言ってる事が違います
リリアさんがルナマリアさんとお話(物理)してる間の避難として、図らずも同郷三人だけという組み合わせで屋敷内を歩く。
よくよく考えてみれば、楠さんとも柚木さんともロクに話はしてなかったな。楠さんとは昨日の夜に少しだけ話したけど、会話は上手く噛み合ってくれなかった。一先ずその辺りは詫びておくべきかな。
「あ~えと、楠さん。昨日は――「すみませんでした」――あれ?」
彼女を意図せずも不安にさせる様な言い回しになってしまった事を詫びようと思ったら、何故か先に謝られていた。
「大変だったのは宮間さんの方なのに、昨晩は変な質問をしてしまって……」
「ああ、いや、むしろこっちの方こそごめんね。変な返し方になって、俺も楠さん達から見たら冷静に見えるかもしれないけど、結構混乱しててさ……上手い説明が出来なかったよ」
「いえ、無理も無いと思います」
「……なんか、私置いてけぼりです。葵先輩と宮間先輩、いつ話ししたんですか?」
何となくではあるが昨日の会話のせいで少し硬くなっていた雰囲気が、互いに謝罪した事で少し和らいだ気がした。そして事情をよく知らない柚木さんが不思議そうな表情で尋ねてくるが、俺は別の部分が気になった。と言うか昨日から気になってはいた。
「昨日の夜に偶然廊下で会って、少し話しただけだよ。というか、気にはなってたんだけど……何で柚木さんは、俺の事先輩って呼ぶの?」
「え? だって宮間先輩ってうちの高校のOBですよね?」
「へ?」
「え? 陽菜ちゃん、それ本当!?」
「あ、はい。たぶん……」
当り前の様に告げる柚木さんの言葉には、正直驚いた。確かに俺は二人が通っていた高校の卒業生ではあるが、卒業したのは三年前であり、現在校生の二人が知っているとは思ってなかった。
「確かに、俺は二人と同じ高校に通ってたけど……卒業したのは三年前なんだけど……」
「えと、最初は自信無かったんですけど、私の兄さんから聞いてた特徴と合うからそうかな~って」
「お兄さん?」
これはまた不思議な単語が飛び出してきた。自慢ではないが、高校時代の俺はこれと言った特徴の無い学生だった筈だ。部活動はやって無かったし、成績は平均点を行ったり来たり、別に大きなエピソードがあった訳でもなく、自分で言ってて悲しくなるがぼっちで友達もロクにいなかった。
実際今も必死に記憶を探して柚木さんの兄らしき人物を思い出そうとしているが、正直心当たりがない。
「はい。右耳から首にかけて大きな傷跡がある人って聞いてたんで、それ見てそうかな~って」
「……確かにそれは分かりやすい特徴かもしれないけど、俺の方に柚木さんのお兄さんに心当たりは……」
確かに俺は昔事故にあって、右耳から首にかけて大きめの傷跡が残っている。ある意味分かりやすい外見的特徴かもしれないが、それを覚える位に話を聞いてるって事は、柚木さんのお兄さんはけっこう頻繁に俺の話をしてたって事になる。グループ分け授業がいじめにしか感じられなかった俺には、正直まったく心当たりは無い。
「授業中にいっつも寝てて、何度注意しても直らないってよく愚痴ってましたけど……」
「……ああ、成程。委員長か……」
高校2年生の時だったか、俺はMMO――所謂ネットゲームにハマり、ほぼ昼夜逆転の生活を行っていた。夜通しゲームをして、学校で寝る。今思い返してみれば不真面目極まりない状態ではあるが、反抗期とも言える世の中を舐めていた時期であり、教師も何度注意しても寝る俺に対し途中から諦めて何も言わなくなった。
ただそんな中でも真面目な人と言うのは居るもので、クラス委員長だけはもうそれは毎日の様に注意してきてたなぁ……当時は鬱陶しいとしか感じなかったけど、精神的に落ち着いた今となっては申し訳ない気持ちになる。そのクラス委員長の名字は、確かに思い返してみれば柚木だった覚えがある。あだ名が委員長で、それ以外でロクに会話をした事が無かったのですっかり忘れてた。
「宮間さん……学校に何しに行ってたんですか……」
「いや、まぁ当時は色々とね……柚木さん、一年後に帰ったら俺が謝ってたって伝えといて」
「了解です!」
恐らく真面目な性格をしているであろう楠さんがジト目で俺を見て、柚木さんは苦笑しながら大袈裟な敬礼を返してくる。
残念なことに頼りがいのある年長者と言うポジションにつく事は出来なさそうだが、今回二人と話が出来たおかげでほんの少しだけ距離が縮まった気がした。
簡単に屋敷内を散策してから先程の部屋に戻ると、リリアさんが優しい笑顔で迎えてくれた。流石貴族様と言うか、可愛らしさの中に凛とした気品があって実に絵になる笑顔だ……部屋のすみでボロ雑巾みたいに転がってる何かは、見なかった事にしよう。
