■第65話「空白という存在」
空は、裂けたままだった。
夜なのに暗くない。
光があるわけでもない。
ただ、奥が見える。
世界の外側。
そこから、何かが覗いている。
干渉体は、増え続けていた。
街のあちこちで、現れ、書き換え、消していく。
建物の一部が消え、別の形になる。
人が途中で止まり、そのまま動かなくなる。
だが。
それでも。
まだ“世界として成立している”。
「……おい」
グレンが低く言う。
「これ、いつまでもつんだよ」
レイヴンが答える。
「分からねえな」
だが、その目は笑っていない。
ナナが言う。
「……均衡してる」
「は?」
「崩れてない」
一拍。
「でも、持ってるだけ」
つまり。
今はまだ、崩壊していない。
だが。
時間の問題。
セラが笑う。
「いいね」
その声が、わずかに重なる。
完全には戻っていない。
カイルは、空を見ていた。
干渉体ではない。
そのさらに奥。
“向こう側”。
(……違うな)
干渉体は、手段。
問題は、その先。
その時だった。
空間が、削れる。
突然。
干渉体の一体が、途中で消える。
完全に。
痕跡もなく。
「……は?」
グレンが呟く。
レイヴンが目を細める。
「……来たな」
ナナが言う。
「……いる」
その“場所”。
何もない空間。
だが。
確実に、そこにいる。
「……やっぱりいるんだね」
柔らかい声。
空白。
現れる。
干渉体の間に。
まるで最初からそこにいたかのように。
グレンが呟く。
「……お前さ」
「なんなんだよ本当に」
空白は、軽く笑う。
「それ、よく聞かれる」
レイヴンが言う。
「なら答えろ」
空白は少しだけ考える。
そして。
「簡単に言うと」
一拍。
「僕は、“余り”かな」
その言葉が、静かに落ちる。
グレンが眉をひそめる。
「は?」
ナナが言う。
「……余剰」
空白が頷く。
「そう」
「世界ってさ」
ゆっくりと言う。
「全部きっちり作られてるわけじゃないんだよ」
一拍。
「ズレとか、誤差とか」
「余るものがある」
その言葉に、空気が変わる。
レイヴンが言う。
「それがお前か」
「そうだね」
空白は笑う。
「本来は、意味がない」
「存在しなくてもいい」
一拍。
「でも、消えない」
ナナが言う。
「……排除できない」
「そう」
空白が頷く。
「だって、“何でもない”から」
グレンが言う。
「意味分かんねえよ」
空白は軽く肩をすくめる。
「分かりやすく言うと」
一拍。
「僕は、どこにも属してない」
その言葉が、静かに響く。
世界でもない。
外側でもない。
そのどちらでもない。
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声は少しだけ低い。
レイヴンが言う。
「……だから干渉体を消せるのか」
「うん」
空白はあっさりと答える。
「観測されてるものってさ」
「定義されてるでしょ?」
一拍。
「なら、消せる」
ナナが言う。
「……定義外だから」
「そう」
空白が笑う。
その瞬間。
近くの干渉体が、また消える。
触れてもいない。
ただ、“そこにいるだけで”。
グレンが息を呑む。
「……やばいな」
レイヴンが笑う。
「便利だな」
空白が首を振る。
「違うよ」
一拍。
「僕は、“何もできない”」
その言葉に、全員が止まる。
「は?」
グレンが言う。
「今、消したじゃねえか」
「違う」
空白は言う。
「消してない」
一拍。
「“成立させてない”だけ」
その言葉が、妙に重い。
ナナが言う。
「……関与しないことで、消える」
「そう」
空白が頷く。
「僕がいる場所は、“何も成立しない”」
だから。
干渉体も。
世界の定義も。
外側の観測も。
すべてが、成立しない。
グレンが頭を抱える。
「……わけわかんねえ」
レイヴンが言う。
「つまり」
一拍。
「お前は、全部の外にいるってことか」
「そうなるね」
空白が笑う。
そして。
カイルを見る。
「君も、近いよ」
その一言で、空気が変わる。
グレンが言う。
「は?」
ナナがカイルを見る。
レイヴンも。
セラも。
カイルは、動かない。
ただ、見ている。
空白が続ける。
「君はさ」
「ズレてるんじゃない」
一拍。
「定義を受けてない」
その言葉が、静かに落ちる。
ナナが言う。
「……ノイズ」
「そう」
空白が頷く。
「でもね」
一拍。
「僕とは違う」
カイルを見る。
「君は、“ある”」
「僕は、“ない”」
その対比が、はっきりと浮かび上がる。
存在する異常。
存在しない異常。
グレンが呟く。
「……なんだそれ」
レイヴンが小さく笑う。
「面白いな」
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
その時だった。
空が、大きく揺れる。
裂け目の向こう。
何かが動く。
今までとは違う。
明確に。
“意志”がある。
ナナが言う。
「……来る」
「何がだよ」
「本体」
その言葉で、全てが変わる。
空白が、少しだけ後ろに下がる。
初めての動き。
「……あれはまずい」
小さく言う。
グレンが目を見開く。
「お前が言うのかよ」
空白は笑わない。
ただ、言う。
「君たちじゃ、止められない」
一拍。
「でも」
カイルを見る。
「君なら、分からない」
その言葉が、重く落ちる。
カイルは、空を見上げる。
裂け目の奥。
そこから。
“何か”が降りてくる。
今までとは、明らかに違う。
重さ。
密度。
存在。
(……来るか)
そして。
理解する。
ここからが、本当の戦い。




