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エピソード4 魔法少女フリューゲル

 ヒスイ色の髪、

 ふわふわの耳、

 きらびやかな衣装、

 虹色の翼。

 そして右手には、幻想的な一本の大弓。

 利き手である左手の人差し指と中指をそろえ、フリューゲルは純白の弦に指を添える。すると、虹色の光からなる一本の絃と矢が出現する。海色の両目が、シャックスを捉える。

ひらめけ、ガーン……!」

 弦を引き、左手を放ち、そして。

「ディーヴァ!」

 幻想の大弓『ガーンディーヴァ』より、虹色の矢は放たれた。

 それは一直線に、シャックスめがけて飛んで行き……

「しまっ!?」

 シャックスがもたれかかる街路樹の幹に直撃した。

 矢は向こう側に貫通こそしていないが、幹をえぐり、大きな穴を開けた。木の枝、葉っぱ、虫たちがドサドサと降りてくる。それらを浴びて、シャックスは木の葉まみれになってしまった。

 だが、矢を放ったフリューゲルの方も思わぬ反動に尻餅をついていた。背中の翼を潰し、虹色の羽根をふわふわと散らす。

「あ痛タタタ……! すごいよこの弓! 力もすごいけど、反動がかなり来た!」

 翼の大きさは変幻自在のようで、フリューゲルは翼を縮める。フリューゲルは尻餅をついたお尻をさすりながら、すくっと立ち上がった。

 虹色の光から現れた少女と凄まじい力を見せ付けた弓矢。これに驚かない人はなく、逃げ惑うよりもむしろ、フリューゲルを取り囲んで手持ちの携帯電話で撮影する人までいた。フリューゲルはそれに気付いて叫ぶ。

「撮影ダメです、やめてくださいっ!」

 フリューゲルは右手に意識を集中する。すると大弓ガーンディーヴァは光となって縮んでゆき、翼の意匠を持つ腕輪となった。どうやら弓も翼と同様、使わない時はコンパクトにできるらしい。

 だが、そんなフリューゲルにシャックスは叫ぶように尋ねる。

「貴様、小娘! 何なんだ、その力は!? 魔法の番人や魔法使い以外に魔法を使える者などいるはずがない! しかもその力は凄まじい。夢ごとその力がほしいものだ!」

「させない! でもここで戦うのは……!」

 するとフリューゲルは、踵を返すとシャックスに背を向けて走り出した。

「ハーゼ、わたしの背中に乗って! エルナ、フランカ、手を取って!」

「え? えっ、背中って!?」「わっ、分かった!」「……っ、はいっ!」

 フリューゲルはエルナとフランカに手を伸ばす。彼女たちはフリューゲルの両腕にしがみつき、フリューゲルもふたりの背中に手を伸ばして抱き寄せた。そしてハーゼはフリューゲルの肩に手を当てるが、フリューゲルに強く言われる。

「ハーゼ、もっと強く! 首に手を回して!」

「えっ、こ、こう……?」

 するとフリューゲルは、自身とハーゼの間にある虹色の翼を大きく広げた。

 そこに、木の葉を払ったシャックスがフリューゲルにつかみかかる。ハーゼの夢ごと、フリューゲルの夢も奪うつもりだろう。

「待て、小娘! その夢をわしに!」

 だが、フリューゲルは翼ではなく魔力の爆発によって一気に空に飛び上がった。普通の人ならむち打ち症を起こしていてもおかしくない速度だが、フリューゲルは髪をなびかせながらビルの前を一気に飛び上がり、屋上をも跳び越し、青く広がる空へと舞い上がるのだった。

 この猛スピードで引っ張られながらもハーゼたちが無事にフリューゲルにしがみついていられるのも魔法の力だろうか。振り落とされることもなく、エルナとフランカはフリューゲルの腕に抱きつき、ハーゼもフリューゲルの背中にしがみついている。

