もうクロノアさんが主人公で良いんじゃないだろうか?
襲撃の騒ぎが一段落すると、誰もいなかった筈の街中に通行人が現れ始め、それだけでは無く壊れていた筈の建物等もいつの間にか元通りになっていた。
ジークさんの話では強力な結界魔法で、解除すると物損等が魔法の発動前の状態に戻るらしい。
そして一度屋敷に戻って状況を整理しようとジークさんが提案してくれると、アリスはあっさり「じゃ、私は帰ります。お疲れさまでした~」と去っていき、俺達はアリスと別れてリリアさんの屋敷に戻る。
屋敷に戻ると、ジークさんが事前にハミングバードを飛ばしていたみたいで、心配そうな表情をしたリリアさんが玄関の前に立っていた。
「カイトさん! 大丈夫ですか! 怪我は!? どこか痛い所は!?」
「へ? あ、いや……」
「落ち着いて下さいリリ、貴女がそんなに慌てていてはカイトさんも答えれませんよ」
「あ、はい。すみません……ジークの言うとお……え?」
物凄い勢いで詰め寄り、オロオロとした様子で俺の無事を確認してくるリリアさんを、ジークさんが苦笑交じりに止める。
するとリリアさんは我に返って一度謝罪した後……目を大きく開けてジークさんの方を見る。
「ともかく今は状況の確認です。場合によっては王宮へ助力を頼む必要もあるでしょうね」
「……」
「リリ? 聞いていますか?」
「え、あ、はい……あの、えと……ジーク、その、声……」
「え? ああ、まだ言ってませんでしたね。結局、世界樹の果実を食べました」
「……ぁっ」
どうやら襲撃の事を伝えるのを優先した為、ジークさんは声が戻った事を言い忘れていたみたいで、茫然とするリリアさんに改めて世界樹の果実を食べた事を伝える。
その言葉を聞いたリリアさんは、感極まった様に目に涙を浮かべ、ジークさんに飛びついた。
「ジーク!」
「え? ちょ、リリ!?」
「よかった……良かったです……声が戻って……本当に……」
「……リリ。貴女にも色々気苦労をかけましたね」
「全然、大丈夫ですよ……カイトさんに比べたら……」
「……」
長年待ち望んだ親友の声が戻り、涙を流すリリアさん……大変美しい光景である。けど、何で今、ごく自然な流れで俺を貶したの!?
誠に遺憾ではあるが、過去の行いが行いだけに……何も言えない。
それから屋敷から現れたルナマリアさんも、その場に加わり、ジークさんの声が戻った事を喜ぶ。
先程までの少し緊迫していた空気も和らぎ、どこか穏やかな雰囲気になった瞬間……
「ご主人様!?」
「え? なっ!?」
アニマの叫び声が聞こえて振り返ると、門の前辺りに天を突く程に巨大な火柱が上がっていた。
そして、その業火の柱の中から……ソレは現れた。
「おぅ、邪魔するぞ」
巨大な足音と共に現れ、燃え盛る炎の様な体毛に覆われた筋骨隆々とした体。ヤギに似た形の顔には巨大な捩れ角が生えており、正に悪魔と言った風貌……
俺が今まで見たどの生物より巨大な、10メートルを優に超えるであろう体躯。正真正銘の化け物が現れた。
「……せ、戦王様!?」
「ッ!?」
こ、コイツが……六王の一角、戦いをこよなく愛する獰猛な王……戦王・メギド・アルゲテス・ボルグネス!?
な、何て桁外れの魔力……この場に居るだけで、吹き飛ばされそうな程に大きい。
しかもそれだけじゃない。感応魔法で感じる凄まじく好戦的な感情も相まって、身を焦がされる様な感覚だった。
戦王の後ろには複数の配下らしい魔族も続いており、その中には少し前に遭遇した『三体』の魔族の姿もあった……いくらなんでも来るのが早すぎる!? 後バッカス居ない?
