■後日談「その先にあるもの」
春だった。
風が、柔らかい。
冷たさは残っているが、どこか優しい。
街の色も、少しずつ変わり始めていた。
木々に、小さな芽が出ている。
花も、ちらほらと咲き始めている。
何かが始まる季節。
そんな空気だった。
グレンは、一人で歩いていた。
見慣れた道。
見慣れた街。
だが、今日は少し違う。
背中に荷物を背負っている。
軽くはない。
だが、重くもない。
ちょうどいい重さ。
それが、妙にしっくりくる。
「……行くか」
小さく呟く。
その声には、迷いがなかった。
前に進む。
それだけ。
後ろから声がする。
「本当に行くんだな」
振り返る。
レイヴンが立っている。
腕を組んで。
いつも通りの顔で。
「ああ」
グレンは頷く。
「まあ、な」
レイヴンは少しだけ笑う。
「止めても無駄だろ」
「当たり前だ」
軽いやり取り。
いつもと同じ。
だが。
その裏にあるものは、少しだけ違う。
ナナが、静かに近づいてくる。
「……準備完了」
「おう」
グレンが答える。
セラも、後ろから歩いてくる。
「いいね」
その声は、いつも通り。
だが、少しだけ優しい。
四人が揃う。
並んで立つ。
何も言わない時間が、少しだけ流れる。
それで十分だった。
「……なあ」
グレンが言う。
「なんだ」
「なんかさ」
一拍。
「前も、こういうのあった気がする」
レイヴンが少しだけ笑う。
「またそれか」
「いや、なんかこう」
グレンは頭をかく。
「別れる感じっていうか」
「旅立つ感じっていうか」
一拍。
「そういうの」
ナナが言う。
「……ある」
「お前もかよ」
「分からない」
一拍。
「でも、ある」
セラが笑う。
「いいね」
その言葉が、少しだけ響く。
誰も覚えていない。
何も思い出せない。
それでも。
“知っている”。
その感覚だけが、残っている。
その時。
カイルが、ゆっくりと歩いてくる。
少し遅れて。
いつも通りの足取りで。
何も変わらない。
その姿を見た瞬間。
グレンの中で、何かがほどける。
「……ああ」
小さく息を吐く。
理由は分からない。
だが。
“これでいい”と思える。
カイルが、目の前に立つ。
何も言わない。
ただ、見ている。
グレンを。
そのまま、少しだけ間が空く。
風が吹く。
春の匂いがする。
その中で。
グレンが、口を開く。
「……行ってくる」
シンプルな言葉。
それだけ。
カイルは、少しだけ頷く。
「ああ」
それだけで、十分だった。
レイヴンが言う。
「無茶すんなよ」
「分かってる」
ナナが言う。
「……必要なら戻る」
「分かってるって」
セラが笑う。
「いいね」
グレンは、少しだけ笑う。
「なんだよ、それ」
軽く肩をすくめる。
そのまま、一歩踏み出す。
道の先へ。
振り返らない。
そのまま、歩いていく。
レイヴンたちは、その背中を見る。
何も言わない。
止めない。
ただ、見送る。
それでいい。
それが、正しい。
グレンの姿が、少しずつ遠くなる。
小さくなる。
やがて。
見えなくなる。
完全に。
その瞬間。
ナナが、小さく呟く。
「……また会う」
レイヴンが言う。
「当たり前だ」
セラが笑う。
「いいね」
カイルは、何も言わない。
ただ、空を見る。
春の空。
明るく、広い。
その奥に。
ほんのわずかに。
“何か”が見える。
終わりと。
始まり。
その両方。
すべてが、繋がっている。
(……続くな)
小さく思う。
この世界は、終わらない。
形を変えて。
続いていく。
それでいい。
それがいい。
レイヴンが歩き出す。
「行くぞ」
ナナが頷く。
セラが笑う。
「いいね」
三人が動く。
それぞれの方向へ。
それぞれの道へ。
カイルは、少しだけその場に残る。
空を見て。
風を感じる。
そして。
ゆっくりと歩き出す。
どこへ行くわけでもない。
ただ、進む。
その足取りは、静かで。
迷いがない。
どこへ行っても。
何があっても。
成立させる。
それが、自分だから。
そのまま。
街の中へ消えていく。
春の中へ。
光の中へ。
そして。
物語は、静かに終わる。
だが。
終わらない。
どこかで。
また。
同じように。
少し違う形で。
続いていく。
それが、この世界だった。




