ハプニングが起こってしまった
シロさんとのデートから一夜明け、木の月7日目。
シロさんは何やら去り際に「私も何番目でも良いですよ」と言って去っていき、発言は気になったが、楽しんでもらえたのは間違いないみたいだった。
そしてイベントは立て続けに起こるもので、明日はリリアさんと一緒に王宮へ向かう事になっている。
以前俺の分の招待状が手違いで送られなかった事に対する謝罪らしい。
俺自身は全く気にしていないんだけど、国としての面子とか色々なものがあるらしく、公式の場で謝罪を行うらしい。
「宮間さんも、本当に色々な事態に巻き込まれますね」
「……ホントね」
たまたま廊下で遭遇して、一緒に歩いていた楠さんがため息交じりに告げ、俺も苦笑しながら言葉を返す。
「楠さんは、今日も魔法学校?」
「ええ、色々新鮮で、学んでいて楽しいですよ」
「そっか……まぁ、楠さんはしっかりしてるし大丈夫だとは思うけど、道中気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
玄関近くまで来たところで、楠さんと軽く言葉を交わしてから見送り、俺は明日の事についてリリアさんに聞いておこうと思って、リリアさんの部屋に向かう。
リリアさんの部屋に来たは良いが、リリアさんの姿は無く、使用人の方に聞いてみると倉庫に向かったらしい。
別にそこまで急ぐ用事という訳では無かったが、俺が行っても構わないという事なので、倉庫にも少し興味があったので向かってみる事にした。
倉庫は屋敷から外に出てすぐの所にあり、流石公爵家と言うべきか非常に大きく中も広い。
念の為に一度ノックしてみたが……分厚い倉庫の扉をノックした所で返事はなく、扉を開けて中に入る。
照明用の魔法具がおかれている為、中は明るく背の高い棚がずらりと並んでいる光景は圧巻だった。
剣や鎧などの武器類、馬車の車輪のような物、魔法具らしき物と色々な物が置いてあり、物珍しく視線を動かしながらリリアさんを探す。
いくら広いと言っても屋敷に比べれば小さく、リリアさんの姿はすぐに見つける事が出来た。
リリアさんは棚に向かい手を動かしており、整理しているというよりは何かを探しているみたいだった。
「リリアさん、おはようございます」
「カイトさん? おはようございます。何か御用ですか?」
「あ、いえ、明日の日程について聞いておこうかと思って……何か探してるんですか?」
「ええ、ちょっと、兄上からの手紙を……」
「手紙、ですか?」
リリアさんは俺の姿を見ると優しげな微笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。
そして手紙を探しているという言葉に俺が首を傾げると、リリアさんはどこか呆れた表情で口を開く。
「兄上からは、今も月に20通以上の手紙が来てまして……どれも本当に意味の無い手紙ばかりですが、馬鹿とは言え国王の手紙……使用人には倉庫に放り込んでおくように伝えていたんですよ」
「な、成程」
「それで、もしかしたら今回の件について書かれている物があるかと思って、一応明日に備えて確認しておこうかと思ったんですが……何処にあるんでしょうね? 全く必要ない物なので、この辺りの廃棄予定の品と一緒に置いている筈なんですが……」
前々から思ってたけど、リリアさんって実の兄にだけは全く容赦ないよな。全く必要ないって言いきったし、今の口振りだと目を通してすらいないみたいだ。
いや、何ていうか、今まで兄の行動に苦労した感じがありありと読みれる。
確かにこの辺りの棚には、一見すると粗大ゴミに見える物が多く置いてあり、あまり整理もされていない感じがする。
そして俺の視線の先で、リリアさんは高めの台座を用意して高い位置にある箱を取ろうと手を伸ばすが……ギリギリ届かないみたいだった。
「リリアさん、俺が取りましょうか?」
「え? あ、そうですね……申し訳ないですが、お願いしてもよろしいですか?」
「はい」
リリアさんよりは俺の方が背も高いので、あの位置であれば手が届くと思い提案すると、リリアさんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべて頼んでくる。
それを了承し、リリアさんと入れ替わりで台座に立ち、先程リリアさんが取ろうとしていた箱に手をかける。
「……うん? あれ?」
「取れませんか?」
「いえ、何かに引っ掛かってるみたいで……力を入れれば何とか……」
かなりぎゅうぎゅうに物が置いてあるのか、目的の箱を引っ張っても少ししか動かない。
ただ力を込めて引くと少し動いたので、両手で箱を持って引っ張ってみる。
高い台座の上の為か、いまいち力が入れ辛いが……これなら、もう少しで……って、なんか左右に置かれてる物も一緒に出てきてるような……不味くない?
