宴会が始まった
今日は二話更新です。これは二話目なので注意を……
嵐の前の静けさとでも言うべき静寂の中、戦王とクロノアさんは静かに睨みあう。
片や魔界の頂点たる六王の一角、片や神界に三体しか存在しない最高神……どちらもこの世界の頂点に近い力を有している存在。
六王と最高神との戦いともなると、それはもはや天変地異レベルになりそうと言うのは俺にも想像が出来る。
そして重い沈黙の中で、先にクロノアさんが口を開く。
「そも、どういうつもりだ戦王。貴様らしくもない……貴様は強者との戦いを好む筈、何故ミヤマと戦いたがる? ミヤマはお世辞にも戦闘力が高いとは言えぬぞ」
「あ゛? んなもん見りゃ分かる。そいつの戦闘力なんざスライム程度だろうよ」
「……い、いや、スライムよりはもう少し強かろうが……概ね言わんとする事はその通りだ」
クロノアさん……フォローするならもうちょっとハッキリ言ってくれませんかね……
てかやっぱり戦王も俺が弱いって事は分かってたみたいだが、じゃあ何で戦おうとか言って来たのだろうか?
そんな俺の疑問に答える様に、戦王はゆっくりと口を開く。
「強さなんざ戦闘力だけで測れるもんじゃねぇだろ? 俺は強い奴が好きだ。別に戦闘力に限った話じゃねぇ、知力、精神力……強さの種類なんざいくらでもある」
「……ふむ、異論は無い」
「だから俺は別にカイトと殴り合いしようなんて考えてねぇぞ、戦うなら当然ソイツにも勝ち目のある条件で戦う……そうだな『飲み比べ』なんて良さそうだな」
どうも話の流れが妙な方向になって来た。
戦王は別に俺と殴る蹴るの戦いがしたい訳じゃなく、飲み比べを例に挙げたが、腕力等が関わらない勝負をするつもりだったみたいだ。
戦王の言葉を聞いてホッとしたのも束の間、戦王の体の体毛が再び黒く染まり始める。
「……だが、テメェが相手してくれるってんなら話は別だ! 良いじゃねぇか、クロノア……テメェは強えぇ、殴り合うには極上の相手だ!」
「ッ!?」
「テメェと戦う為なら、ソイツらをぶん殴るつもりだって言うのも……悪くねぇなぁ!!」
「ちっ、戦闘狂が……」
どうやらクロノアさんの登場は、かえって戦王の戦意を増幅させる結果になったみたいで、戦王は喜々とした様子で構えをとる。
そしてそれに呼応する様にクロノアさんも拳を引いて構え、今、正に天地を揺るがす戦いが始まろうとしていたが……何故か先に戦王の方が構えを解いた。
「……と言いてぇ所だが、今日は止めにしとくぜ」
「ほぅ、殊勝だな……一体どういう風の吹きまわしだ?」
「まぁ、俺にも戦いたくねぇ相手ってのは居るんだよ……」
何故か戦意を納めた戦王を見て、クロノアさんが怪訝そうな表情を浮かべると、戦王は大きなため息を吐く。
「ともかく、俺はここで暴れねぇし、ソイツらも傷つけたりしない……だから、んなおっかねぇ顔で睨むな……『クロムエイナ』」
「え?」
戦王の言葉に驚き、その視線の向いた方向を見ると……屋敷の屋根の上に、巨大な漆黒の獣が居た。
狼に似た風貌、全身を覆う黒い水晶の様なトゲ。戦王と変わらない体躯を持つ巨大な魔獣。
その魔獣はしばらく戦王を見た後、全身を黒い煙に変え、その煙が俺の前に集まると……見覚えのあるクロの姿へ変わった。
「……カイトくん、怪我とかしてない? アインに聞いてすぐ来たんだけど……」
「あ、あぁ……大丈夫。なんともない」
「そっか……メギド」
「分かってるよ。俺もテメェ相手に勝ち目があるなんざ思ってねぇ、暴れねぇよ」
クロが出て来ると戦王はあっさりと戦わないことを約束し、体毛を赤色に戻す。
「ただし、クロノアと戦うのは諦めるが……カイトとは戦わせてもらうぞ!」
