魔界の地に足を踏み入れた
「……と言う訳で、明日から2~3日。魔界に出かけて来るから」
「そうなんすか~カイトさんも色々な所に行きますね~」
水の月22日目。アイシスさんの居城への訪問を明日に控え、俺はアリスの雑貨屋を訪れていた。
目的は買い物……では無い。
アリスは俺の言葉を聞いて頷いた後、オペラマスクを付けた顔を傾ける。
「でも、何でそれを態々私に? あぁ、成程! カイトさんもついに私の魅力に気付きましたね! 私とはなれるのが寂しくて……」
「いや、そんな事は全然ないけど」
「そこちょっとは、フォロー入れても良いんじゃないすか!?」
うん、アリスの予想は全くの見当違いであり、俺の目的は別にある。
俺は静かにアリスに近付き、軽く睨みつけながら口を開く。
「……いいな。くれぐれも、俺がいない間、ギャンブルとかで無駄遣いするなよ?」
「へ? あ、いや~それは……」
「いいな! 戻って来た時に、お金ありませんなんて言ったら……タダじゃおかないぞ!」
「いひゃいっ!? カイトさん、ほっぺいたい……」
絶対分かってないと確信できる馬鹿の頬っぺたを引っ張りながら、再度念押しをする。
本当にコイツは、ちょっと目を離すと散財するし、本当に目を光らせてないと安定した収入があっても全く意味をなさない。
そのまま何度かアリスに念を押してから、帰ろうとすると……アリスが慌てた様子で何かを取り出してきた。
「待ってください、カイトさん!」
「うん?」
「魔界に行くなら、お勧めの一品が!!」
「……」
本当に商魂逞しいというか、何と言うか……
俺は大きく溜息を吐きつつ、アリスが勢いよく差し出してきた本を見る。
「……本?」
「ええ、これぞ、アリスちゃん特製、魔界ガイドブックです!」
「ガイドブック?」
「ええ、魔界の絶景スポットや魔物の多い危険地帯……果ては食べ歩きのお勧めまで網羅した一品です!」
こいつ商才ない癖に、勧めてくる商品だけはやたら高性能何だよなぁ……実際今回の魔界ガイドブックも、結構欲しい。
アリスちゃん特製と言う部分が、そこはかとなく不安ではあるが……
「で、それはいくら?」
「流石に魔界は広いので地域ごとに分かれてます。今回カイトさんが行く、中央辺りと北の地域は、この四冊で完璧です……四冊セットで30R! どうっすか?」
「……買う」
「まいどあり~」
結局今回もアリスのセールストークに負けて、四冊セットを購入する事になった。
まぁ、一冊一冊がかなりページ数あるし、セットで3000円位なら良い買い物だろう。
アルベルト公爵家の屋敷の中、執務用の机に向かうリリアにルナマリアが話しかける。
「そろそろ、ミヤマ様はゲートに付いた頃ですかね?」
「そうですね。ジークにはゲートまで警護した後は、戻ってくる様に伝えてあります」
アイシスの住む城へ遊びに行く為、快人は今朝方支度をして人界と魔界を結ぶゲートに向かった。
その事を話しつつ、リリアはふと虚空を見つめ、その考えを察した様にルナマリアが呟く。
「……後、ミヤマ様が遭遇していないのは……竜王様ですね」
「……やめて……想像したくないんです」
「ま、まぁ、竜王様は魔界の南部にある山脈から動かないと聞きますし、今回ミヤマ様が訪れるのは北部……流石に、遭遇する事は無いでしょう」
「……だと、良いんですけどね……」
魔界へ向かった快人が、またもや六王と知り合ってくるのではないかと……そんな不吉な予感を感じながら二人は言葉を交わし、リリアは聞きたくないと言いたげに耳を塞ぐ。
そんなリリアの悲痛な様子を見て、ルナマリアは苦笑を浮かべながら部屋の出口の方へ向かう。
「あまり悪い様に考えても仕方ないですよ。紅茶でも淹れてきます」
「ルナ、ありがとうございます」
紅茶を淹れて来ると告げて部屋を出るルナマリアの背中にお礼を言った後、リリアはゆっくりと椅子に体重をかける。