俺達三人が席に座ったのを確認すると、リリアさんは一度頷いて口を開く。
「今日は、皆さんもたぶん気になってるとは思うのですが……魔法についてです」
「おぉ……」
流石にこの言葉にはテンションの上がりを実感してしまう。と言うのも、この屋敷で半日過ごしただけでも魔法らしき技術はあちこちで目にしていたし、いくつかは実際に使用した。風呂場にあった触れるとシャワーの出る宝石、廊下にあった宙に浮いている照明。ボロ雑巾――もといルナマリアさんの説明では触れるだけで良いとの事だが、アレも魔法で間違いないのだろう。
楠さんと柚木さんも異世界の真骨頂とも言える魔法には興味があるのか、期待した様な眼差しを向けてリリアさんを見ている。
「まず気になるのは、皆さんにも魔法が使用できるかどうかだと思います。魔法の源となる魔力に関しては、異世界の方も例外なく有しています。なので魔法を使う下地はあると言う事ですね。ただ、魔法を行使できるようになるのは……かなり才能に左右されまして、一概に使用出来るとは断言はできません」
そうリリアさんが話すと同時に、いつの間にか復活したルナマリアさんが俺達の前に一冊ずつ本を置いていく。あ、今俺の事恨みの籠った目でチラッと見た。いや、自業自得だからねさっきのは……
「通常召喚の際に勇者様はこの世界の言語を理解出来る様になるそうです。皆さんも私達の言葉を理解している様なので問題無いかとは思いますが、一応確認してみてください」
これも定番と言えば定番ではあるけど、非常に重要だ。英語の成績とか悪かったし、言語が理解出来る補正位無いとこの世界の文字を覚えるだけで一年なんてすぐ経ってしまうかもしれない。
そんな事を考えながら手元の本に目を移すと『魔法入門』と書かれているのが理解出来た。おお、ちゃんと読める。
「……問題無い様ですね。では、実際の魔法の行使についてですが……これは正直、それなりに難しいもので、個人差が大きいですが、習得にはそれなりの時間を必要とします」
「魔導師という職業で生計を立てられる程度には、魔法を使える者は少ないです」
リリアさんの説明とルナマリアさんの補足の意味はすぐに理解出来た。と言うのも話を聞きながら本をパラパラとめくってみたのだが、確かに理論だ術式だとかなり難しい事が書かれている。
「これは、難しそうですね」
「うへぇ、私もうみただけでギブです」
楠さんと柚木さんも同じ感想の様で、難しい表情を浮かべて入門書を眺めている。確かにこれは今日明日でどうこうというのは難しいだろう。てか無理だ。
「ふふふ、私も簡単な魔法を発動できるようになるまで3ヶ月かかりました」
「お嬢様はむしろ早い部類です。平均は1年ほどでしょう」
「……それは、難しそうですね」
正直言って少し、いやかなりショックではある。別に魔法を使って魔物と戦いたいとかそういう訳ではないが、使ってみたかったという気持ちはある。
「……ただし、それはあくまで『自分で魔法を発動させる』場合の話です」
「「「え?」」」
「友好条約以降、魔界から伝わった技術で最も革新的であったのは『魔法具』と呼ばれる魔法術式を保存する技術でした。魔水晶と呼ばれる魔力と術式を保存できる宝石がありまして、そこに予め術式を保存しておく事で、誰でも触れるだけでその魔法を使用出来ます」
「ひょっとして……風呂場にあった青い宝石とかがそうですか?」
「ええ、その通りです。皆さんの世界にある――確かデンチと言いましたか? それと同じ様に魔力を予め魔水晶に保存しておけば、使用者は発動用の僅かな魔力のみで保存された魔法を使用できます。今となっては、むしろこちらが主流で、この魔法具を作れる技術者を魔導師と呼ぶくらいですね」
「一応補足させて頂きますが、攻撃性の高い魔法具に関しては使用許可を得る必要がありますし、街中での使用は原則禁止です。まぁそもそも購入制限がありますね」
ふむ、要するに魔法具ってのは俺達の世界で言う所の懐中電灯だとか、ライターだとかそういう類の物って考えるのが良いのかもしれない。実際俺達も風呂場や自室で触れるだけで使えてたし、こちらには難しい理論等は必要ないと言う事だ。
「なので、極端な話……魔導師を目指す訳でも無ければ、魔法の勉強は必要ないのですが……先程言った様に、魔法習得の早さは個人差が大きいですし、自分で発動できると何かと便利ですから、簡単に勉強してみるのもいいかもしれません」
そう言いながらリリアさんが手に魔法陣の様なものを浮かると、室内に緩やかな風が吹く。
「魔法には火、水、風、土、雷、光、闇という属性の魔法と、無属性の魔法があり全部で8種類です。個々によって得手不得手があります。ちなみに私の得意属性は風で、ルナは水です」
