■第29話「総力戦」
夜は完全に落ちていた。
街の灯りだけが浮かび上がる中、その一角だけが異様に静かだった。音がないわけではない。だが、すべてが遠く感じる。まるでそこだけ、別の層に切り離されているようだった。
中心にいるのはカイルたち。
そして、その周囲を取り囲む回収屋。
前回よりもさらに多い。
配置は単純ではない。
重なり、補い合い、逃げ道だけでなく“動きそのもの”を潰す構造。
完全な包囲。
「……やばいな」
レイヴンが低く言う。
今までの軽さはない。
明確に警戒している。
「これ、冗談じゃねえぞ」
グレンの声は震えていた。
「完全に殺しに来てるだろ」
「回収だ」
カイルが言う。
「同じだよ!」
グレンが即座に返す。
セラは笑っている。
だが、その目は静かに研ぎ澄まされている。
「いいね」
「だから何がだよ!」
ナナは周囲を見ていた。
「動きが違う」
「何がだ」
グレンが聞く。
「迷いがない」
それが答えだった。
ここまで来れば、試しではない。
確認でもない。
最初から結論を出しに来ている。
幹部が一歩前に出る。
視線がカイルに向く。
「これが最終段階だ」
静かな声。
だが、場を支配する。
「回収、もしくは排除」
その言葉で、空気が一段冷える。
「選択はない」
「断る」
カイルが答える。
幹部はわずかに頷く。
「想定通りだ」
そして。
「開始」
その一言で、全てが動いた。
同時。
完全に同時。
前後左右、全方向から圧がかかる。
今までとは比べ物にならない密度。
カイルが動く。
ズレる。
だが、追いつく。
すぐに次が来る。
さらに次。
連続。
間がない。
逃げ場がない。
拳が入る。
衝撃。
さらに重なる。
完全に押し込まれる。
グレンが叫ぶ。
「カイル!」
レイヴンが動く。
だが、止められる。
二人同時に割り込まれる。
完全に分断されている。
「くそっ……!」
セラは動かない。
ナナも同じ。
見ている。
判断している。
今はまだ違う。
カイルの動きが遅れる。
ほんのわずか。
だが、それで十分だった。
三方向から同時に攻撃が入る。
衝撃が重なる。
体が大きく下がる。
明確な劣勢。
完全に押されている。
幹部が言う。
「固定完了」
ズレを潰している。
完全に。
カイルの動きが制限される。
選択肢が消える。
さらに踏み込む。
次の一撃。
確実に当たる。
衝撃。
カイルの体がさらに下がる。
初めてだった。
ここまで明確に押し込まれるのは。
「……おい」
レイヴンが低く言う。
「これはまずい」
グレンはもう声も出ない。
セラの目が細くなる。
ナナが呟く。
「限界に近い」
その言葉。
カイルは少しだけ考えた。
(……ここか)
今までのやり方では足りない。
ここまで来た以上。
もう一段、必要になる。
次の瞬間。
カイルの動きが止まった。
ほんの一瞬。
だが、全員が感じた。
空気が変わる。
「……何だ?」
幹部が初めて疑問を口にする。
違和感。
位置は同じ。
距離も同じ。
だが、掴めない。
認識がずれる。
拳が外れる。
一人。
二人。
三人。
連続で外れる。
「修正しろ!」
幹部が指示を出す。
だが、間に合わない。
カイルの手が動く。
一人に触れる。
崩れる。
次。
もう一人。
さらに一人。
連鎖していく。
だが、止まらない。
残りがすぐに詰める。
再び包囲。
精度は落ちていない。
それでも。
噛み合わない。
幹部が踏み込む。
中心から。
最も精度の高い一撃。
カイルが動く。
ズレる。
だが、今度は違う。
完全に外れる。
幹部の目が大きく動く。
初めてだった。
攻撃が意味を持たない。
カイルの手が伸びる。
触れる。
その瞬間。
幹部の体が沈む。
完全に。
膝が落ちる。
周囲の空気が止まる。
誰も動けない。
グレンが震える。
「……なんだよ、これ」
レイヴンも言葉を失う。
セラは笑う。
ナナは静かに見ている。
幹部がゆっくりと顔を上げる。
「……なるほど」
低く言う。
「そこまでか」
カイルは何も答えない。
「理解した」
幹部は立ち上がる。
ゆっくりと距離を取る。
「これは、個では無理だ」
短く言う。
「全体でも足りない」
その言葉に、周囲がざわめく。
つまり。
今の戦力でも届かない。
「ならば」
わずかに目を細める。
「段階を上げる」
その言葉は重かった。
今までとは違う。
さらに上の何か。
幹部は背を向ける。
「次で終わらせる」
それだけ言って、全員が引いた。
統率されている。
無理はしない。
静寂が戻る。
グレンがその場に崩れ落ちる。
「……もう無理だって」
「無理じゃないだろ」
カイルが言う。
「いや無理だよ!」
レイヴンが息を吐く。
「……お前、どこまで行く気だ」
セラは満足そうに笑う。
「いいね」
「やめろって!」
ナナが静かに言う。
「次が最後」
その通りだった。
ここまで来れば分かる。
次で決まる。
どちらかが終わる。
カイルは空を見上げる。
夜空が広がっている。
同じ空。
だが、確実に違う。
(……面倒だな)
それでも。
終わらせるしかない。




