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エピソード6 最後の戦い

 あくる朝、天気はあいにくの雨だった。


 ビレッジ・ヴェンティル。

 一同はシリアルとブラン、そしてあたたかいスープで、朝食を摂りつつ暖まった。

 朝のお風呂とスキンケアを済ませ、旅行カバンに詰め込んだ新しい服に着替える。旅行用の着替えも一着しかない。

 フリューゲルの新しい服の胸元には、あの虹色の羽根のペンダントが輝いている。一方でハーゼはと言うと、一応新しいものに着替えてはいるのだが、いつもどおりの民族衣装だった。

「さて。」

 ハーゼは後片付けを済ませたフリューゲルたち三人に言った。

「今日、シャックスと戦うわけだけど、改めて言うよ。きみたちを巻き添えにして、本当にごめん。今までも何人かの一般人に迷惑をかけたことはあるけど、魔法の存在を暴露し、しかもきみたちを戦いに巻き込んだのは、本当に悪かったと思ってる。」

 その言葉に、エルナが返した。

「今更そんなこと気にすんなって。誰も迷惑だなんて思ってないさ。それに言ったろ、昨日。もうそんなのは言いっこなしだ。」

「エルナ……」

「そうですよ?」

 フランカも返す。

「成り行きなんて、もはや過去のことです。シャックスは、私たちの学友たちやエリック先生たちの夢を奪いました。これ以上夢が奪わせない、そして奪われた夢を取り戻す、そのお手伝いをさせてください。」

 そして、フリューゲルも。

「まぁ、あれだよ。『僕を頼れ』って言ったのはハーゼの方だよ。ハーゼも遠慮なんかしないで、わたしたちを頼ってよ。」

「……ありがとう、みんな。本当に助かる!」

 すると、ふと何かを思い出したようにエルナが言った。

「そうだ。これって、日本の童話『桃太郎』に似てない?」

「……どこが、ですか?」

「鬼退治だよ。モモから生まれた桃太郎が三人の仲間を引き連れ、悪さを働く鬼を退治に行き、鬼がこれまで人々から奪ってきた金銀財宝を取り返し、それを人々に届けるってストーリー。

 で、その桃太郎はハーゼ。あたしたちさしずめ、その旅の中で出会った仲間ってとこか。そしてあたしたちは、鬼ことシャックスから奪われた夢を取り戻す!」

「桃太郎とともに鬼と戦う、ですか。とても素敵ですね。」

「だろ? だからハーゼ。気に病むことも謝ることもないさ。もっと堂々として、あたしらを鬼退治に連れてってくれよ。」

 その言葉に面食らったような表情をするハーゼだが、少し間を置いて、和らいだ表情でふっと微笑む。

「きみたちはとても頼もしいよ。ありがとう、みんな。」

 そしてフリューゲルたちはログハウスの戸締まりを済ませ、ログハウスを出た。ビレッジ・ヴェンティルに置き去りにされてずっと使われていなかったボロボロだった傘を、フリューゲルは魔法で修復した。

 余分な体力を使わないために、一同は電車でエルデの町に帰ることにした。山道を降り、ローカル鉄道から大きな線路へと乗り継ぎ、途中下車してのどを潤し、また電車に乗ってエルデを目指す。

 電車の外の流れてゆく外の景色を眺めながら、フリューゲルが言う。

「考えてみれば、わたしたち学校サボってるんだよねー。」

「まぁこういう時だし、仕方ないじゃん?」

「ちょっと悪いことをしているみたいで、ドキドキしますね。」

 その間、誰もシャックスや戦いのことには触れず、ただ窓の外を眺めて空の景色をつぶやいたり、何気ない話から数珠繋ぎのように脈絡もない話を楽しんだりする。ハーゼはこのように展開が急に変わる会話についていけないようで、いわゆる女子トークを楽しむフリューゲルたちを近い距離から遠巻きに眺めているだけだった。


