私の国
この孤島は「楽園」と名付けられている。
島内に大きな遊園地が存在することが由来だ。
遊園地の他にも温泉施設や水族館など、様々な娯楽施設が建てられていて、この星随一の観光名所だ。
島に雪が降り積もる季節。
私はこの島の遊園地で働くためにやってきた。
遊園地の受付嬢になるために。
私は407億年と5時間もの時間をかけてお金を貯め、ようやく楽園のチケットを買うことができたのだ。
はじめて足を踏み入れる楽園は目を惹かれるものばかりだ。大きなお城に豪華なアトラクション。
楽園の中心にある長い長い階段は4つに先が分かれていて、それぞれのアトラクションへと繋がっている。一つのアトラクションに受付嬢は2人。今は8人全員がいる。どこかに欠けがあるなら、代わりに私がそこに居ようと思ったがまだ私の居場所はないらしい。
「(さすがに、入園初日に殺人事件を起こしては疑われますものね)」
仕方がないので、私は受付嬢になるまでの働ける場所として、鶏小屋に居座ることにする。
鶏小屋は鶏の世話をして、卵を来園者へ売りつけるのが仕事だ。一匹の紫色の鶏は毒持ちだが、他の茶色の鶏は毒が無く安全だ。鶏は50cmほどの卵をぼとりと産み、中からは4〜5匹の雛が出てくる。
私は来園者に卵を売り続けた。「こちらは幸運を招く卵です」「こちらは兵器として大変優秀な雛を生む卵です」「こちらは知能が高く言語能力に優れた雛を生む卵です」「こちらは世界にひとつしかない幻の幻獣が生み出した卵です」「こちらは孵化すると中から素晴らしい宝物が出てくる卵です」私はひとりひとりの望むような言葉を告げて、ただの鶏の卵を売り続けた。
中身が見えない卵、は私の信憑性のかけらもない言葉の付加価値により、人に希望を与えるのだ。
数ヶ月後、楽園の女王が、私がきてから卵の売り上げが上がったことを不思議に思ったようだ。
鶏小屋へとやってきた女王は、私が鶏の卵を渡して「こちらは孵化した後の卵の殻を煮詰めますと、惚れ薬になります」と告げると満足して帰っていった。
翌日、一番人気のアトラクションであるジェットコースターの受付嬢が女王陛下により処刑された。
それにより私は卵売りから、憧れの受付嬢へ変わる。
いつもの鶏小屋への道ではなく、楽園の中心にある階段のジェットコースターへの道を進む。
私とペアになった受付嬢の真似をして「ようこそ!奇妙なジェットコースターへ!」と一日に何百回も告げる。
初日なので、喉がかなり疲れた。
受付嬢は華やかな仕事だが、なかなかの肉体労働だ。
私が水が飲みたいと思った頃、突然階段がダンダカダンダカダンダカダンダカ揺れ始めた。
振動で「きゃああああ」と悲鳴を出しながら、ほかのアトラクションへの受付嬢が階段から落下して死んだ。
「(どういたしましょう。そんなに欠員が出ても、もう私は既に受付嬢だから嬉しくないですし…こういう場合、明日から私もう一人でひとつのアトラクションをしなくてはならないのでしょうか…?)」
私は突然の事態に困惑した。
まだ初日なのに先輩が欠けたのは困る。
楽園にアナウンスがながれる。先ほどのは地震ではなく、海から魔物と思われる巨大な海洋生物たちが楽園へと頭突きをしているようだった。
階段から、海のほうを見ると、明るいマホガニー色の髪の男が私に向かって「飛び込め!!!」と叫んでいた。
私は新米なので、先輩に指示を仰ぐことにする。
「飛び込めと言われてます。どういたしましょう?」
「飛び込めるわけないでしょう?高さがいくらあると思っているの。あなたが後輩なんだから、先輩たる私のために飛び込んて、あの生き物たちを倒しなさい。」
先輩は階段の手すりにしがみ付いて言う。
先輩の言うことはもっともなので、階段から海に向かって飛び込むことにした。
