろうか? その言葉を、何の抵抗も無く受け入れている自分がいる。

 

 体だけじゃなく、思考まで黒く塗りつぶされているような……どうしようもない感覚。

 暗くて、冷たい……俺の体は今どれだけ残ってるんだろうか? もう、消えてしまったんだろうか? なんで、なにも感じないんだろう? もう感覚すら……消えてしまったのだろうか? 寒さだけは感じるのに……


『……ねぇ、カイトくん? 絶望の味はどうかな?』

「………………」


 絶望……そうか、この感覚が絶望っていう感情なのか……あぁ、そうだ。よく考えたら覚えのある感覚だ。

 潰れた車の中で、冷たくなっていく母さんと父さん……車体の隙間から覗く、暗い曇り空……冷たくて暗い、あの感覚だ。

 怖い……寒い……怖くて……凍えそうだ。


『……ねぇ、最後に聞かせて? 絶望に染まった、君の声を……』

「……………………」


 最後? そうか……最後か……俺はこれからクロに殺される。これから俺を殺すクロに、俺はなんて言葉を残すんだろうか?

 もう、ロクに頭が回らない……何も、考えられない……考えたくない……


 消えゆく思考の中で、黒に塗りつぶされていく視界の中で、俺の口からは自然と、最後の言葉が零れ落ちた。


「……クロ……今まで……ありがとう」


 あはは……呆れ果てたもんだ。こんな状況になっても俺は、クロには感謝の感情しかないみたいだ。

 死ぬのは怖い筈なのに、クロ個人に対しては怒りも恐怖も湧いてこない……クロに殺されるなら、それでもいいかなってそんな風に思ってしまう……心底惚れてるんだなぁ……


『……』


 直後、空間全体が大きく揺れた。

 そして消えかけていた筈の思考が、感覚の無くなっていた体が、急激に熱を帯び始める。

 体を包みこんでいた恐怖も、凍えるような冷たさも……なにもかも、一瞬で消え失せると共に、視界がいっきに開け、黒い空間に浮かぶ金色の瞳が見えた。

 

 そして変化があったのは俺だけでは無い。

 金色の瞳もまた、何故か大きく揺れている。


『……んで……なんで……なんでっ!!』

「ッ!?」


 あまりにも大きな叫び声、その声は先程までの不気味な感じでは無く、強い感情が籠っている。


『ここまでやってるのにっ!! なんで、ボクの事を『怖がって』くれないの!? なんで、ボクから『離れようと』しないの!?』

「……ク……ロ……?」

『どうしてっ!! 帰っちゃうくせに!! ボクの前から居なくなっちゃうくせに!! なんで、ボクをこんなに迷わせるのっ!!』

「……」


 それは泣き叫ぶような悲痛な声で、一声毎に漆黒の空間が、まるでクロの心を表すように大きく揺れる。


 ……そうか、ここか……今、クロが俺に向けて放っている激情……それが、クロの一番奥にあった本心。


 つまり、さっきまでのは演技だったって事か……ははは、本当にとんでもない奴だ。

 たぶん俺の感応魔法とかの影響も考え、俺がそれを本心だと思い込むように、上手く感情を誘導していた。

 そして少しずつ殺意を強くして、恐怖をより感じるように死が身近に感じられるように調整してた訳か……恐れ入った。


「……クロ……」

『ッ!?』


 そこで再び……まるで思い出したかのように強烈な殺意がクロから放たれ、風が吹いてる訳でもないのに体が大きく揺れた。

 だけど、大丈夫。体は消えてなんかいなかったし……ちゃんと動く! 心も、もう折れない!!


『……こ、来ないで……来ないでよ……』

「……」


 足元すら分からない漆黒の中を、俺は確かな足取りで進む。

 目の前に見えている金色の瞳とは『別方向』に……


 そして怯えるようなクロの声で確信した。あの目はダミー……クロはこの先に居る。


 前も見えない黒い空間の中だが、何故かクロがいる場所だけはハッキリと分かった。

 一歩、一歩、足を進め……俺は何も見えない暗闇に手を伸ばす。


 手になにかが触れる感触、それを掴み、引き寄せる。


「……ぁっ」

「ッ!?」


 小さな声と共に漆黒の中から現れたのは……『黒い髪のシロさん』?

