第10話 踏みにじられた想い
「ルティーザ・グラント! おまえは俺の番と偽るために、違法薬物である『番結び』の薬を飲んだのだろう!」
「え? な、何を仰っているのですか!?」
昨夜は帰らぬジルニオン様を思い、眠れぬ夜を過ごした。
翌朝ジルニオン様がお帰りになり、急いでエントランスに行くとそこには、異母妹のアイナを伴った彼の姿があった。
なぜアイナと?
しかも彼女の腰に手を回して…どうして!?
そして、帰るなり怒声を上げたジルニオン様。
番を偽るって…何を仰っているの?
番結びって…何のこと!?
私は目の前の光景とジルニオン様の言葉が理解できず、ただただ心の中で疑問を投げかけていた。
「ジルニオン様…異母姉は、私からあなたを奪うために薬を手に入れたんです…」
涙ながらにジルニオン様に訴えるアイナ。
「そ、そんな事、しておりません!」
アイナは何の話をしているの!?
「黙れ! この毒婦が! おまえのような女を番と誤認し、触れていたとは…虫唾が走る!」
「ジ、ジルニオン様……?」
愛する人はアイナとともに、私を責め立てる。
私は何が起こっているのか分からず、混乱するばかりだった。
昨日までジルニオン様は、私を愛してくれていたはずなのに……
『天に選ばれし番』
『魂の伴侶』
そう言っていたジルニオン様が今、アイナをその腕に抱いている。
そして、身に覚えのない罪で私を追い詰めていた。
「おまえが俺の番になりたいがために、番結びの薬を飲んだことは分かっているっ でなければ、俺がおまえなんぞに心を寄せるはずがないっ おかしいと思ったんだ! 俺の番はこの美しいアイナだ!」
「ジルニ…オンさ…」
それは…番でなければ、相手にもしなかったと……?
今までそんな風に思って……っ
私は両手を握り締めた。
「……私は…私は何も知りません。あなたを偽る事など何ひとつしておりません…っ」
そう言うのがせいいっぱいだった。
「どこまでも強情な…っ 素直に己の非を認め、額ずけば情状の余地もあったものを」
「ジルニオン様…異母姉は昔から表では優し気な顔をしながら、後妻の母とその娘である私を疎んでおりました。そして私は事あるごとに虐げられてきました。異母姉の気分次第で鞭打ちを受けて……あなたに会えなかったら私はどうなっていたか…」
異母妹はさめざめと泣きながら、ジルニオン様の胸に顔を埋める。
しかしその口元はほくそ笑んでいた。
そんなアイナの表情に、ジルニオン様は全く気付いていない。
「アイナ…君の事は俺が守る。もう、誰にも傷つけさせない…!」
(その言葉は…初めて会った日、あなたが私に言ってくれた言葉…)
「ジルニオン様ぁ…」
甘える声でジルニオン様の名を口にするアイナ。
そんな彼女の涙をそっと拭い、胸に抱くジルニオン様。
「う、嘘です! アイナの言っている事は全部でたらめです!!」
母が亡くなると、愛人であった義母と異母妹を屋敷に連れてきた父。
その時から私は、義母と異母妹から使用人以下の扱いをされてきた。
母との想い出の品は捨てられ、部屋も服も宝石も全てがアイナの物になった。
父は見て見ぬふり。
元より母とは政略結婚だ。
そんな母の娘である私に、父からかけられた愛情などあるはずもなかった。
時には鞭打ちを受け、食事を抜かれ、私を虐げ続けていたのはアイナの方だ!
「黙れ! この毒婦が!」
バシッッ!!
「きゃあ!!」
ジルニオン様は私の頬を平手打ちした。
強い衝撃とともに、身体ごと地面に突っ伏す。
口の中に錆びた味が広がる。
口元を押さえる手が震えた。
ジルニオン様が私に暴力を振るうなど思いもしなかった。
「アイナからは番のつながりを感じている。おまえとは感じられなかった強い感覚だ。これは紛うことなき番との結びつき。決しておまえではない! 即、警邏隊に突き出してくれる!」
「ジルニオン様…もう、お止めください。私を陥れようとした者ですが、たったひとりの異母姉です。どうぞ、そのままお捨て置き下さいませ…」
ジルニオン様に擦り寄りながら懇願するアイナ。
それが全て演技だと分かっているのは私だけだった。
「おお…なんと心優しき言葉、やはりそなたは俺の番だ…愛している、アイナ」
「私もです、ジルニオン様…」
ジルニオンはアイナの顔に優しく触れると、互いに吸い寄せられるように唇を重ねる。
その光景に、私の心がピシッと音を立てた。
「命拾いしたな。おまえはアイナの深い慈悲に感謝しろ! そして、二度とその顔を見せるな! 俺を謀った忌々しい女め! さっさと去れ!」
そう吐き捨てるとジルニオン様はアイナを抱き上げ、そのまま自室へ向かって行った。
その瞬間、私の中で何かが壊れた。
たまらずその場から逃げ出した。
走っても走っても、ジルニオン様の怒声が頭から離れない。
二人の姿が消えない。
ガツ!!
「あっ!」
何かに足を取られ、倒れ込む。
気が付けば、私は屋敷から離れた雑木林に迷い込んでいた。
「な、なぜ…っ どうして…どうして…っ!? ジ、ジルニオン様…っ! う…ぁあああああ…っ!!」
私は地面に泣き崩れた。
昨日までジルニオン様は、確かに私を愛してくれていた…
『俺の愛する番』
そう囁き、力強い腕で私を抱き締め、熱い口づけを交わしていた時間は数日前の事。
昨日は番の御披露目会を開いて…
なのに…たった一日で変わってしまったこの状況が
理解できなかった――――――…
「……どうしたんだい? 具合でも悪いのかい?」
「――――っ!」
誰かに声をかけられた。
顔を上げるとそこには、白髪の小柄なおばあさんが立っていた。
気が付けば、どこかの建物の前で座り込んでいたらしい。
あの後、雑木林を抜け…気が付いたら街に来ていたようだった。
「も、申し訳ありませ…っ」
私は慌てて立ち上がる。
急いでその場を去ろうとした時、おばあさんに手を掴まれた。
「待って! 頬が腫れているんじゃないかい? 手も…こんなに冷たくなって…っ うちに寄っておいき、ね? そうしておくれ」
私の手を包むおばあさんのあたたかい手に、掛けられた優しい言葉に、目の奥が熱くなる。
「……っ…う…っ」
ポロポロと流れる涙。
おばあさんの小さな手が、私の背をゆっくりと摩る。
「すぐにあったかいもの出すからね」
私はおばあさんと一緒に、お店の中へと入って行った。
パタン……
この日、私の想いは…
踏みにじられた。




