思わぬ人物と再会したよ
ベヒモスを買い取った後、レース会場に戻る気にもならなかったので、アリスと共にアルクレシア帝国の首都を歩く。
ベヒモスは特に暴れたり周囲を威嚇する様な事も無く、穏やかに俺の少し後ろを付いてくる。
「大人しいものだね」
「いや、普通こんな大人しくないですから……よっぽどカイトさんに懐いてるんでしょうね」
「あ、そう言えば……名前とか付けないと」
「グル?」
いつまでもベヒモスと種族名で呼んでいては可哀想だし、何かしら名前を付けてあげないといけない訳だが……正直そういうネーミングセンスに自信は無い。
「よっし、ではこのネーミングセンスに定評のあるアリスちゃんが付けてあげましょう!」
「……」
そんな定評があった覚えはないが、アリスはノリノリで小さな胸を張る。
そして少し顎に手を当て得て考えた後……
「ベルフリード……略してベルってどうですか?」
「……本当にまともな名前が出てきて驚いた」
「どういう意味っすか!?」
驚いた事にアリスは本当に良い名前を提案してくれた。
正直絶対変な名前付けるだろうと思ってたのに……本当に意外だ。
「ベルフリードって名前で良いかな?」
「ガゥ!」
ベヒモスもその名前は気に入ってくれたみたいで、俺の言葉を聞いて大きく頷く。
可愛らしいその動きに微笑みながら、頭を撫でてやると、ベルは心地良さそうに顔を擦りつけてくる。
そのまま少し俺に撫でられた後、ベルは前足を上げて立ち上がり、ポンッとアリスの肩を叩く。
「グル」
「……おい、こら、獣畜生。なに、良くやったみたいな上から目線で労ってるんですか!? カイトさん相手と態度変わり過ぎでしょう!? ちょっとここは、人間様の恐ろしさってのを……」
「ガウ!」
「ぎゃんっ!?」
ベルの行動に怒りをあらわにしたアリスは、ベルに向かって拳を振り上げ……ベルのビンタでは吹っ飛ばされた。
さ、流石魔獣とんでもない腕力、常人なら首が折れてしまいそうだ。
まぁ、相手が殺しても死にそうにないアリスだから良いとして、他の相手にはしない様に注意しておかないと……
「ちょっと!? カイトさん! 私の扱いが雑すぎないですか!?」
復活早いな……あの猛烈なビンタで仮面にヒビすら無いって……
アリスはそのまま両手を大きく広げて、俺の方に向かって叫ぶ。
「私は愛情で育つんですよ! もっと私を愛してください! 抱きしめてください! さあ、カモン!」
「……ベル、GO!」
「グルアァァ!!」
「ぎゃにあぁぁぁぁぁ!?」
両手を広げながら、天下の往来でふざけた事を叫んでいたアリスにベルをけしかける。
うん、ベル大活躍だ。アリスへの突っ込みの威力も上がるし、本当にありがたい。
「ちょ、カイトさん!? なに一人で頷いて、ひぎゃあぁ!? 角、角は止め、刺さるうぅぅ!?」
「ベル、おいで」
「ガウ!」
「……う、迂闊な事言えないです……ベヒモスの攻撃とか、ホントしんどいっす」
むしろ伝説の魔獣に襲われて、しんどいですむって、コイツも何だかんだで化け物じみたスペックしてるよなぁ……
そこでふと、アリスと勝負していた事を思い出した。
「そう言えば、アリス。勝負って結局どうなったんだ?」
「ああ……いや、まぁ、完璧私の負けですね。今からレース場に戻っても、カイトさんに勝てる気がしないです……仕方ないので、大人しく言う事を一つ聞きますよ」
「う~ん」
俺的には別にお流れでも良かったんだが、アリスは最初に言った通り何でも俺の言う事を一つ聞くらしい。
とはいえ急に言う事を聞くと言われても何かが思い付く訳でもないので、保留しておく事にしよう。
そう思っていると、何故かアリスがもじもじと体を動かし、仮面で見えないが上目づかいでこちらを見つめて来てるような気がした。
「し、仕方ないですね……わ、私も覚悟は出来てますよ」
「うん?」
「宿屋街はあっちです……さあ、思う存分野獣の本能を私の体に……」
「ベル、GO!」
「ガアァァァ!」
「ぎやあぁぁぁ!? 本物の野獣は止めてえぇぇぇ!?」
舌の根も乾かない内に再びふざけた事を言うアリスに、再度ベルをけしかけた。
「……いや、本当に……ベヒモスをツッコミに使うの止めてください。いつか、怪我します」
「怪我ですむのが凄いよ」
肩で大きく息をしながら呟くアリスに呆れながらツッコミを入れる。本当にコイツはどれだけ頑丈なんだ?
