全員クロの雛鳥だった
木の月29日目。通い慣れている筈の雑貨屋の扉が、今日はやけに重く感じる。
クロとのデートを明日に控え、俺はアリスに言われた通りに店までやってきた訳だが……一体、なにが始まるんだろうか?
アリスはとても大事な話だと言っていた……しかもそれを告げた際の表情は真剣そのもの。
真面目な姿を見せてもすぐにふざけるアリスが、去り際まで緊迫した様子のままだったという事は……即ち、本当に重要な内容という事だろう。
言いようの無い不安を感じ、背中に冷たい汗が流れるのを実感しつつゆっくりと扉を開く。
アリスは雑貨屋のカウンターに静かに座っており、いつもの騒がしさが嘘のようだった。
「……アリス」
微かに震える声でアリスの名前を呼ぶ……が、返事が無い。
「……アリス?」
「……むにゃ……」
「……」
……コノヤロウ。人を呼び出しといて、なんでドリームランドに旅立ってやがるんだ……
俺のさっきまでの緊張はなんだったのかと……凄く損した気分になる。
しかしどうしたものか……気持ち良さそうに寝てるし、起こすのも気が引け……
「……うみゅ……カイトさん……えっち――ふぎゃっ!?」
「さっさと起きろ!!」
どうもコイツの夢の中で、俺の名誉が汚されている気がしたので速攻でぶん殴った。
ゲンコツを喰らったアリスは叫び声を上げ、頭を抑えながら視線を俺の方に向ける。
「痛いじゃないですか、カイトさん!? もっと優しい起こし方して下さいよ! おはようのチューとか色々あるでしょ!?」
「……もう一発行くか?」
「ああ、いや嘘です! ごめんなさい、起きました!」
なんか一気に今回の件に対する緊張感が無くなってきた気がして、起き上がるアリスに溜息を吐く。
本当に良い意味でも、悪い意味でも期待を裏切ってくれるというかなんというか……
呆れた表情を浮かべる俺を見て、アリスは苦笑しながらカウンターの椅子から立ち上がり、ゆっくりと俺の前まで歩いてくる。
纏う雰囲気は先程までのぬけた感じから一変し、チリチリと肌を刺すようで、それでいてどこか暖かくもあった。
「……カイトさん。一つだけ、確認させて下さい」
「……あ、あぁ」
「明日、カイトさんは……『クロさんに想いを伝える』つもりですか?」
「っ!?」
優しく穏やかな声で尋ねられ、心臓が大きく跳ねた。
その言葉はまるで俺の心の内を全て見透かすようで……思わず返答に詰まってしまった。
俺はアイシスさんの所から戻ってきた後、自分のこれからについて真剣に考えた。
そして勇者祭が終わった後の身の振り方についても、自分なりに答えは出し……ある覚悟を決めた。
それは、この世界に来て最も多くの言葉を交わし、気付けば俺の心の一番大事な部分に居た存在……殻に閉じこもっていた俺の心を引っ張り上げてくれ、矛盾だらけだった俺の気持ちを肯定してくれた恩人。
俺が……この世界で見つけた……なにより眩しい『宝物』……その想いを、クロに伝える覚悟を決め、勇気を振り絞ってクロをデートに誘った。
そう、アリスの言う通り……俺は、明日のデートで、クロに告白するつもりだ。
頭の中で自分の想いと決意を再確認すると、スッと気持ちが落ち着いてきた。
そのまま俺は静かに待つアリスを真っ直ぐに見つめ、首を縦に振る。
「……うん。結果がどうなるか分からないけど、伝えてみようと思ってる」
「……そうですか……」
俺の言葉を聞いたアリスは、微笑みを浮かべて頷き……少しして、笑みを消して顔を上げる。
「……準備が、無駄にならなくて良かったです」
「……準備?」
「ええ、とりあえず、移動しましょう。皆、待ってます」
「皆?」
首を傾げる俺に近付き、アリスはそっと俺の体に触れる。
すると直後に景色がノイズのようにブレて切り替わり、室内から屋外へ移動した為か、微かに吹く風が頬を撫でた。
「……っ!?」
俺とアリスが移動した場所……それは、マグナウェルさんの顔の上だった。
しかもそれだけじゃない。マグナウェルさんの顔の上には、こちらを見つめる三つの影……アイシスさん、リリウッドさん、メギドさんの三体も居た。
これは、つまり……今、この場にクロ以外の六王が全員集結しているという事……本当に、一体何が始まるんだ?
