■後日談「それでも残るもの」
夕方だった。
空は、ゆっくりと色を変えている。
青から橙へ。
橙から、少しずつ赤へ。
街は、昼のざわめきを少しずつ手放しながら。
夜へと向かっている。
グレンは、道の端に座っていた。
特に理由はない。
ただ、なんとなく。
足を止めた。
「……なんだろうな」
ぽつりと呟く。
風が、頬をなでる。
少しだけ冷たい。
季節が変わり始めている。
その感覚が、妙に心地いい。
なのに。
どこか、落ち着かない。
理由は分からない。
何かがあるわけでもない。
ただ。
“何かを忘れている気がする”。
それだけ。
レイヴンが、後ろから声をかける。
「こんなとこで何してんだ」
グレンは振り返る。
「いや、別に」
「別にって顔じゃねえな」
レイヴンは隣に立つ。
同じように、空を見る。
「……夕焼け、綺麗だな」
「急にどうした」
「なんとなくな」
一拍。
「こういうの、前も見た気がする」
グレンが言う。
レイヴンは、少しだけ笑う。
「そりゃ毎日見てりゃそうなるだろ」
「いや、そうじゃなくてさ」
言葉にしようとする。
だが、うまく出てこない。
「……もっと、なんか」
手を動かす。
説明しようとする。
だが。
形にならない。
「……やっぱいいや」
諦めるように笑う。
レイヴンは何も言わない。
ただ、空を見る。
ナナが、静かに歩いてくる。
二人の横に立つ。
「……ここにいた」
「お前もか」
グレンが言う。
ナナは小さく頷く。
「……なんとなく」
一拍。
「来たかった」
その言葉に、誰も否定しない。
理由はない。
説明もできない。
だが。
同じ感覚を持っている。
セラが、少し遅れてやってくる。
いつも通りの笑顔で。
「いいね」
その一言。
それだけで、空気が少しだけ和らぐ。
グレンが笑う。
「なんだよ、全員集合かよ」
「たまたまだ」
レイヴンが答える。
だが。
本当に“たまたま”なのかは分からない。
ナナが、空を見る。
じっと。
何かを探すように。
「……同じ」
「何がだ」
「分からない」
一拍。
「でも、前にもあった」
その言葉に、グレンは少しだけ目を細める。
「……やっぱそうだよな」
誰も覚えていない。
何も思い出せない。
それなのに。
“確信だけがある”。
それが、不思議だった。
その時。
カイルが、ゆっくりと歩いてくる。
いつも通りの足取り。
いつも通りの表情。
何も変わらない。
だが。
その姿を見た瞬間。
グレンの中で、何かがはっきりする。
「……ああ」
思わず声が出る。
レイヴンが見る。
「どうした」
「いや」
一拍。
「なんか、分かった気がする」
「何がだ」
グレンは、少しだけ笑う。
「さっきのやつ」
「夕焼けか」
「違う」
カイルを見る。
まっすぐに。
「……これだ」
その一言。
それだけで。
すべてが繋がる。
理由はない。
説明もできない。
だが。
分かる。
この時間。
この空気。
このメンバー。
それが。
“ずっと大事だったもの”。
レイヴンが、小さく笑う。
「……なるほどな」
ナナが頷く。
「……一致」
セラが笑う。
「いいね」
カイルは、少しだけ立ち止まる。
四人を見る。
何も言わない。
だが。
ほんの少しだけ。
表情が柔らぐ。
「……どうした」
グレンが聞く。
「いや」
カイルは答える。
「なんでもない」
その言葉。
それでいい。
それが、今の距離。
無理に思い出す必要はない。
無理に理解する必要もない。
ただ。
“ここにいる”。
それだけで、十分だった。
風が吹く。
少しだけ冷たい。
夕焼けが、さらに深くなる。
空が、ゆっくりと色を変える。
誰も、動かない。
ただ、そこにいる。
同じ景色を見ている。
同じ時間を共有している。
それだけで。
満たされている。
グレンが、ぽつりと呟く。
「……なあ」
「なんだ」
「これさ」
一拍。
「なんかあったとしても」
「今がこれなら、いいよな」
レイヴンが答える。
「そうだな」
ナナが頷く。
「……問題ない」
セラが笑う。
「いいね」
カイルは、空を見る。
夕焼け。
変わりゆく色。
その中に。
ほんのわずかに。
“向こう側”が見える。
だが。
何も言わない。
必要がない。
この時間が、あるから。
「……帰るか」
カイルが言う。
グレンが立ち上がる。
「だな」
レイヴンも動く。
ナナが続く。
セラが笑う。
「いいね」
五人が、歩き出す。
夕焼けの中を。
並んで。
ゆっくりと。
その背中は。
変わらない。
だが。
確実に。
何かを共有している。
言葉にできないもの。
思い出せないもの。
それでも。
確かに、そこにあるもの。
それが。
この世界に残ったものだった。