「フリューゲル、この力って……?」

 魔法の力を解き、広げた翼の空気抵抗だけで飛ぶフリューゲルに、ハーゼは尋ねる。

「うん…… わたしにもよく分からない。あの時…… シャックスに夢を取り出されそうになった時、突然胸の奥が爆発したんだ。でも、心地よい爆発だった。それが光になって現れて、魔法のイメージが頭の中に流れ込んできて、弓が使えるようになって……」

 一度大きく翼を羽ばたかせる。ほんの少し軌道が変わる。フリューゲルに抱かれた状態で、エルナとフランカは呆然としていた。

「あたしたち、空、飛んでんだよね……?」

「……ええ。間違いなく飛んでいます。」

 振り返るふたり。そしてその目に映るのは、地図のように小さくなった、ドイツ、エルデの町。一体どれほどの高さを、フリューゲルは、そして自分たちは飛んでいるのだろう。

「でも、フリューゲルに魔法が使えたなんて驚きだよ……」

「うん、わたしもビックリ。でもおかげで夢を奪われなくて済んだけど。」

「ふふっ。フリューゲルらしいですね。」

 そう驚きながらも笑い会うフリューゲルたちだが、ハーゼは素直に笑えない。

「そんな、こんなことってありえないよ……」

 チラッと脇を見る。ハーゼが見ているのは、片方だけでもフリューゲルの身の丈を大きくしのぐ虹色の翼だった。

「魔法の原理も学んでいない、魔法媒介も持っていない。突然アークルに目覚めたとしても、それだけでこんな大掛かりな魔法が使えるわけがないよ……!」

「だったら、まぁ、なんじゃん。」

 あっけらかんとした口調で、エルナが言った。

「フリューゲルは天才中の天才だったってことで。」

「それにしても納得できないなぁ。……でも今はシャックスから逃げられただけでもよかったことに……」

 だが、フランカが言う。

「いいえ、そうは行かないみたいです。」

「え!?」

「シャックスです。あの始祖鳥に乗って、追いかけてきます!」

 フリューゲルとハーゼが振り向く。だがエルナはフリューゲルの胸に埋もれて見ようにも見られない。

「えっ? えっ!? マジでぇっ!?」

 キリッと歯を鳴らすフリューゲル。大きく翼を羽ばたかせて一気に高度を取り、シャックスから逃げながら対策を考える。

 ――そんな! しつこいよ、シャックスのやつ!

 ――みんなを抱えたままだと戦えない。魔法の力を使って逃げる? でもどこへ?

 フリューゲルは考えた。どこに逃げたらいい、どうやって戦えばいい?

 すると、背中でハーゼが叫ぶ。

「フリューゲル、これ以上昇るな! 空気が薄くなって酸欠になる!」

 確かに言われてみると、肌寒くなり、風の流れが強くなり、また空気が薄くなった気もする。しかも地上から一気にこの高さだ。登山者が登山の途中で頭痛、吐き気、めまいなどを起こす、いわゆる『高山病』を引き起こしかねない。

「分かったよ。ハーゼ!」

 するとフリューゲルは、何を思ったか空中で静止。彼女の意図が分かったか、ハーゼは魔法で円盤状魔法陣を展開。フリューゲルはその上に降り立つと、エルナとフランカを開放し、ハーゼも立たせる。すでにエルナとフランカの息はやや乱れ、足もふらつき始めている。

「ありがと、ハーゼ。立てる、ふたりとも?」

「んぁ、何とかね……?」「シャックスは、どうなったんですか……?」

「大丈夫、全力で逃げる。だからみんなは『わたしの中』で守られてて。」

 するとフリューゲルは、右手でフランカの、左手でエルナの、それぞれ左手と右手を取る。見つめるのはハーゼ。ハーゼもフリューゲルが何を求めているのかが分かった。

「……分かった、ここはきみに託すよ!」

 ハーゼは両手で、エルナの右手、フランカの左手を取った。

 手をつなぎ、円形になった全員。すると四人の足元にある円盤状魔法陣は虹色の光を放ち、四人を包み込んだ。

「……小娘め、何をする気だ? それにウサギの目、あの小娘にどんな魔法を与えたというのだ!」

 とうとうフリューゲルたちに追いつくシャックス。だが彼は空中でとどまり、うかつにフリューゲルたちに近付こうとはしない。虹色に輝く光の中で、何が起こっているのかを冷静に見極める。