 エルデの大きな駅、『エルデ中央ツェントラール駅』。

 この町で一番初めの役所だった古い建物を改装した、古めかしい雰囲気を持つ駅だった。遠くから来た観光客や買い物客の中には、この駅を写真に残して帰る人も多い。

 そこに降り立ったフリューゲルたち。ハーゼは、敵が潜んでいる町だけあり警戒を怠らない。雨が降っているため、遠くは見渡せない。

「そうだ、ハーゼ。」

 フリューゲルが尋ねた。

「ん?」

「いくら何でも都会のど真ん中で戦わないよね。シャックスをどこに呼べばいいの?」

「あ…… そこ考えてなかった。いっつも僕がシャックスの暴走を止める側だったから、こっちから呼ぶなんてこと一度もなかったし……」

 失敗した、と言った風なハーゼ。そこにエルナが言う。

「案外ドジなんだな。」

「もう、失礼ですよ、エルナ。」

 フランカがエルナをたしなめるが、ハーゼは首を横に振って答えた。

「いや、エルナの言う通り。僕のミスだ。でもそうなると本当にどうしよう。」

 すると、フリューゲルは突然ハーゼに聞いた。

「ねぇ、ハーゼ。アークル…… 心が生み出す魔法エネルギーの使い方だけど、自分が持っているアークルを魔法に使うだけじゃなくて、よそからもらうことってできるのかな?」

「アークルをよそからもらう? いや、分からない。そもそもその発想自体、僕にはなかった。ほかの魔法の番人や魔法使いなら分かるかもしれないけど、そんな話は誰も口にしなかったと思うよ。」

「そうなんだ。……じゃあ、」

 フリューゲルがパチンと指を鳴らし、ひとつの提案をする。

「考えていた場所があるんだ。そこでいいかな。」


 一方、シャックスは。

「……まだだ。まだ、リディアを復活させるだけの夢が集まらん。」

 薄暗い部屋にいた。

 明かりもつけず、その部屋を照らしていたのは、床に描かれた魔法陣の上に浮かんでいる青白い魔法の光だけだった。時折その光を中心に少女のようなシルエットが浮かび上がるが、それが完全に形になることはない。

「リディアよ…… わしの可愛いリディアよ。早く、早く帰ってきておくれ……」

 シャックスは孫娘リディアの復活に遠く及ばない夢の集合体を、ローブに隠れている、右腕の腕輪の中に呼び戻す。青白い光は腕輪の中に吸い込まれてゆき、部屋の中を照らすものはなくなってしまった。

 部屋を出たシャックス。彼の住まいは、建設途中のレンガの家。まだ鉄パイプの足場が残されており、壁も屋根も内装も未完成。唯一、先程の魔法のラボのような部屋だけが完成している。

 キッチンに当たるところには、雨風が運んできたほこりとインスタント食の残骸ばかり。床は雨にさらされているため水びたし。ガスも電気も通っていないこの家は、ある日を境に建設を打ち切られ、見放されてしまったのだろう。

 そこに一通の封筒が空から飛んできた。足元にこつんと音を立てて落ちた封筒を、シャックスは拾う。雨の中を飛んできたのに、その封筒は濡れていない。

「ん? ……ほう、ウサギの目か。」

 どうやら差出人はハーゼのようだ。

 封筒の片隅を破き、中の手紙を取り出す。そしてそれを一瞥いちべつすると、封筒もろともグシャグシャに丸め、水びたしの床に放り投げた。

「よかろう。ウサギの目よ、そこで待っておれ。貴様と、貴様をかくまっている小娘たちの夢、まとめてリディアへの土産としてもらいうけてくれよう。」

 すると、シャックスはローブのふところ左袖から何かを取り出した。

 それは、羽根の化石。それに魔法をかけると、何とその化石はどんどん大きくなり、それは一頭の始祖鳥、グンターとなった。


 エルデの町に立つ電波塔、エルデ電波塔。

 そのアンテナ部分に火花が走り、そこから魔法少女姿のフリューゲルが現れた。虹色の翼を大きく広げたまま遊泳下降しながら、あるところに向かう。

 フリューゲルが舞い降りた場所、そこは、高いビルの屋上。そのビルは、地下はスーパーマーケット、一階から途中まではショッピングモールだが、最上階とその下の階がそれぞれ、会議室兼市民ホールと、市立図書館となっている。市立図書館とショッピングモールの間の階はフードコートとなっている。