これで死んだら労災がどうなるのか気になる思いは一旦飲み込んで、えいやっと階段からジャンプした。
荒れ狂う海に落ちたら服が濡れてしまうので、近くの岩場にとんっと、着地をする。
想像以上にスムーズに着地ができた。
私に「飛び込め」と言ったマホガニー色の髪の男は、「おおきいほうは俺が殺すから、ちいさいほうを殺してくれ!」と叫ぶ。
おおきいほう、ちいさいほう、と言うからには二匹の何かがいるのだろう。私が岩場を見回すと黄色のエイに四本の足が生えたような生き物が二匹、岩場にいた。
私はジャンプして、ちいさいほう…とはいっても1メートルほどのサイズだが、それを潰そうと試みる。
えいやっ。びゅいん。
えいやっ。びゅいん。
黄色の歩くエイはなかなかすばしっこく、踏み潰そうとしても空振りをしてばかりだ。
男はおおきいほうのエイを仕留め終わったところらしい。ちいさいほうも男に任せることにしよう。
私はエイハンターではないし武器もない。
「すみません!ちいさいほうはすばしっこくて、お任せしてもいいですか?」
「ああ!」
これで解決だ。
そう安堵した時、岩場がズモモモと揺れる。
岩場はメリメリと膨れ上がり、何事かと思えば、岩場は岩場ではなく巨大なワニだったのだ。
私はジャンプする。
ワニは、ズモモモ、ズモモモ、とどんどん海中から身を乗り出し、私に向かって大きな口をあけてくる。
ズモモモ。ズモモモ。
「(ああもう!私はワニハンターでもないのに。素手でどうエイやワニを倒せばいいんですか!)」
ジャンプだって一時的で、すぐに重力により私は下におちてしまうだろう。
でもそれではワニに喰われて死んでしまう。
緊急事態すぎる。
私は魔法を使う事にした。
「アイスブレイク!!!!」
真下にあるワニの口に向けて、鋭い氷の塊を叩き落とした。反動で、私はまだ下に落ちずに済む。
「アイスブレイク!!!アイスブレイク!!」
下に落ちたくない一心で連魔する。
「アイスクリーム!?!?!?!?」
ワニはそう言って、更にメリメリと海面から巨大な頭を出してきた。
アイスクリームじゃない。嬉しそうにしないで欲しい。
「アイスブレイク!!」
「アイスクリーム!!!」
「アイスブレイク!!」
「アイスクリーム!!!」
私が魔法を放つたび、ワニは嬉しそうに氷を舐める。
私の魔法はアイスクリームじゃないし甘くもない。
このまま延々とこれを繰り返してるわけにはいかない。
いつかは私の魔力が先に尽きるだろう。
私は楽園へとワニを誘導することにした。
アイスブレイクを放ちながら、楽園へ向かう。
ワニは「アイスクリーム!!!」と言いながら付いてくる。楽園には今、雪が降り積もっている。
ワニの大好きな冷たい氷だ。
私は島へ上がり、楽園の中心の階段に再び登る。
先輩方は私がいない間、雪遊びをしていたみたいで、雪だるまや雪玉がたくさん用意されていた。
「先輩方!ワニは雪を食べます!たくさん雪を与えてください!」
「まかせなさい、後輩。私は抹茶味の雪玉を40個も作ったの。ワニも自分と同じ色の雪玉は嬉しいでしょ」
「私は雪だるまを燃やしたわ。炎属性と氷属性のマリアージュの効いた雪だるまが140体いるわ」
頼りになる先輩方の強力な雪の力でワニは死んだ。
ワニはまだ子供で、抹茶が苦すぎたらしい。
よかった。
私は次にマホガニー色の髪の男を探すことにした。
彼には魔法を見られてしまった。
魔女として殺される前に、私が殺さなくてはならない。
私はワニの解体に夢中になってる先輩たちに見つからないように、こっそり逃げ出した。
歩いて。歩いて。
私は島の中にある巨大な泥水の湖へとたどり着いた。
「ごきげんよう」
ピンク色のふんわりした髪の美少女が、愛らしい顔立ちを私に向かって微笑ませた。
以前会ったことのある楽園の女王陛下だ。
「ごきげんよう、女王陛下」
ひざまづいて、挨拶をする。
