幻王ノーフェイスだ
誘拐の件も一段落し、昨日渡された資料を裏の人間であるアリスに調べてもらおうと思っていたら、何故かその資料を渡した張本人が現れた。
突然の出現に戸惑う俺の前で、幻王はいつも通りの甲高い声で言葉を発する。
「態々、そこのネズミに頼む必要はない。私なら、貴方の必要な情報を提供出来る」
「……お前が、自分で調べろって渡してきたんじゃないのか?」
「いや、私は褒美だといって渡しただけだ。褒美に追加があっても可笑しな事じゃないだろう?」
「……」
何だろう、アリスの事をネズミと呼んだ幻王に怒りを感じながら言葉を返すが、幻王は相変わらず人を喰った様な口調で淡々と告げる。
そんな俺の憤りを感じたのか、クロノアさんがスッと俺の前に移動して、幻王と向い合う。
「……久しいな、幻王。以前の勇者祭以来か」
「クロノアか、何か用か?」
「世界にミヤマの情報を広めたのは貴様だな? なぜそのような真似をした?」
「……良い撒き餌になっただろう?」
やや鋭さを感じる声でクロノアさんが問いかけると、幻王は静かに言葉を返す。
撒き餌……その言葉の意図する所が理解できず俺は首を傾げたが、クロノアさんは何かに気付いた様子で、明らかに怒りを込めた声を発する。
「……そう言う事か……貴様! ミヤマを囮に使ったな!!」
「……囮?」
「うむ、恐らくこやつはわざと不鮮明な情報を流し、それに踊らされてのこのこ首を出した者を狩ったのであろう……つまり、お前を囮にして不穏分子を焙り出したという事だ」
「ッ!?」
そう言えばリリウッドさんが言っていた覚えがある。
幻王は世界に不利益をもたらす存在を許さない、そうだと判断すれば容赦なく殺すと……つまるところ、幻王は俺の情報を世界に流し、それを目的に動きだす相手を消していったらしい。
知らず知らずの内に幻王に利用されていた事に戦慄するが、同時に奇妙な違和感を覚えた。
何だろうこの感覚は……話の筋は通っている筈なのに、どこか引っかかる。
「……しかし、解せんな。他の六王はともかく、死王をどうやって説得した? 奴はミヤマの事となれば即座に動く筈……だが、ここ最近の件に関しては、何故か静観している。貴様がそうさせたのであろう?」
「……確かに、アイシスを説得するのは骨が折れた。かなり譲歩した交換条件を提示し、ようやく納得させる事が出来た」
確かにアイシスさんは、以前俺が気絶させられただけで森中のブラックベアーを殺した。俺自身が言うのもおかしな話だが、本当に俺に何かがあると飛んで来てくれると思う。
だけど、確かにここ最近の出来事……襲撃の際もメギドさんが来た時も、そして今回の誘拐でも……アイシスさんは現れていない。
幻王はアイシスさんに交換条件を提示し、静観する事を了承させたらしいが……それは一体どんな条件なんだろうか?