 フリューゲルは屋上の水溜りをダウンバースト(すさまじい風圧の下降気流)で消し、ビルの上に大きな傘のような魔法陣を展開して雨を防ぐ。魔法少女の姿を解いた彼女の目の前には、輪になって手をつないだ、エルナ、フランカ、ハーゼがいる。

「ここだよ、わたしが選んだ場所は。」

 その言葉に、フランカが問う。

「どうして、このビルの上なのですか? 落ちたら危ないですよ……?」

「大丈夫、ビルの外にも足場魔法をハーゼにかけてもらった。このビルはこのあたりで高い方だから、駅ビルからでもあまり見られないよ。それに、『このビルだからできるかもしれないこと』をやってみたくて。」

「このビルだからできること、ですか……?」

「うん。魔法の動力源アークルが人の心から生まれているエネルギーだとしたら、きっとそれもできると思うんだ。」


 程なくして、そのビルの屋上にグンターが舞い降りる。

 グンターの背に乗っているシャックスは屋上を見渡す。だが屋上にはたったひとり、普段着姿のフリューゲルしかいない。わずかに目つきを鋭くさせ、シャックスはフリューゲルに言う。

「来てやったぞ。ウサギの目を出せ、小娘。さもなくば、お前から真っ先に夢を奪う。」

「誰があなたの言うことなんて。わたしは、ううん。わたしたちは、あなたの暴走を止める。これ以上、あなたに誰かの夢を奪わせたりしない。これ以上奪わせないために、これ以上誰かの夢がなくならないために、わたしたちは戦う。それだけだよ。」

 フリューゲルは魔法少女の姿に変身し、虹色の翼を広げた。右手に弓を持つが、左手は弦に添えることなく、ただ静かに、シャックスを見据えていた。そしてその左手には、ハーゼから託された魔法媒介、霧の民の指輪が輝いていた。

 そしてシャックスは、ローブの、ずっと顔を覆い隠していたフードを脱ぐ。これまで口元の表情しか分からなかった彼の素顔があらわになる。

「お前のような小娘には分かるまい。目に入れても痛くない大切な孫娘を奪われた、わしの気持ちなど。自身でも理解できぬほどに底知れぬ悲しみなど。」

「……そうだね、分からないよ。」

 オールバックにした銀色の髪、顔こそしわだらけだが鷹のように鋭い目。そしてグレーの瞳。首元には、ネクタイを締めた白いシャツが見えている。

「だからって、失ったものを取り戻すために、誰かを犠牲にして、そして誰かの夢を奪っていい理由なんてない。だから、わたしが教えるよ。」

 そしてフリューゲルは、凛とした視線をシャックスに向ける。


「これ以上失わないために、守ることを。

 そしてそれを、別の誰かに教えてあげることを!」


 だがシャックスは聞く耳を持たない。

 グンターの手綱を強く振るう。するとグンターは大きな翼を広げ、フリューゲルに食ってかかる。フリューゲルは魔法の爆発の勢いに乗って空へと舞い上がる。そこからは翼の羽ばたきだけで一気に空高く舞い上がる。

「逃がすか!」

 その時、シャックスの体を衝撃が襲う。それと同時にグンターが悲鳴を上げ、羽ばたくことをやめてしまう。そしてグンターとシャックスは共にビルの屋上へと真っ逆様に落下してゆく。

 ――青白い光の爆発だと? これはウサギの目が得意とする!

 そう。ビルの屋上の塔屋(屋上に突き出した部分)の陰に隠れていたハーゼが、魔法を使ってグンターもろともシャックスを撃ち落したのだ。

 だがグンターも一撃ではくたばらない。グンターは一度空中で体制を整え、フリューゲルからハーゼへと標的を変更しようとする。だがフリューゲルが空から放った光の矢をくびに受け、今度は完全に射落とされてしまう。