そして戦王は悠然と重厚な足音を響かせながらこちらに向かって来て、俺達の前で立ち止まる。
近くで見ると本当に凄まじい巨大さで、見下ろされる様な視線の威圧感が半端ではない。
「テメェがミヤマ・カイトだな?」
「……は、はい」
「何で、俺の誘いを断りやがった……こちとら、歓迎の準備をして待ってたんだぜ?」
「ッ!?」
怖い……ハッキリ言って滅茶苦茶怖い。
俺の体なんてひと飲みにされそうな口に生えた鋭い牙、対峙しているだけで震えが止まらない。
俺が誘いに応じなかった事に怒っているのか、睨みつける様な視線に晒されながら……それでも俺は歯を食いしばり、戦王の目を見つめて言葉を返す。
謝罪するのが賢い選択なのかもしれないが……生憎とそれは出来ない。
「……い、いきなり不意打ちをして来て……ジークさんを、俺がお世話になっている『大切な人』を傷つけた相手の招待になんて、応じられません」
正直この怒りだけはまだ消えていない。
イータによって怪我をしたジークさん。例えその傷は世界樹の果実によって癒えているとしても、そんな相手の招待になんて応じる気にはなれなかったし、友好的にしたいとも思わない。
例えこの場で殺される事になったとしても、この相手にだけは頭を下げたくなかった。
「~~!?」
「こら、ジーク。状況を考えて下さい。嬉しそうな顔しない」
「す、すみません。つい……」
震えながらもハッキリと告げた言葉、それを聞いた戦王は更に表情の怒気を強め……俺から視線を外した。
「……え?」
「……あ゛? 不意打ちだぁ? どういう事だ! バッカス!」
「……弁明を申し上げても?」
「さっさと言え、殺すぞ!」
意外な事に戦王は俺に怒りを向けるのではなく、後方に控えているミイラ男……あ、あれ、バッカスだったんだ……アインさんの一撃、凄まじいな。
そしてバッカスは戦王に対して、先程あった事を事細かに説明していく。
そして、しばらくして話し終えた後で、バッカスは戦王に深く頭を下げる。
「……以上です」
「……そうか、まぁテメェが俺の怒りを買う様な事はしねぇだろうな……問題はそいつらか……」
「「ッ!?」」
バッカスの説明を聞き終わった戦王は、イータとシータに視線を向け、二体はビクッと背筋を伸ばす。
そして戦王は片手で二体を纏めて掴み、軽々と持ち上げた。
「う、あぁぁ!?」
「がぁぁぁ!?」
余程の力で締めあげられているのか、イータとシータは悲痛な叫び声をあげるが、戦王は緩める様子もなく怒気の込められた声を放つ。
「テメェら……ふざけた真似してくれたな! 俺は連れて来いって言ったんだ! 誰が、不意打ちなんざしていいって言った!! あ゛!?」
「あぐっ、も、申し訳……」
戦王の体を覆う毛の色が、赤色から黒色へ変わっていき……燃え上がる黒い炎の化身の様に見えた。
「戦いってのはな! お互いに名乗り合って、構え合ってから始めるもんだ! それを、不意打ちなんざゴミみたいな真似しやがって……俺に恥をかかせてぇのか!!」
ソレは戦王にとっての戦いの美学なのかもしれない。
不意打ちはせず正々堂々と戦う……それを、イータとシータは破り、結果として戦王の怒りを買ってしまった。
ミシミシと耳障りな音が響き、少ししてイータとシータはぐったりと動かなくなる。
そして戦王は漆黒の体毛を再び赤色に戻してから俺の方を向く。
「……ミヤマ・カイト……カイトって呼ぶぞ? すまなかった」
「え?」
「うちの馬鹿が、ふざけた真似をした。確かに不意打ちなんざ、ゴミ以下の行為……テメェが、俺の誘いを断るのも当然だ!」
「あ、いや……」
「誘いを断った事は不問にする。そして、ほれ、せめてもの詫びだ……テメェが始末をつけろ」
「なっ!?」
そう告げた後で戦王は、俺の前にイータとシータを放り投げる。
死んでいるのかと思ったが、二体は息をしており生きてはいるみたいだった。
そして戦王はどこからともなく取り出した赤い刀身の剣を、俺の前に突き刺す。
「ほれ、それを使え……それなら、人間のテメェでも、そいつらの首を切り落とせるだろうよ」
「ッ!?」
戦王の言葉に驚愕する。
つまり戦王はこう言ってる……お前の手でソイツらを殺せと……
どうする? 確かにイータとシータにはジークさんを傷つけられた事で怒ってはいるが、殺したい等と考えている訳ではない。
しかし戦王は無言で告げている……拒否は許さないと……