そして俺が先程感じた違和感は、アイシスさんの事なのか? いや、でも、まだ何か引っかかる気がする。
「と言うか、なんだ貴様、その喋り方は? 『いつもと違う』ではないか……」
「ッ!?」
怪訝そうに尋ねるクロノアさんの言葉。それを聞いた瞬間、頭の中に今までとは全く別の考えが浮かんできた。
幻王の目的、遭遇した際に発していた言葉、アイシスさんを納得させた条件、幻王の口調……バラバラだった破片が、頭の中で一つの形になっていく感覚。
そうか……そう言う事だったのか、つまり、これが幻王の言う五つ目の試練……
俺はゆっくりとクロノアさんの前に歩み出て、静かな声のままで言葉を発する。
「……俺は貴女を信用していない。信頼できない相手に、頼みごとをするつもりはない」
「……ほぅ」
「ミヤマ? 良いのか? 確かに幻王は信用ならん相手かもしれんが、情報力は確かだ。こやつなら確実に証拠を用意できるぞ……」
俺が告げた言葉を聞き、クロノアさんが首を傾げながらそれでいいのかと尋ねてくる。
俺はその言葉に対し、首を横に振ってから視線を動かす。
「……クロノアさん。俺は、幻王の事は信用していますよ。感謝もしています」
「うん? ミヤマ、一体何を言っている?」
「ずっと引っかかっている事があったんです。そしてそれが、今はっきり分かりました……お前は、『本物の幻王』じゃ無い」
「……」
俺が静かに発した言葉に、クロノアさんは驚愕するが、黒いローブの存在は沈黙したまま……まるでそのまま続けろとでも言っているかのように邪魔をしてこない。
そう違和感の正体はたぶんこれだ。
初めて幻王に会った時、俺は不気味な気配を感じたが……二度目に遭遇した時と、三度目に遭遇した時はそれを遥かに上回る不気味さがあった。
でも、今目の前にいる存在からは……そこまでの寒気は感じない。
今まではてっきり、より幻王の凄さを知った事で恐怖に近い感情を抱いているのだと思っていたが、それよりも別人と考えた方が納得がいく。
「クロノアさん。さっき、幻王の喋り方が違うって言ってましたよね?」
「……あぁ」
「もしかして、幻王は……普段は『癖のある独特な敬語口調』で話すんじゃないですか?」
「……その通りだ」
以前クロノアさんは幻王の事を、喧しくて鬱陶しい奴と表現していた。
しかし実際に会った幻王はそんな感じでは無く、不気味な黒幕と言った感じ……そして、口調が違うという言葉を聞いた瞬間、思い出した事がある。
クロと話した時、クロノアさんと話した時……それまでとは違う『普通の敬語』を使って話していた存在を。
てっきりそれは凄まじく高位な相手に委縮しているだけかと思っていたが……もし普段の幻王の口調が特徴的な物であるなら、正体がばれない為とも考えられる。
「……クロノアさんは、どうやってアイシスさんを説得したのか、疑問に思ってましたよね」
「うむ、死王がそう簡単に納得するとは思えん。交換条件を出したとは言っておったが、奴がミヤマの安全より優先する条件があるとも思えん」
「……たぶん、幻王はアイシスさんにこう言ったんだと思います。『自分が俺の周囲を張り、必要とあらば介入して助ける』って……」
「なに?」
そう、恐らく幻王は俺の身の安全を保証する事で、アイシスさんに静観する事を納得させたんだろう。
それを前提に考えると、色々な見方が変わってくる。
襲撃、メギドさんの訪問、誘拐……その三つともで、幻王が俺の身を守ろうとしていたと考えるなら……
「……最初の襲撃の時、イータとシータ相手にはアニマとジークさんで勝てると思い手を出してこなかった。でもその後のシグマは、消耗した二人では俺を守り切るのは難しいと考えて……介入してきた」
「……ミヤマ?」
「メギドさんが現れた時も、クロに化けてメギドさんの矛を納めさせた……そして今回も……」
そこで言葉を区切り、俺はゆっくりと振り返る。
二度目と三度目の幻王が現れた際には居なくて、一度目と今回の幻王が現れた際には居た人物。
「……俺は、沢山お世話になってるリリアさんやルナマリアさん、ジークさんの力になりたい」
「カイトさん……」
「……だから、力を貸してほしい」
俺は一度息を吸ってから、真っ直ぐにその目を見据えて辿り着いた答えを口にする。
「頼む、アリス……いや、『幻王・ノーフェイス』……」
拝啓、母さん、父さん――思えばそいつは、こちらが訪ねる以外ではいつも忽然と現れた。底の見えない謎めいた存在、時折見せる鋭い気配。俺の予想が間違いでなければ、アリスの正体こそが――幻王ノーフェイスだ。
予想されていた方も何人かいらっしゃいましたね。
正解です……幻王の正体は、アリスちゃんでした。
正解された方々、素晴らしい……30S(シリアス先輩)ポイント差し上げます。