 そして虹色の光は、唐突に霧散むさんした。

 そこにいたのは、魔法陣に頼らず空中に浮かんでいるフリューゲルのみ。彼女のそばには、赤、青、緑、三色の光の粒が浮かんでいた。

「みんな、こっちに。」

 すると三つの光の粒は、フリューゲルに応えるように彼女の胸へと吸い込まれていった。エルナ、フランカ、ハーゼの姿はそこから消え、フリューゲルひとりとなっていた。

「小娘! あの一瞬で、ウサギの目をどこにやったのだっ!?」

「わたしの中に閉じ込めた。わたしの友達も一緒だよ。これで堂々とあなたと戦える。……って言うかまだ力を使いこなせてないから、負ける前に逃げる。大丈夫。今のわたしなら、あなたにそうやすやすと夢を奪われたりしない!」

「閉じ込めた……? まさか、今の光がそうなのか? バカな! 人を、物質を、ただの光に変換するなどという魔法は聞いたことがない!」

「わたしもだよ。だって今の魔法は、わたしの思いつき魔法だもん。ハーゼに習ったわけじゃない、誰かに教わったわけじゃない。突然わたしの胸の奥から湧き上がってきた、すべてオリジナルの魔法だから。」

 するとフリューゲルの右腕に巻きついていた腕輪は光となり、一瞬にして大弓ガーンディーヴァとなって形を現した。いつでも矢を放てるように、利き手である左手も大弓の弦にそえている。

「わたしが飛びたいって思ってた空も、今は飛べる。まるでわたしの夢が、形になったみたい! だから今なら、わたしは虹も越えてゆける。守りたいって思えるものは、みんなまとめて守れる気がするんだ!」

 するとフリューゲルは虹色の矢を出現させ、それをギリッと絃の音を立てて引く。

「聞いて、シャックス。」

「……何だ。」

「ハーゼから聞いたよ。あなたは三年前に国内で起こった動乱でお孫さんを亡くした。そのお孫さんを取り戻すために、わたしたちから夢を奪おうとしている。あなたの心さえなげうってお孫さんを取り戻そうとしている、その気持ちはわたしにも分かる。

 でも、それであなたは報われるの? お孫さんが帰ってきたとして、あなたはたくさんの人から夢を奪って、たくさんのきらめく夢を奪って、それでお孫さんがありがとうって心から喜んでくれると思ってるの?

 わたしね、夢を奪われてしまったときのことを考えた。でも、いくら考えても想像できなかった。だって夢を思い描くことを失くしてしまったら、わたし、自分が自分じゃなくなってしまう気がしたんだ。

 あなたが奪っている夢は、それを持っていた人の未来。その未来を奪ってまで、あなたはお孫さんを取り戻そうとしている。だけどそんなことをして取り戻したって、意味なんかないよ! お孫さんは喜んでなんてくれるはずがないよ!」

「だからどうした、小娘。わしにとって我が孫娘リディアは、目に入れても痛くない程にかわいい孫だった。リディアは両親、わしの娘夫婦を、幼くして病気で失った。リディアにとって家族はわしのみであり、わしにとってリディアこそが唯一の家族であった。

 それを魔法協会は、戦争に加担したことで奪ったのだ。リディアは戦争に、そして魔法協会に殺されたのだ。リディアだけではない。リディアと仲が良かった子どもたちの命までもが奪われた。リディアがどれほど涙したか、連中には分かるまい。

 そんな戦争をやらかしたのは誰だ? 人間だ! 軍であり国であり反乱分子だ! そしてその愚かな人間バカどもに助力したのも魔法協会だ! そんな連中の未来など知ったことか。いっそ、わしとリディア以外の人間など未来ごと滅んでしまえばいい!」