そう考えて力を緩めようとした瞬間、先程まで苦戦していたのは何だったのかと思う程アッサリ箱が抜け、背伸びして箱を引っ張っていた俺は、大きくバランスを崩してしまう。
「うわっ!? って、箱重っ!?」
「カイトさんっ!?」
それでも何とか体勢を立て直そうとしたんだが、引き抜いた箱は想像を遥かに超える程重たく、ふらついた足が台座からずり落ちる。
慌てた様子でリリアさんが落下する俺を受け止めようと駆け寄ってくる姿が、まるでスローモーションのように見え、大きな音と共に落下した。
「つぅっ……カイトさん!? 大丈夫ですか?」
「……あ、はい、大丈……」
「「ッ!?」」
かなり高い位置から落ちた筈だが、リリアさんが受け止めてくれたおかげで体に痛みは無く、心配そうに声をかけてくるリリアさんに返事を返そうとして……硬直した。
咄嗟の事だったので、リリアさんも俺を受け止めきれずに倒れてしまったみたいで……仰向けに倒れるリリアさんに俺が覆いかぶさっているような体勢になっていて、驚くほど近くにリリアさんの顔があった。
「……」
「……」
上品さを感じる綺麗な金色の髪、サファイアのように美しい青い瞳……金髪碧眼の美女とは、正にリリアさんの事だろう。
「……あ、ああ、あの!? か、かか、カイトさん!?」
「ッ!? す、すみません。すぐどきま――へ?」
美しいリリアさんの顔に思わず見とれていた俺は、顔を真っ赤にしながら話しかけてきたリリアさんの言葉で我に返り、慌ててリリアさんの上からどこうとした……が、何故か体が動かない。
嫌な予感がして首を動かして振り返ると……棚から落下したであろういくつかの品が重なる様に落ちていて、その下に俺の足があった。
「……リリアさん……えっと……動けないんですが」
「えぇぇっ!?」
「いや、何か足の上に落ちてるみたいで……」
「え? ……た、確かに……と言うかコレ、私の足も……」
幸い少し隙間があるみたいで、足が押しつぶされている様な状態では無かったが、膝の上あたりに重い荷物が連なっているみたいで、全然体が動かない上、足を引き抜こうとしても引っ掛かっていて抜く事が出来ない。
そしてそれはリリアさんも同様らしく、青ざめた表情を浮かべる。
「……リリアさん、あの、やたら重くて力込めても足動かないんですけど……アレなんですか?」
「浴槽用の大型魔法具ですね。かなり古い物なので廃棄品かと……」
「なんで、そんな重い物を高い場所にしまってるんですか……」
「大方適当にしまったのでしょう……後できつく言っておきます」
そうか、俺は身体強化の魔法が苦手だからそういう感覚は無いが、身体強化魔法がしっかり使える人にとっては、あの位の重さなら簡単に持ち上げられるって事か……って、それなら!
「じゃあ、リリアさんなら足で、持ち上げられるんじゃないですか?」
「……可能でしょうが……この体勢だと、カイトさんの足を蹴り上げる事に……怪我をしてしまうかもしれません」
「俺は別に構いませんよ」
「駄目です! そんな事は出来ません!」
丁度位置的にリリアさんの足の上に俺の足が交差している形であり、確かにこの状態でリリアさんが力を込めると、俺は痛いかもしれないが……それで脱出できるなら構わないと提案したけど、リリアさんは強く首を横に振る。
まぁ優しいリリアさんの性格から考えて、俺を傷つける可能性がある手段はとれないのか……でも、それだとどうすれば?
「……あの、リリアさん。かなり大きな音がした筈ですよね?」
「……この倉庫は強力な結界魔法がかかっているので、外に音は漏れません」
「……えっと、それって、どうすれば?」
「……1時間もすれば、ルナが探しに来てくれるでしょうし……それを待つしかありませんね」
「1時間っ!?」
1時間この体勢!? そ、それはヤバい。
何故なら現在俺はリリアさんにのしかからないように腕で上半身を持ち上げていて、つまるところ腕立て伏せのスタート状態みたいな体勢である。
いや、膝から下が完全に動かないのでもっときつい姿勢かもしれない……この状態で1時間!? キツイどころか、間違いなく無理!?
ハッキリ言って俺の筋力なんて同世代の中でも低い方で、今も既に二の腕がプルプルと震えてしまっている。
この状態で1時間耐えるというのは、正しく限界へのチャレンジだろう……明日腕上がらないかもしれない。
「……カイトさん。力を抜いて下さい」
「……え?」
「その体勢はかなり苦しいでしょう? 私にのしかかって下さい」
「え、えと、でも……」
辛そうにしている俺を見て、リリアさんは手の力を抜いてのしかかってくれと提案してくる。
「大丈夫です。私はコレでもかなり頑丈ですから、カイトさん一人位の重さは何でもありません」
「いや、でもそれだと密着……」
「言わないで下さい! 考えないようにしてるんですから!?」
「す、すみません」
俺の言葉に反応し、リリアさんは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
な、なんか、その反応で俺の方も変に意識してしまうというか、物凄く緊張してきた。
「……えっと、その……良いんですか?」
「……はい」
自分の非力さが恨めしいが、腕は結構限界に近かったので、リリアさんに確認をすると、リリアさんは顔を隠したまま小さく頷く。
ゆっくりと手の力を抜いて、リリアさんに覆いかぶさっていく。
柔らかな膨らみが胸に触れ、心臓が大きく跳ね、同時に柔らかく安心出来るような香りを感じた。
華奢なリリアさんの体にのしかかり、殆どピッタリと密着するような形になると、腕、胸……全身でリリアさんの体温を感じ、一気に顔が沸騰する感覚を味わった。
リリアさんの方も恥ずかしいみたいで、顔を俺から逸らしているが……耳まで真っ赤に染まっていた。
拝啓、母さん、父さん――リリアさんと明日の打ち合わせをしようと思ったんだけど、不幸な事故が重なり、とんでもない――ハプニングが起こってしまった。
ラブコメの体育倉庫とかである、あのイベントですね。
本当は一話で次の王宮訪問に行く予定でしたが、思ったより長くなったので二話にします。
リリアが魅力的すぎるので、仕方ないですね。
貴重なノーガードではなく、物凄く照れるキャラ。