俺は目の前に刺さった剣の柄を握り、ゆっくりとそれを引き抜いてから……戦王の前に投げ返した。
「……何のつもりだ?」
「殺しません」
「あ゛? 俺が、殺せっつったんだぞ?」
「……ッ!? 貴方は今、お前が始末をつけろを言いました……なら、殺さず許すのも、俺なりの始末です」
再び怒気を強めながら告げてくる戦王に対し、俺は震えながらもこれだけは譲れないと言葉を返す。
「……ソイツらを殺さなきゃ、俺がテメェを殺すと言ってもか?」
「はい!」
「……」
相手は六王の一角……殺すと言うのがハッタリでない事は、感応魔法を使わずとも伝わってくる。
それでも俺は、誰かを殺したりは出来ない……甘いと言われても、馬鹿だと言われても、無理なものは無理だ。
「く、は、はははは! あっははは!!」
「……え?」
「確かにそうだ! 俺がそう言った! 始末付けろってな! ははは、確かに殺せとは言ってねぇ!」
しかし戦王はその剛腕を俺に振り下ろしてきたりする訳ではなく、何故か愉快そうに笑い始めた。
そしてひとしきり笑った後、戦王は寒気がする程獰猛な笑みを浮かべながら告げる。
「テメェ……強えぇな……」
「え? い、いや、俺は……」
「腕力だとかそういう話じゃねぇ、心が強えぇ! 良いじゃねぇか! 俺を目の前にして、そこまで啖呵切れる奴なんざそうそう居ねぇ! 気に入った!」
「……は?」
「なぁ、カイト……『戦おうぜ』!」
「はっ!?」
凶悪な笑みを浮かべたまま、戦王は嬉しそうに告げてくる……戦おうと……
「俺がお前を気に入った! なら戦うしかねぇだろ!! 生物ってのは、戦いでこそ分かり合えるんだよ!!」
熱風の様な魔力が荒れ狂い、周囲に凄まじい暴風となって吹き荒れる。
何と言う脳筋理論!? やっぱこの方話が通じる相手じゃない!?
と言うか俺がこの方に勝てるわけが無い。今でさえ魔力の余波で吹っ飛ばされそうなのに、傷の一つすらつけられる訳が無い。
しかしもう完全に戦王の中では俺と戦う事が決定しているらしく、心底嬉しそうに俺に向かって近付いてくる。
かつてない程絶体絶命とも言えるその状況の中、静かに俺の前に四つの影が歩み出た。
「あ゛?」
「……い、いかに、せ、戦王様と言えど……か、カイトさんを傷つける事は許しません!」
「……リリに同意します。歯が立たないと分かっていても、挑まなければならない時はあります」
「ご主人様を守る事が自分の使命、勝てぬ相手とて逃げる気は無い!」
「……やれやれ、短い人生でしたね。まぁ、コレも巡り合わせと言うものでしょう」
「リリアさん、ジークさん、アニマ、ルナマリアさん……」
スッと俺の前に立った四人は、足を震わせながらもそれぞれ武器を構えて戦王と向かい合う。
「ほぅ……面白れぇ! 俺に挑むか……良いぞ、最高だ!!」
「「「「ッ!?」」」」
戦王が上機嫌で叫ぶと、ただでさえ凄まじいその筋肉が膨張し、体がさらに大きく膨れ上がる。
絶対に勝てない……それ程まで絶望的で強大な圧を放ちながら、ゆっくりと戦王が拳を振り上げる。
しかし、その拳がリリアさん達に向けて振り下ろされる事は無かった……
「……拳を降ろせ、戦王。その者達を傷つけようとする事は、我に刃を向けるに等しい行為と思え」
「あ゛? 何で、テメェがここに居やがる……『クロノア』!」
静かな言葉が空間に響き、悠然と強大な魔力を纏いながらこちらに近付いてくるクロノアさん。
「知れた事……そこに居るリリアは、我の祝福を受けし者、なれば、我にはリリアを守る義務がある」
クロノアさんはそう告げながらゆっくりと歩いて来て、リリアさんを背に庇う様にして戦王と向かい合う。
「すまぬ、察知が遅れて来るのが遅くなった。恐ろしかったであろう? ……だが、案ずるなリリア。我が来た以上、お前に傷の一つも負わせはせん」
「く、クロノア様ぁ……」
く、クロノアさん、超カッコいい!? 台詞も行動も登場のタイミングも、何もかもイケメンすぎる!?
ほ、本当に女性にしとくのが惜しすぎる方だ……
拝啓、母さん、父さん――襲撃が終わったかと思ったら、息もつかせぬ間に戦王が襲来した。そして絶体絶命とも言える状況の中で殺到と現れるクロノアさん。なんて言うか――もうクロノアさんが主人公で良いんじゃないだろうか?
リリアを守るために、仕事を投げ出して駆けつけました。
後戦王は、戦いたいって言っただけで別に殴り合いたいとは言ってない……快人と飲み比べしたいだけ。