「……それって、さっき言って飲み比べの事?」
「ああ、勿論俺とカイトじゃ体格に差がある。だからそうだなぁ……俺はカイトが1杯飲んだら10杯分の量を飲む。それなら対等だろ?」
「……う、う~ん」
戦王は俺の10倍の量を飲み、俺と飲み比べをすると告げ、クロも困った様な表情を浮かべていた。
確かにその条件なら対応と言えば対等かもしれないが、俺は別に特別お酒に強い訳じゃないし……いや、別に勝たなくても良いのか? 勝負に応じさえすれば、戦王は帰ってくれるのなら受けても良いのかもしれない。
「……ごめん、カイトくん。受けてあげてくれないかな? メギドにもメンツがあって、素直に帰るだけってのも難しそうだから……」
「あ、うん。ソレは構わないけど……」
「ごめんね。もしメギドが暴走したら、責任もってボクがぶん殴るから」
「……それ、俺死ぬんじゃね?」
何と言うか奇妙な流れで、結局戦王と勝負する事になってしまった。
そこからは早いもので戦王の部下が瞬く間に準備を進め、俺と戦王の前には杯が置かれる。
俺はその間にクロに頼んでイータとシータの治療をしてもらった。
流石に敵だった相手とはいえ傷ついたままで放置しておくのも気が引けたから……クロはすぐに俺の頼みを聞いてくれ、一瞬で二体とも傷が癒えた。
気絶はしたままだが、一先ずはこれで大丈夫だろう。
「……冥王、この場は任せても構わんか?」
「うん。大丈夫だよ。メギドの事はボクが責任を持って見とくから、クロノアちゃんもありがとうね」
「それでは、我は戻らせてもらうとしよう……まだ仕事が残っているのでな」
どうやらクロノアさんは仕事があるらしく、クロにこの場を任せて戻ると告げる。
「クロノア様、本当にありがとうございました」
「気にせずとも良い。リリア、私はお前の味方だ……我の力が必要な時は、遠慮などせず声をかけよ」
「……はい」
相変わらずのイケメンっぷり……ここだけ聞くと、ヒーローとヒロインの会話みたいだ。
そしてクロノアさんがその場から去り、少し経つと準備が整ったみたいで戦王が声をかけて来る。
「よっし! それじゃあ、始めるぞカイト!」
「あ、はい。戦王様」
「んなかたっ苦しい呼び名は止めろ。これから勝負しようってんだ呼び捨てで良い」
「えっと、じゃあ、メギドさんで……」
「おう!」
う~ん色々とぶっ飛んではいるが、真っ直ぐで分かりやすい方ではある。
豪快に笑うメギドさんに従い、杯を前にして向かい合う形で座る。
俺の杯は和風の結婚式で見る様な大きめのサイズだが、メギドさんの杯は軽自動車並みにでかい……本当にあれなら10倍、いやそれ以上かもしれない。
「ルールは簡単だ。交互に酒を飲み合って、先に潰れた方の負け……よっし、俺の方から先に行くぞ! そら、注げ!」
「はっ!」
メギドさんの言葉に従い、配下が酒を注ぐ。
あの杯だと、それこそ樽一杯分位あるかもしれない……そして、メギドさんはそのとんでもない量の酒を、一気に飲み干す。
「んぐ……ぷは~たまんねぇな! よっし、次はテメェだ!」
「あ、はい」
メギドさんが一杯飲み、俺も続けて一杯を飲む……って、アルコール強ッ!? なんだこの酒、喉が痛くなる!
どうやらメギドさんが用意した酒は、相当キツイものみたいで、一杯飲んだだけで軽く酔ってしまった様な感覚がする。
これ、勝ち目なくないか……
「いい飲みっぷりだ! よっし、どんどんいくぞ!」
「……あれ? そう言えば、カイトくんってシロの祝福を……あれ? これって……」
そしてどんどん飲み比べは続いていった……
今、何杯目だろうか? 確か七杯目位だったかな?