 いや、姿なんて関係ない。これは、クロだ。


 動揺した表情を浮かべるクロを、俺は力一杯……全力で抱きしめた。


「……クロ、好きだ」

「っ!?!?」


 ありったけの想いをたった一言に込め、クロに告白した。

 クロの体がビクッと動くが、抵抗する様子はない。


「この世界に来て、いつも、いつも、クロの笑顔に元気付けられた。これからも、楽しそうに笑うクロと一緒にいたいって、そう思った」

「……カイト……くん」

「クロが何と言おうと、どんな事をしようと……俺はクロを怖がらない。離れもしない……なぁ、クロ? 宝物……見つかったよ。お前が好きだ……誰よりも……何よりも……」

「っ!?」


 強く抱きしめながら告げた俺の言葉を聞き、クロの体からフッと力が抜ける。

 そしてその瞬間、黒い空間にヒビが入り粉々に砕けると共に、景色が見慣れた俺の部屋に戻った。

 戻ったのは景色だけでは無く、クロも見慣れた銀白色の髪の少女の姿に戻っていて、体を震わせながら俺の服を摘む。


「……馬鹿……馬鹿だよ……カイトくんは……本気見せたのに……無理やり恐怖の感情を叩きつけたのに……それでもボクが怖くないなんて……」

「……うん。そうかもしれない」

「馬鹿……馬鹿……ばか……ばか……すき……好き……ボクも! カイトくんが好き!!」


 クロの目から涙が零れ、好きという言葉と共に俺に飛びついて来た。

 涙を流しながら俺の胸に顔を埋め、小さく肩を震わせるクロを優しく抱きしめる。


「……ごめん……ごめんね……怖い思いさせて……」

「別に、気にしてないよ。本当に怖かったのは……クロの方だろ?」

「……うん……怖かった……カイトくんに告白されたら……ボクはもう……カイトくんの事……諦められなくなっちゃうって……カイトくんが居なくなったら……二度と笑えなくなっちゃうって……」

「居なくならない。約束する……絶対クロの笑顔を奪ったりしない」

「……カイト……くん……ッ!?」


 俺の言葉を聞いたクロは、先程までより強く俺にしがみ付いた後……ゆっくりと顔を上げ、潤んだ目で俺を見つめる。


「……カイトくん……好き。大好き」

「うん。俺も、クロの事が好きだ」


 再び想いを伝えあうと、クロは静かに目を閉じた。

 窓から差し込む月明かりに照らされ煌く銀白色の髪を撫でてから、俺はゆっくり姿勢を低くし……その小さな唇に、自分の唇を重ねた。


















 告白も終わり、これで晴れてクロと恋人同士になった訳なんだけど……滅茶苦茶恥ずかしい!? どうしよう!? まともに顔見れないんだけど!?

 一段落した事で急に恥ずかしさが湧きあがってきて、悶絶したい気持ちになっていると、クロはどこからともなく、俺が差し出していた黄金の果実を取り出して微笑む。


「カイトくん、これ、誰に貰ったの?」

「……え? えっと、アリスだけど……」

「ふふ、そっか……じゃ『意味』は知らないのかな?」

「え? 意味?」


 そう言えば結局あの黄金の果実が何だったのか、分からないままだったのを思い出し、微笑むクロに首を傾げて聞き返す。

 するとクロは頬を微かに染め、はにかむように笑いながら告げる。


「黄金の果実を贈るのって、精霊族の『求婚』だよ」

「へ? えぇぇぇ!?」

「黄金の果実を贈って、相手がそれを食べてくれたら成立ってやつだね。人族も結構真似してやってるみたいだから、てっきり知ってるのかと思ったよ」

「そ、そうだったのか……」


 アリスのやつ、なんてもの渡してるんだ!? つまり俺は、告白するより先にクロにプロポーズしていたらしい……なにそれ、物凄く恥ずかしいんだけど!?

 顔に熱が集まるのを感じている俺の前で、クロはごく自然な動作で手に持った黄金の果実を齧る……って、えぇぇ!?


「ちょ、く、クロ!?」

「あっ、これ結構新鮮な感じで、美味しいね」

「い、いや、美味しいね、じゃなくて……」


 それクロが食べるのってつまり、俺の求婚を受け入れるって事なんじゃ……あ、ヤバい、もっと顔熱くなってきた。

 そんな俺を楽しそうに見つめた後、クロは自然な動きで俺の元まで歩いて来て、そっと俺に抱きつく。


「……あぁ……やっと……やっと、見つかった」

「クロ?」

「……長かったなぁ、本当に……やっとボクに『対等に接してくれる』……『隣に立ってくれる相手』が見つかった……」

「……」


 クロの目からは再び涙が零れ、俺の体を宝物でも扱うように優しく抱きしめる。

 クロはずっと欲しくて探しているものがあると言っていた……そして、今それが見つかったとも……


「……カイトくん……ちゃんと、全部話すよ……ボクの事も……ボクの欲しかったものも……ボクの全部を、カイトくんに教える」

「うん」


 甘えるように俺に抱きつき、身を預けてくるクロを、俺も抱き返す。

 じんわりと心が包まれるような嬉しさ感じ、心地良い手触りの髪を撫でる。


「でも、少しだけ……本当に少しだけ……待って」

「うん?」

「今は……カイトくんの事が好きだって気持ちが溢れてきてて……カイトくん以外の事、考えられない。考えたくない」

「……大丈夫。焦らないし、俺はここにいるから……ゆっくりでいいよ」

「……うん。カイトくん……好き……好き……どれだけ言葉にしても、想いを伝え切れない。カイトくん……ありがとう、この世界に来てくれて……ボクと、出会ってくれて……」


 腕の中に愛しい相手の確かな温もりを感じながら、俺の心は穏やかな幸せに包まれた。


 拝啓、母さん、父さん――異世界で出会い俺を救ってくれた不思議な魔族の少女。優しくて、子供っぽいようでどこか大人っぽくて、いつも可愛らしい笑顔を向けてくれた何よりも愛しい相手……そして今日から、その相手との関係は大きく一歩進む事になった――友達から恋人へと。





【クロの抑圧していた好感度が解放されました】


クロのカイトへの好感度

???/100 ⇒ 266347↑(上昇中)/100



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