「聖女さんがこんなとこでなにをしてるの?」
女王陛下は首を傾げて問いかける。
女王陛下は残虐な人だ。
意に沿わない解答をすれば容赦なく首を切られる。
女王陛下は私を「聖女さん」と言った。
つまり女王陛下が私に望んだ役割は聖女。
私は聖女として振る舞わなくてはならない。
「先ほどの魔物の襲撃により、こちらの湖が汚されましたので、聖女として清めに参りました。」
「まあ!さすがだわ!では見守らせていただくわね!」
女王陛下は無邪気な少女の顔ではしゃぐ。
私は聖女ではなく魔女だ。
清める力なんてあるわけがない。
でも首を切られるのは嫌だ。
緊急事態なので仕方がない。
私は両手を汚い泥水に入れた。
「我が手に触れた水よ、清浄たれ。」
泥水は私の手の周りから透明に変わり、やがて、水全体が透明になる。
聖女の力ではなくただの浄化の魔法だが。
ついでに「我が手に触れた水よ、触れしものに祝福を」と魔力体力回復付与と状態異常完治付与を付けておく。
聖女の力ではなくただの付与魔法だが。
「すごいわ!さすがは聖女さんね!」
「いえ、まだ終わりではありません」
透明になったけど、湖の中にいる生き物が獰猛で醜悪すぎる。「楽園」というネーミング的にも、合わない。
こんなのが透明な水からありありと見えていたら小さな子供が泣いてしまう。なので。
「我が手に触れた水に済む生き物よ、美しく愛らしくあれ。人を襲わず、穏やかで…あと桜色とか白とかかわいい感じでお願いします…牙とかトゲも…小さい子が落ちたら危ないから無しの方向で…ええと、あとは…」
湖の中の醜悪な生き物たちは毒や牙を失いギチェブチゥやらグギギギギニタなど奇声を上げ苦しそうに蠢きながら、愛らしく生き物へと変化をしていく。
「ピンクとライトブルーの小さなイルカがいいわ!賢くて人懐っこいの!妹も喜ぶわ!」
「かしこましました、女王陛下。水よ、ピンクとライトブルーの聡明な小さきイルカお願いします。」
5cmほどの小さなピンク色とライトブルー色のイルカの群れが透明な湖の中に出現する。
「カラフルな深海魚や古代生物もかわいいわね!」
「はい、女王陛下。水よ…カラフルでかわいい深海魚と古代生物を…ええ、生態系を乱さない平和な感じで…」
ネオンカラーを発光する深海魚やハート模様の殻を持つ古代生物が湖の中を泳ぎ出す。
「あとは私、回転寿司というものが気になってるの!寿司ではなくて、クッキーやチョコレートが流れてきて欲しいわ」
「はい、女王陛下。水よ…回転寿司…回転寿司わかりますか?あ、はい、説明しますね。お皿がくるくると回ってきて、お寿司が流れてくる…いえ、流すのは寿司ではなくて、チョコレートとかクッキーとかのお菓子でして、それらが湖の周りをくるくる可愛いお皿に乗って回る感じで…大丈夫です?ほんとに色々すみません…あ、そうですね、魚たちの食事もチョコレートとクッキーにしましょうか。…ええ、はい、お願いします。」
湖の周りをかわいいパステルカラーのお皿がゆっくりくるくる回転しはじめる。
中にはクッキーやチョコレートなど、一皿一皿美味しそうなスイーツが載せられている。
「完璧に清らかだわ!!!」
両手を胸の前に合わせ、女王陛下が目を輝かせる。
「女王陛下の素晴らしい指示のおかげです」
「ふふ、いい子ね。あなたのくれた卵も素晴らしかったもの。ねぇ、ジェットコースターの受付は楽しい?」
「とても。ですが、私は聖女としてやらなくてはならないことがあります。入園チケットを再入園可能にしていただいてもよろしいでしょうか?」
私の魔法を見たあの男を、殺さなくてはならない。
せっかく407億年と5時間もかけてやっと手に入れた私の居場所だ。誰にも壊させるわけにはいかない。
「いいわよ。それに、貴女になら、いつでも好きな仕事をさせてあげるわ。いつでもお城へいらっしゃいね。またね、聖女リリス」