「グンター! ……この、こしゃくなガキどもめ!」

 コンクリートに叩きつけられたグンターとシャックス。

 そこに現れたのは、ふたりの少女。

「や、お久しぶり?」「友人の助太刀に参りました。」

 エルナとフランカだった。塔屋の中に隠れていたのだろう。

 それぞれ、指ぬきナックルグローブをはめた拳と、カーボン製の黒い剣を構えている。フランカの剣は、右手で扱うレイピアと左手専用のマンゴーシュだった。

 シャックスはすかさず立ち上がり、ローブの下から短剣を取り出す。

「お前たちもいたか。そうまでしてわしの願いを止めるというか!」

「勘違いすんなよ。」

 右腕を強く振るい、エルナが答えた。

「あんたが人々の夢を奪って何をしようとしてんのかなんて知ったこっちゃない。けど、あんたはあたしらの親友から夢を奪おうとした。学校の友達や先生たちからは現に奪った。それだけは絶対に許さない。」

「知ったことではないなら中途半端に首を突っ込むな! 戦争も、戦争がもたらす悲劇もろくに知らぬ小娘どもが!」

 そしてシャックスは短剣に魔法を施す。するとその短剣は、握りを両手で握れる細長いじょう(握りの前後に剣身がある武器)へと変化する。順手の側、逆手の側、共に長剣のそれに匹敵する長い剣身が銀色に輝いている。

 フェンスに降り立って弓矢を引くフリューゲル。右手を構え新たなる魔法を発動するハーゼ。拳を脇に添えるエルナ、長剣とマンゴーシュを掲げるフランカ。彼らに囲まれたシャックスは、それでも戦おうと剣を構える。

「そうか。……よかろう、全員まとめて相手になってくれる。」

 先に動き出したのは、シャックスだった。

 自分のアークルをある程度グンターに分け与えると、グンターにフリューゲルを仕留めるように指示。そして自分は同じ剣使いであるフランカと向かい合う。

「……ぬぉ!」

 シャックスが仕掛ける。

 右足を踏み出すと同時に、ブンと大きく杖を振り回しながら順手側をフランカに向ける。と同時に左手から魔法を発動。赤黒い光球を分散させ、ハーゼ、エルナ、フランカ全員に向けて放つ。

「来るぞ! ふたりとも気をつけろ!」

 ハーゼはそれを予期していたのか右手に構えた光の剣で次々に叩き落すが、エルナ、フランカははじめのうちはあわてて避けるだけだった。シャックスはそのチームワークが乱れた瞬間を狙ったが、フランカに向けた逆手側の刃が青い光球に弾き飛ばされる。

「ぬっ!? ……ウサギの目か、小ざかしい!」

「だからその名前で呼ぶな! いい加減、」

 ハーゼは光の剣を構えてシャックスにつかみかかる。

「覚えろよ!」


 一方、フリューゲルの方は。

おーにさーんこっちらー、手ーの鳴ーるほーぉへー!」

 グンターはフリューゲルに追いつくと、食らい付いたり炎を吐き出したりしてフリューゲルを打ち落とそうとする。だが、フリューゲルは翼の羽ばたきと魔法爆発で急激に軌道を変えてグンターを翻弄してゆく。

 主を乗せていない鞍はフリューゲルの光の矢によって射落とされ、地上に落ちる前にアークルの光のかけらとなって消え去っていた。

 そしてフリューゲルは空を縦横無尽に飛びまわりながらグンターを振り回し、グンターの背を取るとすかさず光の矢を向ける。アーチェリーで的を射る時のように、姿勢を正して集中する。

 そして矢を放つ。それは光の軌跡を描きながらグンターに向かってゆく。だが、グンターは紙一重の距離でそれを回避して空へと逃げる。

 ――ミスった! 次ははずさない!


 ビルでは霧雨きりさめの中、三対一の戦いが続く。

「てい!」「やっ!」

 赤黒い光球をエルナとフランカは素手と剣で弾き飛ばし、右ストレートとレイピアでシャックスに食ってかかる。だがシャックスはフランカの剣を杖の順手側の剣身で交わし、エルナの拳を左腕で受け止める。