 その言葉を聞き、フリューゲルは心を痛めた。

 そう、悪いのは戦争。そしてその戦争に加担した魔法使いたち。

 シャックスの言いたいことは分かる、シャックスの気持ちも痛いほど感じる。

 それでも。

「それでも!」

 フリューゲルは弓を、さらに強く引く。

「だからと言って、無駄に、犠牲にしていい未来なんてない! ひとつもない!」

「犠牲ではない、ささげろ! 未来を生きるはずだった我が孫に!」

 シャックスが放った赤黒い光球と、フリューゲルが繰り出した虹色の矢。それは互いの間で衝突、炸裂し、赤い火花を放ちながら爆発して消滅した。だがフリューゲルはその爆発に乗じて、シャックスとの距離を取った。

 ――とりあえず今は、シャックスから逃げることを考えよう。わたしも初めての魔法で、どんどん苦しくなってきてる。

 フリューゲルが向かった先、それは真下。そう、エルデの高層ビルや雑居ビル、人ごみの中に紛れようとしている。

「逃がすか!」

 シャックスもグンターを駆りフリューゲルを追いかける。だが、グンターが落下するよりも早くフリューゲルは急降下する。

 一気に町へと降りてゆくフリューゲル。だが魔法の力で自身にかかる圧力を防御、軽減させているとは言え、不慣れな魔法を使うことで内部からの負担が生じる。シャックスから逃げ切るためには、逃げ切るまで何とか魔力が持ちこたえてくれることを祈るばかりだ。

「てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええいっ!」

 フリューゲルはエルデの町のビルの群れに突入した。目的はシャックスに、自分たちを見失わせること。尻目にシャックスも町の中に入り込んだことを確認すると、ビルの群れを縫うように飛び回る。

 ――とにかくシャックスから逃げる。

 ――逃げて逃げて、わたしを見失わせる!

 その様子を、エルデの人々は見上げて騒いでいた。当たり前だ、虹色の翼にヒスイ色の髪の少女と古代に絶滅したはずの始祖鳥が、平和な街中で飛び回っているのだから。

 ものすごい速さで飛ぶフリューゲルとグンターは、町に突風を巻き起こした。土煙が舞い、道端に席を設けるカフェの客はひっくり返り、テレビアンテナは根こそぎ薙ぎ払われ、ビルの窓ガラスはビリビリと震える。

 だが、フリューゲルもそんな被害などお構いなしに飛び回っているわけではない。

 ――何とか早いとこ、あいつを巻かなきゃ。これ以上人に見られるのは魔法の存在を知られるだけじゃない、わたしがすごく恥ずかしい! それに町もメチャクチャだぁ!

 するとフリューゲルは、隣り合うビルとビルの間にグンターを誘い込む。フリューゲルの姿が裏通りの道に消えると、グンターは正直にフリューゲルと同じ道に入り込む。

 ――今だ!

 フリューゲルは裏通りの途中で振り返り、左手を前に突き出して魔法に光を与えた。

「はじけちゃえ!」

 それは、まぶしい光。

 ハーゼのレパートリーのひとつ、太陽のようにまぶしい光を放つ魔法だった。

 それは攻撃の手段ではなく、手の中で握りつぶすことでグンターの目をくらませる手段として炸裂させた。

「うおあっ!?」

 シャックスとグンターは目をつぶり、方向感覚を失う。グンターが大きく揺らめいたことでシャックスも制御不能となる。そのままフリューゲルに突進していったかと思うと裏通りを抜け、向かいの表通りに出た。

 グンターとシャックスは、真正面に現れたレンガのビルに直撃。煉瓦壁を粉々に砕きながら、シャックスは地面に叩きつけられるようにして落下した。バラバラと崩れ落ちるレンガの破片が頭に降り注ぎ、もはや彼のローブはボロボロだ。

「ぐぅ……」

 頭を振って、むくりと起き上がるシャックス。多くの人の視線を浴びながら、彼は忌々しそうに表情をゆがめる。そして、首の骨が折れてまともに息をしていないグンターを見やった。シャックスはそんな有様を見ても、大して表情を変えることはない。