そしてそのまましばらく沈黙した後で、机の上に置かれた魔法具……先日、サンプルの『名目』でクロムエイナから貰った計算魔法具を見つめる。
「……本当に、カイトさんには困ったものですよ……一つ、返したと思ったら……二つも……」
魔法具にそっと手を触れ、リリアは微かに頬を染めて嬉しそうに微笑む。
そう、彼女は気が付いていた。以前快人が自分の執務風景を見学した際、計算に苦戦する自分をジッと見つめていた事を……何の為にこの魔法具を発案して、作ってもらったのか、その理由を……
「……ジークの声……そしてこの魔法具……本当にカイトさんには、何もかも貰ってばかりですね」
そのまま魔法具を手に持ち、それをそっと抱きしめた後……リリアは普段見せる事の無い。恋する少女の様な笑みを浮かべて呟いた。
「……貴方は、本当に酷い人です……私を驚かせて、困らせて……なのにとても優しく、真っ直ぐで……貴方の事ばかり、考えちゃうじゃないですか……」
誰もいない部屋で静かに呟く声、その声には万感の想いが籠っていた……
水の月23日目。
現在俺は、巨大な魔法陣が描かれた、門の前に居た。
コレが人界と魔界を繋ぐゲートであり、ここから魔界のあちこちのゲートに飛ぶ事が出来るらしい。
ちなみに魔界に行く為には通行許可証の様な物が必要になり、その発行には最短で10日はかかるらしい。
そう……この前、幻王ノーフェイスが渡してきたカードだ。
しかもご丁寧に俺の名前で取得してある……恐らく俺に化けて発行してきたのだろう。
何と言うか、本当に全部アイツの掌の上と言う感じは気に入らないが……確かに言葉通り、許可証の発行を待つ必要が無かったのは幸いと言える。
「いらっしゃいませ、許可証を確認いたします。」
「はい」
「……はい、結構です。本日はどちらのゲートに向かわれますか?」
「えっと……『森林都市・ユグフレシス』まで」
「畏まりました。こちらへどうぞ」
係員の方に案内されて、大きな魔法陣の中央に立つ。
するとすぐに魔法陣は強い輝きは放ち始め、一瞬で景色が切り替わった。
石造りの門から、木造りの門へ……大きな森の中央と言える様な場所に辿り着くと、探す必要もなく待ち合わせをしている方を見つける事が出来た。
『いらっしゃい、カイトさん。魔界へ……ユグフレシスへようこそ』
「リリウッドさん、こんにちは。今日はお世話になります」
以前アイシスさんの所を訪れるなら、自分が案内をすると言ってくれたリリウッドさんは、その提案通り今日の俺の案内役を買って出てくれた。
六王、魔界でも頂点の実力者であり、知識も豊富そうなリリウッドさんが案内してくれるのは本当に心強く、安心出来る。
拝啓、母さん、父さん――この世界に来てから二カ月近くが経過し、俺は心に不安と期待を秘めながら――魔界の地に足を踏み入れた。
魔界南部の山脈で、巨影が轟音と共に足を踏み出す。
「マグナウェル様!? い、一体どちらへ?」
『……なに、期を逃す事は無かろう。情報を見てアレコレ思考をいかに巡らせようと、最終的にはこの目で確かめねば価値も測れぬじゃろうて』
驚愕した様子で話しかけて来る高位古代竜の言葉を聞き、その主たる竜王マグナウェルは、大地に響く様な声で告げる。
価値を測るのであれば、直接会わなければ話にならないと……
『既に5体の王と出会い……ついぞ先日、戦王の脅威をも退けた。ふふふ、おもしろいのぅ、久々に血が滾る思いじゃ』
「……お供します」
『好きにするが良い。では、行くとするかのぅ……ミヤマ・カイトと言う若造の顔を見に』
静かながら強い興味を持ち、魔界……いや世界最大の巨獣は大地を揺るがしながら歩を進める。
今や、異世界でも一際強く輝く異界の極星、その真価を己の目で見定める為に……
高速のフラグ回収、かくしてリリアの不安が現実のものに……
てか、リリア結構可愛くないですか?