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失踪夫、夫が失踪した。なぜなんだ?  作者: 井埜利博(いのりはく)
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エピローグ

エピローグ

 私は勤務していた東京観光振興財団を退職した。


 夫の事件を深川らと一緒に調査していたため満足に出社できず、上司から依願退職を迫られた。


 母もそれについては『仕方がないわね。春平さんのことで頭が一杯だったものね。どうにかなるわよ。後のことはゆっくり考えればいいわ。温泉でも行ってらっしゃい』と言って十万円をくれた。父はその隣でお茶を啜りながら頷いていた。


 深川と華と一緒に夫の事件を調べているうちに探偵業も悪くはないなぁと思うようになった。


 深川の人柄や娘の華の性格、私と相性が合うのかも知れない。でも、そのことを両親に話したら『そんなヤクザな稼業なんて……』と絶対に反対するだろう。


 会社を退職して直ぐに一人旅をしようと思っていたところだった。母の言う通り、寒くなったので雪見温泉がいい。東京駅から新幹線で山形へ向かった。


 山形新幹線のグリーン車は小さく、乗っている人も私の他は二人だけだった。山形駅から路線バスで蔵王温泉へ四十分、バスターミナルへ着いた。その旅館は入口の門からして趣があり、歴史の重みを感じる佇まいだった。服を着替えて温泉へ。


 硫黄の白いにごり温泉に浸かりながら思う。


『夫は私を本当に愛していたのだろうか? それは今になっても分からない。愛していたら昔の恋人の行方などを探すだろうか? 死んでしまった今になってはどうでもいいことなのかも知れない。まだそのことに拘っている自分が可笑しい。外務省のキャリア官僚、皆友人たちが羨ましがった。でも結末はこうだ』


 石の階段を下りて河原近くの露天風呂へ裸で向かった。渓流のせせらぎが聞こえて、そこでもまた肩まで湯船に浸かった。


 雪が降ってきた。温泉から出ると寒い。せせらぎの音は延々と続いている。私を笑っているのか、悲しんでいるのか。いつだったか、どこかで聴いたことがあるチャイコフスキーの花のワルツに聞こえた。


『夫との結婚生活も僅か一ヶ月にも満たない。短い結婚生活だった。私の人生もまだ三分の一も過ぎていない。いつまでも拘っていても……』


 そう無理やり思う。


 夕飯はこの旅館では食事処で摂ることになっている。午後六時になって部屋に電話があり、食事処へ案内された。日本酒を頼んだ。料理が頗る豪勢だ。食事は上品で美味しい和食だ。


『何て寂しいんだろうか。一人だけの食事って。しばらくはこれにも慣れなければならない。そのうちにまたいい人が現われるかも知れない。まだ若いのだから……。そう割り切って考えなければ』


 鉄板が焼けてきた。山形牛だそうだ。柔らかい。A5ランクですよと言われた。


『私を雇ってくれと言ったら深川所長と華は何て言うだろうか? 賛成してくれるだろうか? 深川は真里花さんにはこの仕事は無理ですよって言うに違いない。華はいいと思います。一緒にやりましょうと言うかな?』


 一人で食べる夕食は直ぐに終わってしまう。もう、デザートが出てきた。


 夕食が終わり、また温泉に入ろうと思う。別の階に『やすらぎの湯』と言うのがあった。丸くて大きな木のお風呂だ。誰も入っていない。また、肩まで浸かった。


『そうだ。明日になって東京に帰ったら、その足で深川探偵事務所へ行こう。そして、ここで働きたいと言おう。華は弁護士になるために勉強する訳だし、深川を助ける人がいないのだから……。きっとうんと言ってくれるに違いない。給料なんて少なくていい』


 外は雪が本格的に降ってきた。


『今度のことで深川と華の仕事は私の心を癒してくれた。私だって誰かの心を癒せる。絶対! 明日帰ったら、事務所へ行く。そして大きな声で言うんだ』


『私、ここで働きます』って。


(了)

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