「小娘め、ウサギの目ともどもまたしてもグンターを。グンターの体を維持するだけのアークルもバカにならんのだぞ……!」


 すると、シャックスに声をかけてくる大男がいた。

「何をしている。お前とその怪鳥けちょうか、先程からこの町を騒がせているというのは。」

「ぬ?」

 ざっと地面を踏み鳴らすのは、今の日本ですら滅多に見られない草履だった。

「貴様は……」


 レーヴェンクラウ大学敷地内、女子寮みずがめ座前。

 虹色の閃光となったフリューゲルは、虹色の翼を閉じ、ケープをふわりとはためかせながら赤いブーツでそっと舞い降りた。

 ふわりと斜め左右に両手を伸ばすと、フリューゲルの両手の先から光が現れ、それは人の形になった。

「ふぅー…… 何とか帰ってこられたね、みんな!」

 そこから現れたのは、フリューゲルと両手で大きな円を描くようにつなぎあった、ハーゼ、エルナ、フランカの三人だった。そしてフリューゲルの姿も、いつもの金髪碧眼と普段着に戻っていた。

 ハーゼが真っ先に言う。あまりに興奮し、驚きを隠せない様子だ。

「けどすごいよフリューゲル! 魔法を思いつきでやっちゃうとか、あのグンターから逃げ切るとか、それ以前に、きみはすごい力を持っていた……!」

「えっ、ええと、あ、うん。わたしも無我夢中って言うか、何というか。ただ、みんなと一緒に逃げ切れればよかったかなって。」

 そこにフランカも言う。

「でも、とても面白い体験でした。フリューゲルの目線になって、フリューゲルと同じ物を見ていました。まるで私自身がフリューゲルになったような。」

「あー、それ、あたしも思った。あたしもフリューゲルと同じものを見てたって意識はある。何かこう、ゲームセンターの巨大ロボットの操作ゲームでロボットのコックピットにいる、そんな感じ?」

「ええと、私にはその例えがよく分かりませんが、きっと同じものなのでしょうね……」

 フリューゲルとエルナとの付き合いでゲームセンターに行くこともあるお嬢様だが、やはりエルナの奇妙なたとえにはフランカもついていけない様子。

 するとハーゼは、フリューゲルたちに言った。

「とりあえずこれからのことを考えよう。まず僕たちは安全なところに隠れなきゃ。シャックスはきみたちと一度この敷地内で顔を合わせている。だからきっと、フリューゲルを探しにこの学校にやってくるはずだ。」

 その言葉に驚くフリューゲルたち。だがハーゼは続ける。

「この学校の警備がどれほどしっかり行き届いたものでも、この前のようにグンターを使って乗り越えられたら終わりだ。逃げる準備は早い方がいい。」

「分かった。じゃあすぐに寮を出る準備をするよ!」

 フリューゲルがそう力強く答えたとき、彼女の後ろから女子寮のドアが開く音がした。

「それじゃあ買い出しに行ってきまぁーす! ……って、」

 寮の中にいる人に挨拶して現れたのは、先日パソコンでニュースを見せてくれたジルフィア。彼女はフリューゲルたちを一瞥するなり、一瞬の沈黙を置き、尋ねた。

「……あんたら、手ぇつないでダンスの練習?」

 途端。

「わぁっ!?」

 四人はいっせいに「ばんざい!」をして手を離した。


 女子寮内。

 フリューゲルは白い翼が生えた空色のリュックに、少しばかりの着替えと下着、文房具、携帯電話の充電ケーブルを、順々に手際よく詰め込んでゆく。最後に旅行用化粧ポーチを詰め込めば、寮をしばらく空けるだけの準備は整う。

 ふと、フリューゲルの目にあるものが留まる。

 それは、羽根の首飾り。裏地が虹色に輝いている貝を、羽根の形に加工してペンダントにしたものだ。素材が素材のため壊れやすく滅多につけないため、いつもは机のスタンドに飾られている。