初めに飲んだ時はやたら強い酒だと、これじゃあすぐに酔い潰れてしまうと思ったものだが……不思議な事に未だ酔いつぶれる様な感じはしない。
「て、テメェ……やるな……この酒は、一本飲めばドワーフも潰れるって代物なのに、まだまだ余裕そうじゃねぇか……」
「い、いや、何故か不思議と酔わなくて……」
「と言うか、この勝負メギドに勝ち目とか無いんじゃないかな?」
「あ゛? どういう事だクロムエイナ?」
不思議と平気な俺に比べ、メギドさんはそろそろ酔いが回って来たのか、少し辛そうにしている。
そして何故かそのタイミングでクロがメギドさんに勝ち目が無いと言い始めた。
当然怪訝そうな顔を浮かべるメギドさんだが、俺もなんでそんな事を言い出したのか分からず首を傾げる。
「だって、カイトくんってシロの祝福受けてるから……酔わないよ」
「……え?」
「なっ!? なに~!? じゃ、じゃあ、何か!? コイツはどんだけ飲んでも平然としてやがるって訳か!?」
「うん」
どうやらシロさんの祝福を受けている俺は、酒に酔うと言う事が無いらしく、この酒がどんなに強かろうと酔い潰れないらしい。
それ、飲み比べだとチートってレベルじゃないんだけど……
クロの言葉を聞いた、メギドさんは茫然と固まった後……ゆっくりと仰向けに倒れる。
「……あ~くそっ、負けちまったか~すげぇなカイト、俺が負けたのなんざ久々だぜ」
「え? いや、その、何と言うか……酔わないのは俺の力って訳では無いですし……」
「関係ねぇよ! 借り物だろうが何だろうが、それはテメェの力で、俺はテメェに負けた。それだけだ! ははは、いや~酔わねぇとは、恐れ入ったぜ!」
「あ、えっと、はい」
寝転がったメギドさんは、真っ直ぐに俺を称えて自分の負けを認めた。
本当に竹を割った様な性格と言うか、愚直で揺るがない方だ……だからこそ、そういう生き様を慕う配下も多いんだろうな……
そしてメギドさんはしばらく楽しそうな表情で笑った後、ガバッと起き上がる。
「よっし、宴会だ!」
「……は?」
「……メギド……」
「おいおい、なにつれねぇ顔してやがる。俺等は戦って、今決着が着いたんだ! なら後は、互いの健闘を称え合って宴会するしかねぇだろ!!」
いきなり宴会を始めると言い始めたメギドさんの言葉に、俺は唖然としクロは呆れた様な表情を浮かべる。
「よっし、テメェ等! 宴会の準備だ! ケチケチすんなよ、最高の酒と飯を用意しやがれ! 俺に勝った相手だ、最高に派手な宴会にしなきゃ俺の名が廃る!」
「……あの、クロ?」
「いや、戸惑うと思うけど、こう言う奴なんだ……戦う事と宴会する事位しか頭にないんだよ」
「……」
状況について行けていない俺を置き去りにして、メギドさんは次々部下に指令を出して宴会の準備を始めて行く。
本当に強引な方と言うか……てか、ここリリアさんの屋敷の庭なんだけど……
「おう、そこの貴族!」
「は、はい!?」
「庭借りるぞ!」
「あ、はは、はい!」
「おっし、屋敷の中に居る奴も全部呼べ! 宴会は多い方が楽しいからな!」
あ、ちゃんと許可は取るんだ……いや、かなり遅い気もするが。
拝啓、母さん、父さん――メギドさんは何と言うか、豪快で愚直で、燃え盛る炎の様に苛烈な方だった。そしてどうしてこうなったか分からないが――宴会が始まった。
冥王「最近出番が少なかったので、別にクロノア一人で大丈夫だったけど出てきた!」