 そこにハーゼの魔法の一撃。青白い光球はシャックスの背中めがけて飛んで行く。だがシャックスは杖の逆手側の剣身でそれを弾き飛ばす。

作戦ツメが甘いわ、ウサギの目!」

 だがその時、シャックスに衝撃が襲う。

 ハーゼが放った光球が真上から落下し、シャックスの右片直撃したのだ。

「がふ!?」

 そう、ハーゼは二発の魔法を繰り出していたのだ。

 三人から距離を置くシャックス。かろうじて杖は落とさなかったが、痛みをこらえながら左手でいくつもの赤黒い光球をあたりに浮かび上がらせる。

 エルナは拳、フランカはレイピアとマンゴーシュ、ハーゼも光の剣を構えなおしてシャックスと向かい合う。人数的に有利でも、あの光球を相手にするとなるとその利は逆転してしまう。

「ったく、またこのパターンかよ!」

「確かにあの防衛ラインを相手にしながらシャックスに近付くのは大変ですね……」

 そしてふたりは思う。今でこそ地上戦だが、ハーゼはこれまで同じことを空中戦で繰り広げてきたはず。よくこんな魔法使いと対等に渡り合えたものだ。

 すると、ハーゼが言う。

「大丈夫、屈するな!」

 その目は、まだ戦うことをあきらめていない。

「魔法はアークルを使う技術。アークルは心が生み出す。心が弱るとアークルは枯れる。心で負けるな、逆に追い詰めろ。僕たちはあきらめない。絶対に負けない! 僕たちの心はシャックスの魔法なんかに屈したりはしない。それを見せ付けてやれ!」

 するとハーゼは右手に握った光の長剣を、何と一本の光の槍へと変化させた。ハーゼは青白い円形の軌跡を描きながら槍を振り回して、その穂先をシャックスに向ける。

「僕が突破する。ふたりは続いて!」


 空の上ではまだ、フリューゲルとグンターの追いかけっこが続いていた。

 フリューゲルは弓矢で、グンターは吐き出す炎で、互いに相手を打ち落とそうとしている。わずかにフリューゲルが押している気がするが、グンターに致命的なダメージを与えることができずにいる。

 ――ちまちま矢を当てているだけじゃダメだ。早いとこあいつを射落とさなきゃ。

 ――遊んでるわけじゃないけど、こいつもすばしっこいよ。

 舞台はいつの間にか雲の上へ。空気は薄く、風の流れは強い。魔法で体を保護していなければ、地上との環境の違いで体に異変を起こしているはずだ。

 ――何かあるはず。何か、きっと!

 飛びながら考える。

 軌道を変え、雲の中に突入し、突き抜け、また青空の下に出る。

 体力もアークルも無駄には使えない。グンターを振り払いながら必死に考える。

 すると。

 ――そうだ!

 何か思いついたのだろう。フリューゲルは再び軌道を変える。

「いい加減に捕まえられないなら、きみが鬼のままでゲームセットだよ!」

 グンターは吼える。フリューゲルにバカにされていると思ったのだろうか。

 するとフリューゲルは空中で振り返り、左手に魔法を収束させる。それは青白い光となって大爆発を起こした。

 それは太陽のようなまぶしい光。前にグンターの目をくらませて自分を見失わせるためにエルデの街中で使った技だ。あの時は逃げたが、今回は違う。

 ――今だ!

 フリューゲルは空中で旋回。まぶしいあまりに目を閉じて突っ込んでくるグンターの背後を取って左手を構えた。しかもその左手に握られているのは大弓ガーンディーヴァで射るための矢ではない。左手に新しい武器を構成したのだ。

「パァァッシュ!」

 翼の形のつばと手を保護する籠手こてを持つ、幅広の剣身の剣。

「パタァーッ!」

 剣身は握りと直角にある、『斬る』よりも『拳で打つようにして貫く』ことに特化された剣。名を『パーシュパタ』。それをフリューゲルは、グンターの背後からその首筋に強く突き立てた。

 悲鳴を上げるグンター。痛みにもがき羽ばたくこともできなくなったグンターは、そのまま真っ逆様に急降下してゆく。フリューゲルを首に乗せ、雲を突き抜け、ジオラマのように小さく見えるエルデの町へと。

 グンターの首に突き刺さったパーシュパタを手放し、フリューゲルは翼を広げてグンターから離れた。そして落下してゆくグンターの様子を眺めながら、フリューゲルは小さくつぶやいた。