ともあれアリスのおふざけも一段落したので、頑張ってくれたベルを撫でながら話しかける。
「とりあえず、まだ少し早いけど……夕食でも食べに行く?」
「え? 奢ってくれるんですか!?」
「……お前も十分儲けたんじゃ……」
「人の金で食う飯が、一番美味しいですからね!」
「本当、良い性格してるよお前……」
ぶれないアリスの様子に苦笑しつつ、どこかで食事をと思った時……ベルが顔を上げて低く唸る。
それに気付いて視線を動かすと、こちらに向かって綺麗な鎧を身に纏った集団……騎士っぽい人達が近付いてくる。
騎士達は俺の前まで来ると、一斉に片膝を深く頭を下げる。
「ミヤマ・カイト様ですね?」
「あ、はい……えと……」
「アルクレシア帝国、第一騎士団……団長のバルドと申します。突然の無礼をお許しください。我が国の皇帝陛下が、ミヤマ様にお会いしたいと申しておりまして……御都合がよろしければ是非来城いただけたらと……」
「は? え?」
本当に突然の出来事に思わず固まってしまう。
皇帝陛下……この国のトップが俺に会いたい? なんで? 全く状況が分からない。
俺がどう返して良いか迷っていると、ズイッとアリスが俺の前に立つ。
「おっと、カイトさんを招待したいのであれば、まずは相棒との呼び声も高い私を通してからにしてもらいましょうか」
「……」
いつからお前は俺の相棒になった……その言葉を必死に飲み込んだ。
このままでは上手く答えられないだろうし、アリスが交渉してくれるなら助か……
「まずこちらの要求は、豪華なディナーです!」
「……ベル、黙らせろ」
「ガルアァ!」
「ひやあぁぁぁ!?」
前言撤回、アリスに任せていてはまとまる話もまとまらない。
とりあえずアリスは放っておいて、バルドさんの方を向いて謝罪する。
「馬鹿が失礼しました……えっと、なんで俺を?」
「はい。皇帝陛下は『以前ミヤマ様にお会いした事があるらしく』、ミヤマ様がこの国に来ているのを知り、ぜひもう一度お会いしたいと申しております」
「以前に会った? え、ええと、不勉強ですみません。皇帝陛下のお名前って?」
「はっ、陛下の名前はクリス……クリス・ディア・フォン・アルクレシアと申します」
全然聞きおぼえない名前なんだけど!? 以前に会った事がある? どこでだろう?
俺はシンフォニア王国から出た事は無かったし、そのクリス陛下という名前に聞き覚えも無い。
けど一国の王からの招待……コレを断ると、リリアさんにも迷惑がかかってしまいそうな気がする。
「……わ、分かりました。お邪魔します」
「ありがとうございます。では、こちらに馬車を用意しておりますので」
バルドさんは俺の言葉を聞いて深く頭を下げた後、少し離れた場所にある……とてつもなく豪華な馬車に俺を案内する。
アリスと共に中に入り、流石にベルは乗せられないので走ってついて来てもらう事にする。
「カイトさん……皇帝陛下とも知り合いなんすか? マジで何者ですか貴方……」
「いや、俺の方に心当たりは全然ないんだけど……」
驚きながら尋ねてくるアリスの言葉に、俺はただただ首を傾げていた。
馬車に揺られて十数分……とても大きな、正しく王城と呼べる大きな城に辿り着く。
てっきり謁見の間みたいな所で挨拶をするのかと思ったら、案内されたのは広い応接室で、何人ものメイドや執事が壁際に綺麗に整列していた。
まるで国賓の様な扱いに戸惑いつつ、皇帝陛下の到着を待っていると……数分経って奥側のドアが開かれ、豪華な衣装に身を包んだ人物が現れる。
「ようこそおいで下さいましたミヤマ様、またお会いできて光栄です」
「……え? あれ?」
晴れやかな笑顔を浮かべる皇帝陛下の顔を見て、唖然とする。
……確かにこの人とは以前会ってる……顔に凄く見覚えがある。でも、え? あの人が皇帝陛下!?
いやいや、そんな馬鹿な……だって、この人は……
「……『バーベキューに行った時の、御者さん?』」
「はい」
「えぇぇぇぇ!?」
拝啓、母さん、父さん――何故か皇帝陛下に呼ばれ、王城に訪れる事になった訳なんだけど、驚いた事にそこで――思わぬ人物と再会したよ。
リリア「まだ、帰ってこない……」




