■第40話「独立」
夜は深く、静かだった。
だがその静けさは、ただの休息ではない。何かが動いた後の、あるいはこれから動く直前の、重たい沈黙だった。
通りの灯りは変わらず揺れている。人の気配もある。だが、その全てが一歩引いた位置にあるように感じられる。
街が、距離を取っている。
その中心にいるのは、カイルたちだった。
先ほどまでの戦闘の余韻が、まだ残っている。地面に刻まれたわずかな傷や、空気の揺らぎが、それを証明していた。
グレンはその場に座り込んだまま、動けずにいた。
「……もうさ」
ぽつりと呟く。
「これ、どうしようもなくないか?」
誰に向けたわけでもない言葉だった。
だが、全員に届いていた。
レイヴンは腕を組んだまま、周囲を見ている。
「どうしようもなくはねえな」
静かな声で言う。
「ただ、楽じゃねえだけだ」
グレンが顔を上げる。
「楽じゃないどころの話じゃないだろ」
「全部敵だぞ」
「王国も、裏も、ギルドも」
「しかも、まだ増えるんだろ?」
その言葉は現実だった。
ナナが小さく頷く。
「増える」
「間違いなく」
短いが、断定だった。
セラはその様子を見て、くすっと笑う。
「いいね」
「よくねえよ!」
グレンが即座に返す。
だが、その声には余裕がなかった。
ただのツッコミではなく、本気の拒絶だった。
カイルは少しだけ考えていた。
王国の言葉。
裏の提案。
ギルドの論理。
どれも間違ってはいない。
どれも、現実的だ。
だが。
(……全部面倒だな)
それが、正直な感想だった。
誰かの下に入る。
制御される。
使われる。
調整される。
どれも、違う。
カイルはゆっくりと息を吐いた。
「なら」
短く言う。
全員の視線が集まる。
「作ればいい」
「……は?」
グレンが固まる。
「何をだよ」
「全部だ」
カイルは答える。
「どこにも属さないなら」
「自分でやる」
その言葉は、あまりにも単純だった。
だが。
その意味は、重い。
レイヴンが少しだけ笑う。
「なるほどな」
理解が早い。
グレンはまだついていけていない。
「いや、待て」
「それってどういうことだよ」
カイルは続ける。
「王国は囲う」
「裏は使う」
「ギルドは調整する」
「なら」
一拍置く。
「全部無視すればいい」
「無理だろ!」
グレンが即座に否定する。
「さっきの見ただろ!」
「あれが全部来るんだぞ!」
「無視できるわけないだろ!」
正しい。
だが。
カイルは首を傾げた。
「来たら返せばいい」
「簡単に言うな!」
グレンが叫ぶ。
レイヴンが笑う。
「いや、間違ってはねえ」
「は?」
「今の見ただろ」
カイルを見る。
「単体なら、もう相手になってねえ」
それは事実だった。
数で押されても、崩せる。
質でも負けていない。
グレンは言葉を失う。
「でも……」
それでも、納得はできない。
ナナが静かに言う。
「成立する」
「何がだ」
「第三勢力」
その言葉で、空気が変わる。
セラが笑う。
「いいね」
今度は、はっきりと意味がある。
レイヴンが頷く。
「どこにも属さないんじゃねえ」
「自分たちで立つ」
それが、答えだった。
カイルは何も言わない。
だが、否定もしない。
それが意思だった。
グレンがゆっくりと立ち上がる。
「……マジでやるのか?」
その問いは、確認だった。
覚悟の確認。
カイルは短く答える。
「やる」
それだけだった。
迷いはない。
グレンはしばらく黙っていた。
頭の中で、整理している。
王国。
裏。
ギルド。
全部敵。
その中で、立つ。
普通なら、あり得ない。
だが。
目の前にいる。
あり得ないやつが。
「……はあ」
大きく息を吐く。
「分かったよ」
顔を上げる。
「どうせ、どこ行っても面倒なんだろ」
「だったら」
少しだけ笑う。
「一番マシな面倒でいい」
それが、グレンの答えだった。
セラは当然のように言う。
「最初からそのつもり」
ナナも静かに頷く。
「変わらない」
レイヴンが肩をすくめる。
「面白え方につくさ」
全員の意思が揃う。
誰も、強制されていない。
それでも、そこにいる。
カイルは少しだけ空を見上げた。
夜空。
変わらない。
だが。
(……なるほど)
これなら、悪くない。
誰にも従わない。
誰にも使われない。
自分たちで決める。
それが、答えだった。
ナナが静かに言う。
「来る」
その言葉に、全員が反応する。
気配。
複数。
遠くから、近づいてくる。
王国ではない。
裏でもない。
ギルドでもない。
別の何か。
グレンが顔を引きつらせる。
「……もう来るのかよ」
レイヴンが笑う。
「早えな」
セラが楽しそうに笑う。
「いいね」
カイルは前に出る。
その背中に、全員が並ぶ。
今までは違う。
守るでもない。
付き従うでもない。
並ぶ。
それが、今の形。
「どうする?」
グレンが聞く。
カイルは短く答える。
「いつも通りだ」
「それでいいのかよ」
「いいだろ」
その言葉に、グレンは苦笑した。
「……もうどうでもいいわ」
諦めではない。
覚悟だった。
気配が、近づく。
新しい何か。
新しい敵。
あるいは。
新しい関係。
どちらでもいい。
カイルは立つ。
その中心に。
(……面倒だな)
だが。
それでも。
進むしかない。




