頭がショートしそうなんだけど!?
以前からの約束通り訪れたアイシスさんの居城、そこで現在俺はかつてない程の危機的状況に遭遇していた。
俺の視線の先には、雪の様に白い肌を露出させたアイシスさんが、フワフワと浮かびながら近付いて来ており、心臓の音が聞こえるほど大きくなってきている。
アイシスさんはタオルを巻いていたりする訳ではなく、申し訳程度に体の前にタオルを持っており、大事な部分だけがギリギリ隠れている感じだ。
「あ、あい、アイシスさん!?」
「……うん? ……どうしたの?」
「なな、何やってるんですか!?」
「……なにって……カイトと……一緒に……お風呂……入る」
ああぁぁぁ!? 首傾げちゃ駄目!? タオル動くから! 見えちゃうから!?
と言うかいつまで見てるんだ俺! さっさと視線外せ!?
自分の体に必死に言い聞かせつつ、何とかアイシスさんから視線を外す。
そしてアイシスさんに背を向けた状態のまま、慌てて言葉を続ける。
「お、俺出ます!」
「……だめ」
「へ? なっ!?」
「……ちゃんと入らないと……疲れ……取れない」
あれ? おかしいな……今アイシスさんは、俺の背後から肩に軽く手を置いて注意してきた。
全然力込めてる感じはしない……けど、体ピクリとも動かないんだけど!? 見た目からは想像もできないけど、やっぱり力も滅茶苦茶強いの?
ともあれこれでは逃げられない。
覚悟を決めるしかない……心頭滅却、心を強く持って……冷静に……冷静に……
動揺しながらも落ち着こうとしている俺を尻目に、アイシスさんが湯船に入る音が聞こえる。
「……んっ……ふぁっ……」
色っぽい声出さないでもらえますか!? もう一瞬で精神が焼き切れそうなんだけど!?
「……気持ちいい」
「そそ、そうですね……」
あわわわ、どうしよう!? 当り前の様に隣に来るし、声は何か色っぽいし、見ないようにしようとしてもつい視線が……
肌白っ!? 肩ちっちゃっ!? し、しし、しかも……ポニーテールだと!?
どうやら湯船に髪が浸からない様に纏めているのか、アイシスさんはポニーテールの髪型になっており、普段は長い髪に隠れて見えないうなじが見え、上気し微かに朱が入っている肌は芸術品の様に美しい。
このまま沈黙していると本当に頭がおかしくなりそうだったので、何とか話題をと思って呟く。
「あ、あい、アイシスさん……その、えっと……は、恥ずかしくないんですか?」
って、何聞いてるんだ俺は!? 駄目だ、完全に動揺してるみたいで、話題を逸らそうとしてより悪い方向へ誘導してしまった気がする。
アイシスさんは俺の言葉を聞いて、微かに頬を染めて少し俯き気味で口を開く。
「……他の人に見られるのは……嫌だけど……カイトなら……いい」
「!?!?」
こ、殺しに来てる……完全に俺の理性を抹殺しに来ている!?
可愛すぎるし、距離が近すぎるし……コレはもう、少しくらい見えてしまうのは不可抗力なのでは……
いやいや!? ふざけるなよ……いくら相手がこちらに好意を抱いてくれてるからって、気持ちに応えても居ないのに良い目見ようなんて最低の考えだぞ!
落ち着け、大丈夫だ……視線は下げない。不用意に体は動かさない。変な妄想をしない……よし大丈夫だ!
「……カイト」
「なあっ!?」
「……うん?」
「あ、ああ、あい、あい、アイシスさん!? て、ててて、手!?」
しかしそんな俺の決意を嘲笑うかのように、湯船の中で手が引かれ、アイシスさんは俺の手をそっと抱きしめた。
二の腕に当たる天国の様に柔らかな感触と……その中で微かに突起したやや硬めの部分……こ、コレって、あの、つまり……
「……今日……カイトが来てくれて……本当に……嬉しい」
「……」
アイシスさんが話している言葉が全く頭に入ってこない。
もう俺の理性は崩壊寸前であり、アイシスさんから漂ってくる花の様な香りと、肩に乗せられた柔らかい頬に全神経が集中してしまっている。
頭はのぼせた様にボーっとし、アイシスさんに掴まれていない方の手が無意識に動き始め……
「……来て……くれないかと……思ってた」
「……え?」
告げられた寂しげな声に、動きかけていた手が止まる。
「……カイトは……そんな人じゃないって……信じてた……けど……どうしても……不安だった」
「……アイシスさん」
「……だから……本当に来てくれて……嬉しい……カイトと居ると……暖かい」
「……」
幸せそうに俺に身を寄せてくるアイシスさん……その心の内にある孤独への不安を感じ、俺はアイシスさんに掴まれていない方の手で、自分の太ももを思いっきりつねる。
アイシスさんの好意はとても純粋で綺麗な物。他者と触れあいたい、温もりが欲しい……
クリスさんの様に打算があって色っぽい行動をとる訳ではなく、ただ純粋に傍に居たいと近付いてくる。だからこそこんなにも俺はドキドキしているんだと思う。
ならそんな純粋な気持ちを、不誠実に汚して良い訳が無い……俺はアイシスさんの気持ちを裏切る様な事をしたくない。
なので、とりあえず今は必死に持ちこたえよう……頑張れ、俺!
