■第28話「一段上」
夜に変わる直前の空は、どこか曖昧だった。
夕焼けが残り、闇が混ざり始める。街の灯りが少しずつ点き始めるその時間帯は、本来なら落ち着いた空気になるはずだった。
だが、今日は違う。
通りは広く空いている。
人がいないわけではない。だが、遠くから様子をうかがうように距離を取っている。
完全に“避けられている”。
中心にいるのは、カイルたちだった。
「……もう完全にバレてるよな、これ」
グレンが肩を落とす。
「そりゃそうだろ」
レイヴンが答える。
「昨日あれだけやればな」
「いや、普通そこまで来ねえだろ……」
セラは相変わらず楽しそうだった。
「いいね」
「いいわけあるか!」
ナナは静かに空を見ていた。
「来る」
短く言う。
その瞬間、空気が変わる。
風が止まる。
音が遠のく。
そして。
気配が、一つではない。
複数。
昨日よりも多い。
そして、濃い。
前方に四人。
左右にそれぞれ三人。
背後に二人。
合計九。
さらに。
その中心に、幹部が立っている。
昨日と同じ男。
だが、雰囲気が違う。
完全に“仕留めに来ている”。
レイヴンが小さく舌打ちする。
「……増えてやがる」
グレンが震える。
「いやもう無理だろこれ……」
セラは笑う。
だが、目は真剣だった。
「いいね」
ナナが静かに言う。
「配置が変わってる」
「何が違うんだよ」
グレンが聞く。
「重なってる」
それが答えだった。
前回は囲む形。
今回は“重ねる”。
逃げ場を消すだけでなく、動きそのものを潰す配置。
幹部が口を開く。
「再確認は不要だ」
短く言う。
「回収を実行する」
「断る」
カイルが即答する。
幹部はわずかに頷いた。
「想定内だ」
そして。
「開始」
その一言で、全員が動いた。
同時。
完全に同時。
前後左右、全てから圧がかかる。
今までとは比べ物にならない密度。
カイルが動く。
ズレる。
だが。
追いつく。
すぐに次が来る。
連続。
間がない。
逃げ場がない。
拳が入る。
衝撃。
さらに重なる。
完全に押される。
グレンが叫ぶ。
「カイル!」
レイヴンが動く。
だが、止められる。
別の個体が割り込む。
数が多すぎる。
「くそっ……!」
セラは動かない。
見ている。
ナナも同じ。
判断している。
今は入れない。
カイルの動きがわずかに遅れる。
その瞬間、複数の攻撃が同時に入る。
衝撃が重なる。
体が大きく下がる。
明確な劣勢。
完全に押されている。
幹部が言う。
「固定完了」
ズレを潰している。
完全に。
カイルの動きが制限される。
選択肢が消える。
次の一撃。
確実に当たる。
その瞬間。
カイルは止まった。
ほんの一瞬。
だが、明確に。
(……なるほど)
ここまで来るか。
なら。
今のままでは足りない。
もう一段。
上げる必要がある。
次の瞬間。
空気が変わった。
はっきりと。
周囲の全員が感じるほどに。
「……何だ?」
幹部が初めて疑問を口にする。
カイルの位置が、掴めない。
さっきまでと同じはずなのに。
視認はできる。
だが、認識が追いつかない。
拳が外れる。
完全に。
一人。
二人。
連続で外れる。
「修正しろ」
幹部が指示を出す。
だが、間に合わない。
カイルの手が動く。
一人に触れる。
崩れる。
次。
もう一人。
さらに一人。
連鎖するように崩れていく。
だが、止まらない。
残りがすぐに詰める。
連携を維持する。
精度は落ちていない。
それでも。
噛み合わない。
幹部が踏み込む。
中心から。
最も精度の高い一撃。
カイルが動く。
ズレる。
だが。
今度は違う。
完全に外れる。
初めてだった。
幹部の攻撃が、意味を持たない。
カイルの手が伸びる。
触れる。
その瞬間。
幹部の体が沈む。
膝が落ちる。
完全に。
静寂。
誰も動けない。
グレンが声を失う。
レイヴンも言葉が出ない。
セラは笑う。
ナナは静かに見ている。
幹部がゆっくりと顔を上げる。
「……なるほど」
低く言う。
「そこまで上がるか」
カイルは何も答えない。
「理解した」
幹部は立ち上がる。
ゆっくりと距離を取る。
「これで確定だ」
短く言う。
「単独では不可能」
つまり。
「全体で処理する」
完全な総力戦。
それが次。
幹部は背を向ける。
「準備する」
それだけ言って、全員が引く。
統率されている。
無理に続けない。
静寂が戻る。
グレンがその場に崩れ落ちる。
「……もう勘弁してくれ」
「無理だろ」
カイルが言う。
「だよな……」
レイヴンが息を吐く。
「お前、やっぱおかしいわ」
セラは満足そうに笑う。
「いいね」
「やめろって!」
ナナが静かに言う。
「次で決まる」
その通りだった。
ここまで来れば分かる。
次が最後。
どちらかが決着をつける。
カイルは空を見上げる。
夜が完全に広がっている。
同じ空。
だが、確実に違う。
(……面倒だな)
それでも。
終わらせる必要がある。