「……虹色の翼、かぁ。」

 フリューゲルはそれを取って、細い金色のチェーンを首に回す。長い金髪にフックを引っ掛けないよう、丁寧に。

 そこに、開け放たれたままのドアの外から声が聞こえた。

「フリューゲル、荷物まとめた?」「私たちは準備できましたよ。」

 エルナとフランカの声だった。エルナは上下に長い円筒形のバッグ、フランカは大きめのキャスター付き旅行カバンといった具合だ。そばにはハーゼもいる。

「うん。……あーでも、服とかもうちょっと持っていきたかったなぁ。」

「あぁ、あたしも分かる。この前買ったシャツ、まだ一回しか着てないんだけど。」

「それでも、ゆっくりしている余裕はありません。急ぎましょう。」

 寮を飛び出し、寮に続く小道を抜け、城から城門に続くレンガの道に出る。

 シャックスや始祖鳥グンターの姿は見当たらず、そんな気配もない。

 ハーゼが言う。

「シャックスを捕まえるまで、しばらくきみたちにも避難してもらうけど…… 本当にごめん。一昨日からきみたちを巻き込んでばかりだ。」

 そう言って謝るハーゼに、フリューゲルは首を横に振って答えた。

「ううん、そんなことないよ。いろいろ驚いてばかりだけど、シャックスを放っておくことなんてできない。それにハーゼと出合ってなかったら、わたしはシャックスに狙われて、夢を奪われていたかもしれない。わたしの夢を守るためにも、わたしにも戦わせて。」

 力強い視線と言葉を返すフリューゲル。そんな彼女にハーゼは一瞬面食らうが、驚いてばかりなのはハーゼも同じ。ゆっくりとやわらかく微笑むと、小さくうなずいた。

「ありがとう。……フランカも、エルナも、いいかな?」

「うん! ワクワクしてきた。あたしも、フリューゲルの夢を守るためだったら何だってするよ!」

「私たちは友達ですから。フリューゲルと一緒なら、どこにだって行きましょう。」

 ふたりもしっかりとうなずく。その言葉に、視線に、ほんの少しのためらいもかげりもなかった。

「わかった。じゃあ行こう!」

 そして四人は、レンガの道を走り出す。

 シャックスとの戦いが、始まろうとしていた。

 フリューゲルや、この町、この世界に生きる人たちの夢を守るために。

 そして、未来をこれ以上魔法や戦争に脅かせないために。


 ……だが。


 私立レーヴェンクラウ大学、城門前。

 ハーゼが思ったとおり、やはりシャックスが訪れていた。

「そうだ、ここに違いない。ここに番人ではない魔法使いの小娘がいるはずだ。しかしこの警備は突破できん。ここはグンターを……」

 この大学は、もともとはお城。ここに通う生徒たちの中には裕福な家の子どももいる。警備は厳重であり、学生証や学校からの紹介なしに敷地に踏み入れることはできない。保護者ですら、警備員に言伝ことづてや届けものの申請をしなければならない程だ。

 そこに、城門を出た何人かの女子生徒がいた。進路について話し合っている様子。そのうちひとりが時計を見ていることから、ここで車を待っているようだ。

 ロータリーは生徒を迎えに来た車でいっぱい。ここに新たに車が入り込む余地はなさそう。こうしてあぶれた生徒たちが、学校の外で車を待つこともある。

「で、進路志望出した?」

「あー、うちは出したで。うち、大学には進まんと日本の養成学校に行ってお笑い芸人目指してお笑いグランプリ取るつもり。……って書いたら、ジークフリード先生に呼び出し食らってもうた。」

「あたしは実家のパン屋を継ぐよ。おじいちゃんが開いた頃から続くお店だからね、ずっと守っていきたいし、できれば大きくしたい。」

「ボクはないかなー。サラリーマンの旦那さんと結婚した方が無難って言うか。お見合いの話ももう来ててね。イケメンで優しい人だったらいいなぁ。」

 そんな彼女たちの傍らに、シャックスはゆらりと近付いた。


 それから数分後。

 彼女たちのそばに迎えの車が止まった頃には、彼女たちはガードレールに背中を預け、コンクリートの地面に無気力に座り込んでいた。あとには黒いローブをまとった細い影が、人ごみの中に紛れようとしていた。


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