「……このままだと、町に落ちるかなぁ。」

 そしてフリューゲルも、グンターを追いかけ急降下する。


 ビルの屋上では、誰もがボロボロになっていた。

 しかもハーゼにいたっては全身に打撲を負い、フェンスに叩きつけられていた。頭から血を流し、手にはもう光の槍を握っていない。

 立っているのは、エルナ、フランカ、シャックス。しかもエルナとフランカも立っているのがやっとの様子。エルナは両腕に打撲と傷を負い、赤く腫れ上がっている。フランカのレイピアも剣身を折られ、マンゴーシュと同じ長さになっている。

 ――畜生、両腕の感覚がないや。やれてあと一発、左手を犠牲にして右ストレートを噛ますくらいか。

 ――さすがに間合いが小さくては切り込むのも容易ではありません。しかもハーゼくんが倒れた今、魔法の防衛ラインを突破して戦うのは無理です……

 追い詰められた。逃げるしかないのだろうか。

 だが自分たちが夢を奪われても、魔法の番人であるハーゼだけは何も奪われないまま帰さなければ。しかしその体力も尽き果てようとしている。

 そして、シャックスは杖の片方をエルナとフランカに向ける。

「身の程を思い知ったか、ウサギの目に小娘ども。分かったらさっさと帰れ。今の貴様らの夢を奪ったとて、リディアを呼び戻すのに必要なものとは程遠い。それとも再びわしに刃向かえぬよう、二度と起き上がれないようにしてくれようか。」

 彼に答えたのは、エルナだった。

「いい加減にしなよ。戦争でお孫さんを奪われたあんたが、まだ誰から夢を奪うの? 大切なものを失った悲しさを知っている人が、まだ誰かを悲しませるの?」

「黙れ。貴様もウサギの目に、また魔法の番人に味方するのであれば同罪だ。魔法の番人は戦争に加担した罪人だ。そんな貴様らに、わしに口答えする資格などない!」

「こんの分からず屋が……!」

 エルナは左手を前に構える。最後の一発を見舞うつもりのようだ。

 ――肉を切らせて骨を絶つ。腕の一本くらいくれてやる、だからこいつだけは!

 だが、エルナが行動に出る前、シャックスは彼女の左手を杖の順手で払いのけ、逆手でエルナの外側から彼女の左肩を強打する。

「だ……!」

 肩から上半身が軋み、腕が左肺を押し潰す。エルナはフランカを巻き添えにして、コンクリートの地面に沈んでしまった。

「もう一度言う。さっさと失せろ。」

 すると、グンターがビルのフェンスを叩き割りながら屋上に突っ込んできた。

「ぬ!?」

 それもコンクリートの地面を滑り、空調パイプ、空調機のファンも弾き飛ばしながら。そしてグンターは、屋の壁に頭から激突するとやっと止まった。首筋には刺突剣パーシュパタが突き刺さり、傷口からは血ではなくアークルの光が漏れ出している。

「ちっ……! あの翼の小娘め、またしてもグンターを。……まったく! 貴様らは! 貴様らは何度! どれだけ! このわしを怒らせれば! 気が済むのだぁぁあっ!」

 ずん! と杖の逆手の剣身をコンクリートに突き刺す。するとグンターは消滅し、あとには羽根の化石とパーシュパタだけが残される。グンターを形作っていたアークルは、シャックスに戻ってきたようだ。

 そこに、フリューゲルが虹色の翼を広げて静かに舞い降りる。

「エルナ、フランカ、立てる? ハーゼを助けてあげて。」

 両手を差し伸べるフリューゲル。もう体力も気力も限界だったが、ふたりは震える手でフリューゲルの手を取り、ふらつきながらも何とか立ち上がった。

「遅いってんだよ、フリューゲル……!」

「とは言え、何も奪われずに済みました。私たちの夢も、ハーゼくんの夢も……」

「ごめんね、遅くなって。でも。」

 フリューゲルは翼をたたみ、離れた場所にあるパーシュパタを左手に呼び戻す。そしてパーシュパタは、左手の甲と手首を覆う手甲と姿を変えた。


「今度こそ、決着をつけるから。」

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