「……皆さん、お待たせしました。やはり、予定通りに……」
『そうですか、我々の予想より、かなり早いですね……アインさんは?』
「……断られました。やはり少しでもクロさんに害が及ぶ可能性があるなら、応じられないと……」
「……そう……私は……カイトの意思を……尊重する」
ゆっくりとアリスが告げた言葉を聞き、リリウッドさんとアイシスさんが真剣な表情で口を開く。
その声には緊迫が感じ取れる……リリウッドさんは我々の予想って言ってたけど、この状況は元々想定されていたって事なのかな?
「いいじゃねぇか、うだうだ時間かけたってつまんねぇだろ! 当って砕けろってやつだな!」
『……いや、砕けてはいかんじゃろう。洒落になっておらんぞメギド』
豪快に告げるメギドさんに、マグナウェルさんがやや呆れつつ言葉を返す。
俺が状況が分からずに首を傾げていると、アリスが俺の方を振り向き口を開く。
「カイトさん、突然の事に戸惑いかと思いますが……どうしても、明日を迎える前に、貴方に伝えておきたい話があります」
「……伝えておきたい話?」
「ええ、以前私は言いましたね。カイトさんが試練を乗り越えた時……挑むべき深奥を提示すると……」
それを伝えたのはアリスじゃなくて偽幻王だというツッコミはこの際置いておく。
クロの深奥……それは謎に包まれたクロの正体に関係する事なのだろうか?
そんな事を考えていると、アリスは俺を見つめたまま言葉を続ける。
「まず先に……カイトさん……貴方に、この世界でも限られた少数しか知らない秘密を教えます」
「……秘密?」
「ええ、私達六王の仲が良いというのは、聞いた事がありますか?」
「え? あ、あぁ……」
アリスの告げた言葉は、リリアさんからも聞いた事があるし、それだけじゃなく自分の目でも見た。
六王は皆とても仲が良い、全員それぞれを呼び捨てにしているし、王同士の付き合いというよりは友達のように見える。
「……仲が良いのは、ある意味当然と言えます。だって、私達は種族は違えど『家族』ですから……」
「……え?」
アリスが告げた言葉に驚愕する。家族? 六王同士が? ……種族は見た目でも明らかに違う、でも、嘘を言っている感じでは無い。
その証拠にアイシスさん達もアリスの言葉を肯定するように、無言のままで頷いている。
そして俺には、その言葉……種族が違っても家族という言葉には聞き覚えがある。バーベキューの際に同じ言葉を聞いた……それって、つまり……
「ええ、カイトさんの想像通りです。私も、アイシスさんも、リリウッドさんも、メギドさんも、マグナウェルさんも……ここにはいませんが、アインさんも……皆『クロさんの元雛鳥』です」
「ッ!?」
「私達とアインさんは、クロさんの始まりの雛鳥……そして、2万年前、クロさんと共に神界へ戦いを挑んだ者達です」
「ッ!?!?」
今の俺の気持ちは……絶句という言葉がピッタリと当てはまるような、そんな感じだ。
六王は皆クロが育てた雛鳥であり、クロノアさんが語った魔界と神界の戦いに参加したメンバーでもあるらしい。
拝啓、母さん、父さん――アリスに連れられて訪れた場所には、六王が集結していた。そしてその口から語られた事実は、十分に俺を驚愕させる内容……六王は――全員クロの雛鳥だった。
クロムエイナ編スタート。
クロの正体については、鋭い方ならもうお気づきかもしれませんね。




