第1話 まだ見ぬ誰か
『番』
我が国では『番』の存在が崇められている。
それは人であれ、動物であれ、全ての生き物の中で、一生に一度だけ巡り合える魂の伴侶。
番は瑞祥とされ、家門繁栄が約束されるとこの国では信じられていた。
出会いを遂げる者もいれば、死ぬまで出会えない者もいる。
だからこそ番は『奇跡の存在』として景仰されていた。
「そんな出会い…私にはありえないわね…」
私はモップで床を拭いていた手を止め、窓の外を見上げた。
それでも…
いつか誰かが、私を愛し、この場から連れ出してくれる。
そんな人がどこかにいれば…
そう願わずにはいられなかった。
「あんたっ! 何ぼけっとしているのよ!」
突然後ろから怒鳴り声が聞こえた。
「ア、アイナ様…っ も、申し訳ありませんっ」
侍女を伴った腹違いの妹が現われた。
私は深々と頭を下げる。
「サボっていた罰よ。袖を捲り手を出しなさい」
「は…はい…っ」
アイナは右手を傍の侍女に向けると、鞭を受け取った。
バシッ! バシッ! バシッ!
「くっ! うっ!」
「やっかい者のくせに、怠けるんじゃないわよ!」
「申し訳…ございません…」
私は再度頭を下げた。
アイナは笑みを浮かべながら、満足そうにその場を離れた。
一緒にいた侍女も面白そうに笑っていた。
「……痛…っ」
モップを持つと、鞭で打たれた腕に痛みが走る。
でも、これだけで済んで良かった。
私の背中にも無数の鞭の痕がある。
理不尽な言いがかり
八つ当たり
憂さ晴らし
鞭を使うのに理由などない。
アイナの気分次第。
私はただただ俯く事しかできなかった…
◇
私はルティーザ・グラント。
子爵家の長女であるが、今ではそんなの何の意味もなさない。
3年前に母が亡くなると、父はすぐに愛人であった義母と異母妹のアイナを迎え入れた。
アイナは父の子であり、私と数ヵ月しか違わない。
父は自分と同じ金髪を持ち、義母と同じ翠玉の瞳を持つアイナを溺愛した。
そして、母と同じ黒髪と紫紺の瞳の私を愛する事はなかった。
母との想い出の品は全て捨てられ、私の場所も物も全て異母妹に奪われた。
美しい装飾が施された広い部屋は屋根裏部屋へと変わり、煌びやかな衣装は着古した服をあてがわれた。
慣れ親しんでいた使用人たちは一新され、与えられていた豪華な食事は粗末なものとなった。
「明日も変わらない一日が来るのよね…」
そんな風に思いながら、私は生きてきた。
全てを諦めた人生だった。
この時はまだ、自分が誰かの番になる日が来ることなど、想像さえしていなかった。