「実際に見てみると、なんか感動しますね」
リリアさんが少し実演してみてくれた魔法に柚木さんが感動した表情を浮かべている中、俺の頭に思い浮かぶのはクロの使っていた魔法らしき物。あの万能コートはたぶん魔法で間違いないんだろうけど、属性は何だろう? やっぱ魔族のイメージと言えば闇属性かな? コートも黒色だったし……でも出てきた畳はちゃんと緑だったっけ? 今度聞いてみよう。
「その本は差し上げますので、時間がある時にでも読んでみてください」
そこで一度区切った後で、魔法に関する理論的な説明を1時間ほど受けて解散となった。
異世界での二日目は特に何事も無く過ぎていき、夜になると俺は自分の部屋で貰った魔法入門の本を読んでいたが、正直ちんぷんかんぷんと言っていい。
属性魔法それぞれに理論があり、術式の基礎があり複雑で難解だ。この世界に住む人達は、魔法を覚えたいのであれば魔法学校に通い習得するらしい。実際リリアさんは騎士団で、ルナマリアさんは魔法学校で覚えたと言っていた。それ位個人で覚えるのは難しく、専門家である講師の存在は重要らしい。
リリアさんは興味があるなら講師を手配すると言ってくれたが、流石にそこまでお世話になるのは気が引けて断った。
そしてある意味イメージ通りと言えばそうだが、魔法と言うのは人族より魔族の方が圧倒的に長けており、錬度に差こそあれ殆どの魔族は何かしらの魔法が使えるとの事だが、魔族は感覚で魔法を使用する者が殆どらしく、他者に指導できるレベルとなるとかなり高度な知識を持った上位魔族に限られるとかで、魔族の講師はほぼ居ないらしい。
そのくらいのレベルの魔族は、詠唱はおろか魔法陣すらなく魔法を発動できるとか――待てよ? 何かそんな光景見た様な? てか、クロがそうじゃない? それならクロに聞けば……いや、でもいつ現れるか分からないし――
「呼ばれた気がしたっ!」
「ぶっ!?」
思い浮かべた瞬間、颯爽と――室内に不法侵入して現れる幼女魔族。黒いコートがはためき、コートの隙間から白い足が見えた。コートがあまりにでかくて今まで見えなかったけど、下はハーフパンツだったのか……いや、そうじゃなくて!? はえぇよ!? 何で思い浮かべた瞬間に現れてんの!? やっぱコイツ、エスパーだろ!?
「今日も良い夜だね~」
「……あ、あぁ……って、いつの間に!?」
「まぁまぁ、細かい事は気にせず。はい、ベビーカステラ。今日はジャム入れてみたよ!」
もう、それベビーカステラじゃなくてミニジャムパンじゃない? ベビーカステラの形にする意味あるの?
当り前の様に差し出されるベビーカステラを口に運ぶと、クロはごく自然な動作で何処からともなく取り出した椅子に座り、湯呑みに入ったコーヒーをテーブルに置く。
昨日と同じニコニコと無邪気な笑顔のクロに対し、俺はもう慣れてしまったのか突っ込む気力も無く貰ったコーヒーを飲む。っとそこでふとある事を思い出した。
「あれ? そう言えば……今日って魔族は指定された物以外は食べないんじゃなかったっけ?」
「そだね。指定されてるから大丈夫だよ」
「そ、ソウデスカ」
朝聞いた魔族の新年の過ごし方を思い出して尋ねてみたが、ベビーカステラもコーヒーも指定されているらしい。ベビーカステラとコーヒー指定した六王って誰だよ。いや、もしかしたら魔界では人気あったりするのか、この二つの組み合わせ。
そこでクロは俺が手に持っている本に気が付き、大袈裟に首を傾げながら口を開く。
「うん? それ、何の本?」
「ああ、魔法の入門書だよ」
「へぇ~魔法覚えるんだ。あ、もしかしてそれでボクに会いたかったの?」
「あ~まぁ、そんな感じかな? ちょっと読んでみたんだけど、8種類もあるとどれから手を付けていいか……」
「8種類? 魔法の種類なんて『2つ』しかないのに?」
「……へ?」
属性が複数あり、どれもこれも理論が違う魔法に四苦八苦している事を伝えようと思ったが、クロからごく当たり前の様に返ってきた言葉に硬直する。
2種類だけ? 火・水・風・土・雷・光・闇の7つに無属性で8つの筈なんだけど……
「2種類だけ?」
「うん、そだよ。魔力をそのまま行使する『無変換魔法』と魔力を火とか水って別の物に変えて使う『変換魔法』その二つだけだけど?」
「……えっと……クロ、ちょっと聞きたいんだけど……普通簡単な魔法を発動出来るまでって、どの位かかるものなの?」
「う~ん。資質によって差があるだろうけど『早くて1日、長くて1ヶ月』くらいじゃない?」
「……へ?」
拝啓、お母様、お父様――魔法について学び始めました。でも、魔族と人族で――言ってる事が違います。