「偉大なる女王陛下のお心に感謝します」
女王陛下は城へ戻っていった。
ふう、と安堵する。
なんとか聖女のふりをうまくできた。
再入園チケットがあれば私の居場所は失われない。
私はマホガニー色の髪の男を処分するために楽園から一時的に飛び立つことにした。
鶏小屋から紫色の鶏を召喚する。
毒々しい紫色の鶏はコケッと鳴くと、尾を長く長く伸ばし、翼は大きく大きく広げた。
私は美しく巨大な聖毒鳥の背に乗り楽園を飛び立つ。
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魔女カシスは手にした小瓶を地面に叩きつける。
小瓶の中身の毒毒しい紫色の液体は草を腐らせる。
「なんで邪魔されるのよ…!」
悔しそうに腐った草を踏みつける。
カシスは近くのサモンズティファニー王国の王子に女王の殺害を依頼された。
簡単な任務だと思った。
どの魔物もカシスが一生懸命作ったつもりだった。
巨大なワニは、アルミで出来たお気に入りの鍋にピスタチオアイスと生クリーム入れて沸騰させないようにじっくりじっくり407億年かけて煮詰めて作った。大きな大きなワニにしたかったから、近くのコンビニだけではなく、通販でアイスを箱ごと購入したり、とにかく苦労したのだ。
歩くエイも、レモンチョコレートを冷凍庫で冷やして固めて…こちらは固める時間は5時間しかかかってないけど、カカオ豆の栽培から手掛けたたのだ。
「ほんっとにむかつくわ!…はぁ、現れよ!」
毒で腐敗した草は、醜悪なムカデのような生き物への変化する。おぞましい奇声を上げて腐臭を漂わせる。
「あの聖女が浄化した湖をめちゃめちゃにして!あの聖女!せっかく私が407億年と5時間前に記憶を書き換えて魔女だと思い込ませたのに、なんでまた昔みたいに私の邪魔するのよ…!」
「ギュル…ッルル…ギュルブチュル…ギギギギギギ!」
「うるさわいわね!しゃべらないで!」
「…ギュルブチュル…」
魔物は少しだけしゅんとした様子でネチョネチョ粘膜を撒き散らしながら湖へ向かって行った。
「…聖女が女王についたとしたら邪魔ね。怪しいとは思ったのよ…聖なる卵なんてものが楽園から出るなんて…女王よりも先に聖女から片付けるのがいいわ。」
カシスは心臓を楽園に置くことにした。
心臓を壊されなければ魔女は死なない。
カシスは魔法で心臓を取り出す。
美味しそうなハートの真っ赤なチョコレートを。
誰にも決して食べられないように、楽園で一番の巨大な木の高い高いところに置いて、島を出た。
その頃、魔女カシスに生み出された醜悪な魔物は湖に体を入れようとして、激しい苦痛に叫び出す。
皮膚が焼かれるように熱い。毛穴という毛穴から全て針を刺されるような。口から内臓を抉りだされて切り刻まれるような。激しい痛み。
魔物にとっては永遠の、他の者からすれば一瞬の時間の後、魔物は湖に適応する姿へと変えられる。
小さく愛らしい子鮫のような姿に、グラデーションの美しい蝶の羽根の生えた生き物の姿へ。
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「私の兎を見なかった?」
翌日、木は小さな少女に話しかけられた。
どことなく女王陛下に似ている少女に。
木は、とても高いので、下にいる少女が何を言ってるのか聞こえなかった。
なので、少女の声を聞こうと幹を折り曲げた。
木の頭から、少女の手へ一粒の真っ赤なハートのチョコレートがぽとりと落ちる。
「くれるの…?ありがとう」
少女は木に微笑んだ。
木は耳が付いていないから、近づいても少女の声は聞こえなかったが、少女が嬉しそうなので良かったと思った。
少女はチョコレートを砕き、飲み込む。
どこかで魔女が一人死んだ。
END