「……で、あの……何でこんな状況に?」
「……背中……洗う……洗いっこ」
「……は、はぃ」
どうしてこうなった?
神は俺にどこまで試練を与えれば気がすむのだろうか……本気で俺の理性を殺しにきているとしか思えない。
(別に私は何もしていませんが?)
気が散るから黙ってろ天然女神。
当り前の様に心の声に反応した天然女神に切り返しを放つと、丁度そのタイミングで俺の背中にスポンジの様な感触が触れる。
この世界にスポンジその物は存在しないが、似た素材が有るみたいで、入浴の際はそれを利用して体を洗う。
名称はなんだったっけ? 俺と楠さん、柚木さんは普通にスポンジと呼んでいるので、正式名称は忘れてしまった。
ともあれそのスポンジで、アイシスさんは俺の背中を丁寧に擦ってくれる。
手つきは優しく、時々アイシスさんの長い髪が肌に微かに触れ、その度にドキドキしてしまうが……心持が変わったお陰か、先程までよりは落ち着いて穏やかな気持ちで……
「……あっ……ごめん……落とした」
「~~!?!?」
ポロっと俺の前にスポンジが転がり、アイシスさんは俺の後ろから手を伸ばしてそれを拾おうとして……俺の背中に密着した。
肌の触れる感触、少し低めの体温は火照った身体に心地良く、一気に体に熱が集まる。
しかもアイシスさんはスポンジを拾うのに少し苦戦したみたいで、体が何度も動き背中に触れた胸が上下する。
ここは天国か、はたまた地獄か……もはや俺はオーバーヒート寸前である。
「……拾えた……前も……洗う?」
「だだだ、大丈夫です!?」
前は不味い、大変不味い……今はタオルで上手く隠しているが、俺も健全な男。
アイシスさんの様なとびっきりの美少女と密着していては、どれだけ理性を必死に繋ぎとめようとも、体の一部は自然に反応してしまう。
アイシスさんの言葉に全力で首を横に振ると、アイシスさんは少し首を傾げたが、そのままお湯で背中を流してくれた。
よ、よし、何とか乗り切れた……頑張った。俺、超頑張った。
「……じゃあ……交代」
「……は?」
「……洗いっこ……今度は……カイトの番……」
「……」
……そういえば、最初に洗いっこだって言ってた様な気がする。
え? うそ? 俺が、アイシスさんの背中を洗う? 今でさえいっぱいいっぱいなのに?
で、でも、たぶんここで断ったりしたら……凄く悲しそうにするだろうし、こ、断れない!?
茫然とする俺の気持ちには気付かず、アイシスさんは当り前の様に俺と入れ替わりで座る。
てか、アイシスさん!? 前、隠して!? 何か小さくピンク色のものが見えてるから!?
「……カイト?」
「ストォォォップ! 振り向かないで下さい!! ちゃんと、洗いますから!!」
「……うん」
……もってくれよ俺の理性……鼻血とか出すなよ……
ああぁぁっ!? 肌柔らかいし、すべすべだし、とんでもなく綺麗だし……これ、本当に凄まじい苦行だ……無心だ。無心で洗うんだ。
「……んっ……ぁっ……」
だから色っぽい声出さないで貰えますか!? 本気でやばいので!!
拝啓、母さん、父さん――まさか、まさかの展開でアイシスさんと一緒にお風呂に入る事になった。アイシスさんのガードは緩々で、本当に、もう、疲れが癒えるどころか――頭がショートしそうなんだけど!?
お色気回である。
前回混浴が決定した瞬間に、一気に増えたブクマ……私、正直な子、好きです。