■第51話「対処対象」
朝が来ていた。
夜の出来事が嘘のように、街はいつも通りの顔をしている。
人が歩き、店が開き、声が飛び交う。
だが。
そのすべてが、どこか遠い。
「……なあ」
グレンが小さく言う。
「これ、普通か?」
「普通じゃねえな」
レイヴンが即答する。
視線は街ではなく、カイルに向いている。
セラは黙っている。
ナナは観察している。
カイルは、何もしていない。
ただ、そこに立っている。
それだけで。
周囲の人間が、無意識に距離を取る。
ぶつかりそうになると、自然に避ける。
視線が合いそうになると、逸れる。
意識していない。
だが、確実に。
「……避けられてるな」
グレンが言う。
「昨日までと違う」
「分かってる」
レイヴンが答える。
「“怖がられてる”んじゃねえ」
「“触れないようにされてる”」
ナナが言う。
「干渉回避」
セラが小さく笑う。
「いいね」
だが、誰も反応しない。
空気が、少しだけ重い。
カイルはそれを感じていた。
(……変わったな)
自分の中では、何も変わっていない。
ただ、少し理解が進んだだけだ。
だが。
周囲が、明確に変わっている。
その時だった。
空気が、わずかに張り詰める。
ナナがすぐに反応する。
「来る」
短い。
だが、確実だった。
気配が現れる。
今までとは違う。
強さでも、数でもない。
“整っている”。
グレンが顔をしかめる。
「……なんだこれ」
通りの中央。
そこに、三人立っていた。
装束は統一されている。
色も、形も、完全に一致。
無駄がない。
そして。
“感情がない”。
レイヴンが低く言う。
「……軍だな」
「軍?」
「違う」
ナナが言う。
「処理班」
その言葉で、空気が変わる。
カイルは三人を見る。
三人も、カイルを見る。
同時に。
完全に。
「対象確認」
一人が口を開く。
声は均一。
抑揚がない。
「異端」
その呼び方。
完全に定着している。
「分類更新」
「現象」
グレンが小さく呟く。
「……昨日のやつだ」
処理班の一人が続ける。
「排除不可」
「観測済み」
一拍。
「対処を開始する」
その言葉に、背筋が冷える。
レイヴンが言う。
「……対処、ね」
「どういう意味だよ」
グレンが聞く。
ナナが答える。
「戦わない」
「は?」
「消さない」
一拍。
「“扱う”」
その言葉が、重く落ちる。
次の瞬間。
処理班が同時に動く。
だが。
攻撃ではない。
カイルを中心に、円を描くように配置される。
距離を保つ。
一定。
完全に一定。
「……囲まれてる?」
グレンが言う。
「違う」
ナナが言う。
「隔離」
その言葉と同時に。
空気が変わる。
音が、消える。
完全に。
人の声も、足音も、風も。
全部。
「……おい」
グレンが声を出す。
だが。
聞こえない。
口は動いている。
だが、音がない。
レイヴンが歯を食いしばる。
「……遮断か」
ナナが言う。
「外部との接続を切られてる」
つまり。
この空間だけが、切り離されている。
セラが小さく笑う。
「いいね」
だが、その声も聞こえない。
カイルは、立っている。
変わらない。
その状態で。
処理班が言う。
「第一段階」
「影響範囲の固定」
その瞬間。
カイルの周囲、数メートル。
そこだけが、わずかに歪む。
外とは違う。
時間の流れが、少しだけズレる。
「……なんだこれ」
グレンが叫ぶ。
だが、聞こえない。
ナナが言う。
「閉じ込めてる」
「何をだ」
「現象」
つまり。
カイルを。
そのままの意味で。
カイルは少しだけ考える。
(……なるほど)
排除できない。
なら。
閉じ込める。
影響を、外に出さない。
それが、“対処”。
処理班が続ける。
「第二段階」
「観測強化」
三人の視線が、完全にカイルに固定される。
その瞬間。
違和感。
体が、わずかに重い。
動きが、ほんの少しだけ遅れる。
「……おい」
レイヴンが気づく。
「これ、まずいぞ」
ナナが言う。
「解析されてる」
セラが笑う。
「いいね」
だが、その声は低い。
カイルは、動く。
一歩。
踏み出す。
その瞬間。
処理班の一人が動く。
前に出る。
触れる。
だが。
弾かれる。
完全に。
カイルは止まらない。
もう一歩。
踏み出す。
歪みが広がる。
固定が、崩れる。
処理班の動きが、わずかにズレる。
「……誤差」
一人が呟く。
初めての変化。
カイルは、もう一歩。
踏み出す。
その瞬間。
空間が、裂ける。
音が戻る。
風が戻る。
人の声が戻る。
グレンが息を吸い込む。
「……っ!」
処理班が一斉に下がる。
距離を取る。
完全に。
「対処不能」
一人が言う。
「現段階では」
一拍。
「封鎖を優先」
その言葉を残して、三人は消える。
完全に。
静寂が戻る。
街の音が戻る。
だが。
空気は変わっている。
グレンがその場に座り込む。
「……なんなんだよ、今の」
レイヴンが笑う。
だが、少しだけ苦い。
「“敵”じゃねえな」
「は?」
「“現象扱い”だ」
ナナが言う。
「災害と同じ」
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
グレンが頭を抱える。
「よくねえよ!」
カイルは空を見上げる。
朝の空。
変わらない。
だが。
(……なるほど)
排除されない。
だが。
止められようとしている。
それが。
今の位置。
そして。
遠くで、さらに大きな気配が動く。
今のを見ていた存在。
次は、さらに上だ。
カイルは前を見る。
静かに。
だが、確実に。
進む。




