オルファタ
オルファタは幼虫の時の育成環境により、成虫の羽模様と色に差が見られる。
桜の花を食べれば、桜の模様の羽。海中で育てれば、透明な水の羽。人肉を与えれば、真っ赤な羽。
その日、コンビニでオルファタの幼虫をみつけた。オルファタの幼虫は、コンビニから出たのは初めてのようで、ビニール袋の中で不安そうに蹲っていた。
私は2階にある自分の部屋に入り、ビニール袋を逆さまにしてオルファタをぽとりと机に落とす。
私と目が合ったオルファタは、何を思ったのか机の上をごろごろ転がり出した。オルファタの考えることはよくわからない。
私も床の上をごろごろ転がってみた。ごろごろ。オルファタは喜んだ。
私たちは毎日一緒に過ごした。
オルファタは初めは紅茶とクラムチャウダーの区別すらつかなかったけど、今では香りで茶葉を答えれるようになった。オルファタには口はないから、実際に答えているわけではないけど、私にはわかるのだ。
私たちはよくオペラや映画を観に行った。
オルファタは、家族愛の話が好きでよく感動で泣いていた。オルファタには目はないから、実際に泣いているわけではないけど、私にはわかるのだ。
オルファタはやがてさなぎになった。
さなぎのオルファタに、私はたくさんの話をした。私の話や、私の話や、私の話。
オルファタは嫌な顔ひとつせずに私の話をきいてくれた。オルファタは私が辛い時は慰めてくれたし、寂しい時は寄り添ってくれた。さなぎのオルファタは微動だにしないけど、私にはわかるのだ。
あれから8年経ち、私はオルファタに話しかけることすらなくなった。私にはそんな暇などないのだ。私はもう働かなくてはいけない。いつまでもあんなことはしていられない。
私は大人にならなくてはいけないから。
その日、8年間ずっと微動だにしなかったオルファタがさなぎから出てきた。
羽のない、幼虫のままの姿で。
オルファタは私を見て、何を思ったのか机の上をごろごろ転がりだした。
私はもう転がれないし、オルファタが何を思っているのかわからなかった。
オルファタも私がどうして泣いているかきっとわからない。
「オルファタ」おわり